第22話 全部全部大好きです

「なんかここだけ空気が甘くない?」


 部活を終えた明智さんが、ファミレスで食事をしていた俺たちのもとへと合流した。

 テーブルにはポテトやピザなどみんなで食べられる料理が並べられている。


「あー、美海おつー! 聞いてよぉ、那波に菜乃花の何が好きなのか聞いたらコイツら惚気始めちゃってさぁ」

「あー、そういう。そりゃあ、この二人にその隙を与えたらそうなるに決まってんじゃん。さっきだって鷺沼の前でいちゃいちゃし始めるくらいだし」


 明智さんは納得したように頷きながら、秋名さんの隣、俺の向かい側の席に腰を下ろした。

 この人、俺たちのことどんな認識をしているんだ……。


「そういえば、鷺沼はどうだった? 部活一緒なんだよね?」

「来なかったよ。まあ、あんな状態で来られても邪魔なだけなんだけど」


 その後の鷺沼のことが気になって聞いてみたが、どうやら部活には行かなかったらしい。

 まあ、明智さんの言うとおりあんな状態で部活に来られても邪魔なだけか。


 それから明智さんも料理を注文し、俺たちもお腹がすいたら適当に料理を追加したりして過ごしていた。

 会話のほとんどは俺と菜乃花のこと。

 必然的に俺も結構な頻度で会話に参加することになった。

 今日は、ここ数年で一番言葉を発している気がする……。


「那波は球技大会何に出るか決めてるの?」


 明智さんからの質問。

 球技大会。来週末に行われる、一年生だけの学校行事。

 その競技を明日の六限に行われるロングホームルームで決めることになっていた。


 行われる競技は、男子はサッカーとバスケ。

 女子はバレーボールとドッヂボール。

 サッカーは十三人でバスケが七人。

 バレーボールは八人でドッヂボールは十ニ人。

 うちのクラスの総員四十人がこのように振り分けられるという話を聞いている。


 この四競技を八クラスでそれぞれトーナメントを行い、一位のクラスを決める、というものだ。


 俺が出たい競技は──。


「玲くんはサッカーでしょ?」

「うん、そのつもり」

「なに、那波ってサッカーやってるの?」

「やってた。知ってると思うけど中学の時問題起こしちゃって退部してるから」


 とはいえ、いまだに暇なときはボールを蹴ったりしている。染み付いた習慣というものはなかなか抜けないものだ。


「問題…………ああ、あったねそんなのも。ねね、それよりポジションは?」

「……思ったより気にしないんだね」

「噂より自分の印象のほうが大切でしょ。私はもう那波は悪いやつでも怖いやつでもないことを知ってるから」

「……そっか、ありがとう。菜乃花の友達はみんな良い人たちだね」

「でしょー」


 ここにいる人たちは、噂の怖い俺ではなく、今の俺のことを見てくれている。

 それがとても心地良い。


「それで、ポジションは?」

「ボランチやることが多かったかな。たまにセンバとかトップ下やることもあったけど」

「あー、大きいもんね。守備うまそう」


 なんて話から入って、それから好きなチームや好きな選手、同じ試合を見ていたらあのときのここ動きよかったよねなどと、サッカー談議に花を咲かせる。


 楽しい。今までこれほどまでにサッカーの話を出来る人が回りにいなかったため、本当にすごく楽しい。

 飛鳥さんもたまにサッカーの話に付き合ってくれるけど、そこまで能動的にしてくれる人ではない。


「……玲くんと美海ちゃん、楽しそうだね」


 横から俺の服の裾を掴んだ菜乃花が、少し寂しそうに呟く。


「ごめん、菜乃花。回りにサッカーの話できる人ってあまりいなくて、つい……」

「別に那波のこととったりしないから安心しなって」

「分かんないじゃん……。玲くんが美海ちゃんのこと好きになっちゃうかも……。美海ちゃん可愛いし、同じ趣味の子のほうが玲くんも楽しいだろうし……」

「これから先もずっと、俺が好きなのは菜乃花だけだよ」

「ほんと……?」

「うん。誓って」

「ありがと……。ごめんね、嫉妬なんかしちゃって。なんだか不安になっちゃって……そうだ! 玲くん、私もサッカー見る!」

「お、いいじゃーん。私も菜乃花とサッカーの話したいし」


 それからサッカーを配信しているサイトや意外と高いサブスクの金額などを明智さんと一緒に菜乃花に説明し、結局俺のアカウントで一緒に見ることになった。

 まあ、実際特別サッカーが好きではない人にとって、月額二千円はかなり高い。

 それに俺の負担は変わらないし、なんなら菜乃花がサッカーのことを好きになってくれるならそれは俺にとってメリットだし。


 それからは一旦サッカーの話題を終え、球技大会のこと、その次の週に行われる期末テストのこと、それからその後に控えるクリスマスのことなどを話して二十時すぎに解散となった。

