第21話 さようなら
「ってーなぁ。手ぇ、離せよ」
「お前が菜乃花から離すのが先だ」
鷺沼の手を掴む力をグッと強める。
「っ──!」
鷺沼の表情は苦悶に染まる。
今日ほど鍛えてきてよかったと思えた日はない。おかげで菜乃花のことを守ることが出来る。
「菜乃花から手を離せ」
「わ、わかったから──!」
鷺沼が菜乃花から手を離したのを確認し、俺も鷺沼から手を離す。
菜乃花の手首には、鷺沼に強く握られていたためか、手形の痕が残っている。
そして俺の懐にいる菜乃花へと視線を向けた。
「大丈夫、菜乃花! どこか痛いところとかない……?」
「う、うん……だいじょぶ。でも……どうして玲くんが……?」
「……ごめん、菜乃花が自分で解決したいっていうのはわかってたんだけど……でも、俺の知らないところで菜乃花が傷ついてたら、そのことを後から知ったら俺は、きっと後悔すると思ったから」
「……ううん、ありがと。玲くんが来てくれて嬉しかった……!」
菜乃花が柔らかな笑みを浮かべてくれる。そんな菜乃花に俺も笑みを返す。
「実際助かったよ。私たちだけじゃどうしようもできなかったから」
背後から明智さんの声がかかる。
そうだ、明智さんにお礼いわないと。彼女のおかげでここがわかったわけだし。
「明智さん、ありがとう。明智さんの声のおかげでここがわかった」
「え……あ、うん。どういたしまして……? 私そんな声大きかった……?」
「その前に少し菜乃花の声も聞こえたから、めっちゃ耳凝らしてた」
「ふはっ! 那波って菜乃花のこと好きすぎじゃない?」
「……うん、大好き」
「ちょっ⁉ 玲くん……!」
「言うねぇ。菜乃花はどうなのよ?」
「わっ……私も、玲くんが大、好き……」
「良いぞっ! もっといちゃいちゃして鷺沼に見せつけるのだ!!」
今度は横から幼い感じの声。
視線を向ける。名前は確か秋名さん。菜乃花の横でよく見るぴょこぴょこという擬音が似合いそうな小さな女の子。
そんな秋名さんの言葉を聞いて、俺の視線は自然と鷺沼へと向かった。
唖然とした様子で立ち尽くす鷺沼。
その表情は様々な感情が入り交じっているのか、とても複雑だ。
苦しんでいるようにも、興奮しているようにも見える。本当に複雑な表情だ。
そしてそんな鷺沼の体勢はやや前屈み。
男ならこの体勢が意味することはわかる。
本当に……救いようがない。
俺は菜乃花から一度離れ、代わりに手を握った。
「菜乃花、行こう。鷺沼ももう話したいことないみたいだし」
「……うん、そだね。行こっか、玲くん」
一瞬ちらりと鷺沼のほうへと視線を送る菜乃花。
そしてすぐに興味を失ったかのように、俺のほうへ微笑みかけてくれる。
そして二人で廊下に出る。菜乃花の友達の三人も俺たちに続いて教室から出ていこうとしたとき、背後から再び鷺沼の声。
「ぁ……、ちょ、ちょっと待て! まだ話は終わってない!!」
「まだなにか?」
「お前はすっこんでろ! 俺は菜乃花と話があるんだよ!!」
すっこんでろと言われても。
ちらりと菜乃花に視線を送ると、菜乃花もちょうど俺のことを見上げていた。
息がぴったりあっているようで、それが嬉しくて二人して笑みがこぼれる。
それから菜乃花は、心配しないでと、そう言うように握る手の力を少し強めたのを感じる。
菜乃花が自分で決着をつけるというのなら、俺はそれを支えるだけだ。
「……穣くん。あなたと付き合っていた間は……正直辛いことがたくさんあったけど……でも、そのおかげで玲くんと出会えました」
菜乃花が俺の腕に抱きつくように身を寄せる。
「玲くんとはね、目で会話ができるの。言葉を交わさなくても通じ合える。でも大切な言葉はいつも口にだしてくれる」
それから思い出をたどるように、菜乃花は少し視線を上へ向ける。