 そして今、俺は菜乃花を家に送り届けるため共に歩いている。

 手は繋がれていない。


「ねね、玲くん。公園よってかない?」

「公園? いいけど寒くない?」

「少しだけだから。さっきまでみんなに玲くんのこととられちゃって全然お話しできなかったし」

「……そうだね。俺も菜乃花ともっと話したい」

「ふふ、じゃあ行こ」


 菜乃花について行って公園へ寄り道。

 以前、菜乃花との初デートの際に遊んだ公園だ。

 隣り合ってベンチに腰を下ろす。


「なんか懐かしい気がするね。まだ三日前とかなのに。玲くんここでなにしたか覚えてる?」

「そりゃあ……忘れるわけないよ」


 ここでしたこと。

 まず二人でボールを蹴って、それから遊具で遊んで、それからベンチで話して、それから……それからキスをした。


「玲くんはさ、あれが初めてだった?」

「……うん」

「そっか……。私は……私も、玲くんとするのが初めてだったらよかったのになぁ……」


 俺の初めてのキスが菜乃花であることは今後、いかなることがあっても変わらない。

 それと同じように、菜乃花の初めてのキスは、これから先、俺がどれだけ菜乃花にキスをしようと俺に変わることはない。

 初めてとはそういうもので、だからこそみんな大切にするのだ。


 確かに菜乃花のファーストキスは俺ではない。デートをしたのも、手を繋いだのも、ハグをしたのも……セックスをしたのも、菜乃花の初めては俺ではない。

 でも、それだけではない。

 世の中にはたくさんのものがあって、行ったことない場所があって……世界には初めてで溢れている。

 だから──。


「菜乃花はまだしたことないことってある?」

「……?」

「菜乃花の残りの初めては、全部俺がもらいたい、から……」

「……! ふふ、そうだなあ。私、修学旅行でしか旅行したことないの。お父さんが忙しい人だったから。それから……あ! ジンベイザメとか見てみたいかも! それとバーベキューとかもしてみたい! 玲くんは全部一緒にやってくれる?」

「うん。全部一緒にやろう」

「ひひ、約束ね。……それとね、玲くん。えっと……えっとね、私、玲くんのことが……」


 菜乃花の言葉が止まる。

 菜乃花の身体が震えている。

 俺は、菜乃花の手にそっと触れる。

 菜乃花が驚いたように顔を上げた。そんな菜乃花にたいして、俺は静かに微笑んだ。

 俺は菜乃花の言いたいことを支える。焦らせず、菜乃花が言いたいことを言いきれるまでゆっくり待つ。


「……玲くんの手、やっぱりすごく安心する。大きくて、温かくて……そんな玲くんの手が私は好き。玲くんとするハグが好き。玲くんとするキスが好き。玲くんの匂いが好き。玲くんの私を見る目が好き。玲くんの大切なことは言葉にして伝えてくれるところが好き──」


 それから一息おいて。


「玲くんのことが全部全部大好きです。私と付き合ってください……!」


 鼓動が早い。胸が熱い。きっと顔も、熱い。

 大好き、大好き……。菜乃花の言葉が、菜乃花の声が胸に染みていく。


「うん……! 俺も、菜乃花のことが大好きです。だから……よろしくお願いします」

「ふふ、うん! こちらこそ、よろしくお願いします……!」


 それから菜乃花は「んっ」と両手を広げ、俺はそこに自らの身体を滑り込ませた。


「約束。いっぱいいっぱいぎゅーってして?」

「菜乃花が嫌って言うまで離れないよ」

「それじゃあ一生離れられないよ」

「一生離さない」


 寒空のもと、公園で抱き合うが一組。カップル……そう、俺たちは恋人になったのだ。

 その事実だけで胸がいっぱいになる。

 でも、これで満足してはダメだ。俺はこれから一生をかけて菜乃花を幸せにしていくのだから。不幸な時間なんて一瞬たりとも過ごさせない。


 胸に伝わる菜乃花の吐息。

 下を見つめると、上目遣いの菜乃花と目があった。

 菜乃花は微笑みを浮かべ、そしてなにかを期待するように目を閉じる。

 俺は期待に応えるように菜乃花に口付ける。


 数秒の後、唇が離れ、しばらくの沈黙。菜乃花となら、その沈黙すらも心地良い。

 それから数分。

 胸元からの菜乃花の声。


「私、実は告白するのは初めて」

「じゃあ、最初で最後だ」

「……うん、最初で最後。玲くんは私のこと、一生離さないでいてくれるんだもんね?」

「一生離さないし、一生幸せにするよ」

「私も玲くんのこと、一生幸せにする」


 それから二人して見つめあって、そして再び口づけ。

 唇が離れる。


「なんだか、今の誓いのキスみたいだったね」

「誓いのキスだからね」

「……のキスは初めて!」


 そう言って笑いあって。

 しばらくの間抱き合ったままで。

 それでも別れなければ行けない時間はくる。

 俺たちは学生で、明日も学校だ。いつまでもこうしているわけにはいかない。


「……そろそろ帰ろうか」

「……そだね。帰らないと、だよね」


 名残惜しい。そう思いながらも、身体を徐々に離していく。

 身体が離れ、代わりに手を握る。


 公園にくる前は、俺たちの手は繋がれていなくて、俺たちはただの男女で。

 でも、公園を出るときには俺たちの手は握られていて、恋人同士。

 ほんの一時間ほどで俺たちの関係は大きく変わった。してることは今までと変わりないかもしれないけれど、それでも大きく変わった。


 俺と菜乃花は、恋人になった。

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