「たくさんの人に汚された私のことを、玲くんは綺麗って言ってくれた。それに玲くんは私にたくさん好きって言ってくれた。その一つ一つが軽い感じじゃなくて、ちゃんと心がこもってて。……その他にもいっぱい、玲くんは私のほしい言葉をくれる。そんな玲くんの言葉に私は救われて、そして幸せにしてもらった」
菜乃花は、そんな幸せを噛み締めるようにうっすらと頬を赤く染め、微笑んでいた。
そして、その表情を見た鷺沼は、さらに複雑に顔を歪ませていく。
「だからね、私も玲くんにお返し……ううん、違うな……。私も、玲くんにとってそんな存在になりたい。私の言葉で、行動で玲くんを幸せにしたい。これから先ずっと──生涯をかけて」
菜乃花がまっすぐ鷺沼のことを見据える。
そんな菜乃花のある意味ではプロポーズとも言える言葉に、鷺沼は膝から崩れ落ちる。もう何を言っても無駄だとわかったのだろう。
そして菜乃花の言葉を受け取った俺は、俺の胸は、痛いくらいに高鳴っていた。
菜乃花もずっと俺と一緒にいたいと思ってくれている。その事実だけで俺は……うん、幸せだ。
「だから──さようなら」
「ぁ……あぁ……」
それから菜乃花は振り返り、鷺沼に背を向け歩き出す。
俺も、明智さんたちもそれに続いて旧視聴覚室を後にした。
今度は鷺沼に呼び止められることもなかった。
◆◇◆
「あっ」
「ん?」
部活へ行った明智さんを除く、四人で学校からでてしばらく。
どうやら今からお疲れ様会ということでみんなでファミレスへ行くらしい。明智さんは途中参加で。
それにどうやら俺も参加することになっていた。特に行くと言った覚えはないけど、勝手に決まっていた。どうやら俺と菜乃花の話が聞きたいらしい。
「手、繋いじゃってた……。我慢するって決めてたのに」
「……そういえば、俺も抱きしめちゃった」
「う~、無意識だったぁ……。玲くんに手を握られると安心しちゃうから」
そう言いながら菜乃花は俺の手を名残惜しむように、ゆっくりと離した。
「まだ我慢しないとだからね」
「うん。待ってるよ」
「やーですねぇ、凛音さん。あの二人自分たちの世界に入っちゃって、あたしたち完全に蚊帳の外ですよ」
「ほんとね。私たちのこと見えてないのかしら」
背後から茶化すような声が二つ。
秋名さんと中西さん。
「ごめんって二人とも! ちゃんと見えてるからっ!」
「いいよーだ。あたしは凛音といちゃいちゃするから」
「……そうね」
「わわっ⁉」
中西さんは秋名さんの言葉に頷いた後、秋名さんの背中に手を回し抱き寄せた。
「檸檬は私の愛に耐えられるかしら?」
「ちょ、ちょっと凛音! 顔近くない⁉」
「照れちゃって、檸檬ってばかーわいー」
「もー! バカにして!! そう言う凛音だって顔真っ赤だぞっ!! 凛音だって照れてるんでしょ⁉」
「そ、そりゃあ、照れるわよ。でも檸檬がいちゃいちゃしたいって言うから……」
「ふふ、あはは! 二人とも可愛い!」
じゃれあっている中西さんと秋名さんを見て楽しそうに笑う菜乃花。
俺に見せてくれるものとは違う、友達へと向ける笑顔。
そんな笑顔もすごく可愛い。
やっぱり菜乃花の笑った顔が好きだ。
これから先、ずっと見ていきたいと思う。
数日前までなら妄想することすら出来ないような夢物語だった。
だからこそ、菜乃花が俺のことを生涯をかけて幸せにしたいと言ってくれて……菜乃花もずっと俺と一緒にいたいということが分かって震えるほど嬉しかった。
菜乃花が俺を幸せにしてくれるのだというのなら、俺は菜乃花がずっと笑顔でいられるようにしようしよう。
菜乃花の笑顔は俺を幸せにしてくれるから。
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