第11話 会いたいなぁ

 トイレを出て、教室で友人たちと昼食を共にする。

 中学の頃からの仲で快活で明るい秋名檸檬あきなれもんちゃん、この高校に入学してから仲良くなった、サッカー部のマネージャーの明智美海ちゃんと、いつも勉強を教えてくれる中西凛音なかにしりおんちゃん、そして私の四人グループ。


「いやぁ、それにしても菜乃花が元気そうなの久しぶりだねぇ」


 檸檬ちゃんがお弁当を食べながら私に微笑む。

 やはり、ここ半年ほどはいつも暗い表情で心配をかけてしまっていたらしい。

 実際、寝取らせについては相談していないが、辛い感情が顔に出ていたらしく、頻繁に相談に乗るよなどと声をかけて貰っていた。

 さすがに寝取らせについての相談なんてできっこなかったけど。


「うん。心配かけちゃってごめんね」

「元気になってくれたならよし! それにしてもなにかいいことあったん? それとも悪いことがなくなった感じ?」

「うーん……いいことがあった、かな?」

「ほー、どんなこと、どんなこと?」

「なんて話したらいいか……」


 私と檸檬ちゃんでやり取りをしていると、静かに聞いていた凛音ちゃんが「どうでもいいけど」と、口を挟み、続けた。


「またあの辛気臭い顔は見せないでちょうだいね。やりづらいから」


 きつい言葉だけど、私にはこれが凛音ちゃんなりの優しさだって、ここ半年の付き合いで分かっている。


「凛音ちゃんもごめんね。心配かけさせちゃって」

「心配なんて……まあ、少しはしたかもしれないけれど。とりあえず問題は解決したんでしょうね?」

「解決は……どうなんだろ……」

「菜乃花さ、鷺沼とうまくいってないの?」


 そう尋ねてきたのが美海ちゃんだ。

 いつの間にかお弁当を食べ終えていたのか、パックのカフェオレのストローをくわえている。


「お、そーなん?」

「菜乃花の元気がなくなったのがだいたい菜乃花と鷺沼が付き合って一か月経ったころ。その頃から逆に鷺沼は調子よくなったんだよね。そして、菜乃花の元気が戻った今日の朝練の鷺沼は、めっちゃ調子悪かった。なんていうか、ふらふらしてたっていうか。昨日も部活こなかったし。だから無関係じゃないんだろうなって」

「わお……」

「あら、図星って感じ?」


 驚いた。

 穣くんが所属するサッカー部のマネージャーだからこその視点。

 とはいえ、それでここまで分析できるのもすごい話だ。まさか、私の元気と穣くんの調子が繋がるとは。


「うまく……いってないんだろうね、多分」

「相談なら乗るよ? 菜乃花は大切な友達だし、鷺沼はあんなんでも一年期待の次期エース候補だし、調子悪いままじゃ困るから」

「あたしも! 菜乃花のこと心配だし!」

「二人が言うなら、私も相談くらい乗るわ」

「みんな、ありがとう。でも……なんていうか、私と穣くんの尊厳……? っていうのかな、のためにもあんま話したくないかな。みんなから軽蔑されちゃうかもだし」

「軽蔑しないわ」


 私の言葉に、真っ先にそう答えたのは凛音ちゃん。

 続いて、美海ちゃんも檸檬ちゃんも同様に答えてくれる。

 友人にここまで言わせて、心配かけて、そんなの話さないわけにはいかないじゃないか。


「……わかった。でも明日でいい?」

「いつでもいいわ」

「ありがとう」


 昼休みの時間もそろそろ終わる。

 今から話すとなると中途半端になってしまうし、何より心の準備が必要だ。

 みんなああは言ってくれたけど、私がたくさんの男の人と身体を重ねたなんて知ったら、やっぱり軽蔑されちゃうかもしれないし。


 ぞろぞろと食堂に行っていたのであろう穣くんたちが教室に戻ってきた。

 視線を玲くんの席へと向ける。

 まだ帰ってきていない。

 普段どこで食べているのか全く分からない玲くん。

 玲くんの性格的に人が多くてお金がかかる食堂には向かわないだろうし、今日教室から出ていくときにお弁当を持っていくのを見たし。


 なんて考えていると、スマホが震える。

 メッセージが届いたようだ。

 確認すると、穣くんだ。


『今日部活ないから、いい?』

『わかった』


 さすがに昨日こっちの都合で断った手前、今日も断るなんてことはできなかった。

 それに、いつまでも先送りになんてできないし、動画を見せる代わりにこれからの寝取らせは全部玲くんとやるって約束だし、いずれやらないといけないことだ。


「菜乃花、また顔死んでる」


 そんな穣くんからの連絡を受け取った私の顔を見て、美海ちゃんはそう呟いた。


「ああ、いや、なんでもないよ、大丈夫」

「そ」

「うん。私、次の授業の準備してくるね」

「お、あたしも行くー!」


 こうして、昼休みは終わりを向かえた。


◇◆◇


「くそ……くそっ、菜乃花は俺の彼女なのに……なのにっ……!」

「ちょ、ちょっと穣くん! 痛い、痛いからもうちょっと優しく……!」

「くそっ! なんで……なんでだよ! なんで俺じゃ……!」


 放課後。

 私は穣くんの家へと赴き、穣くんと身体を重ねていた。

 先日の玲くんとのえっちの動画を見ながら、私に激しく腰を打ち付ける。

 相変わらず目は合わないし、今回は特別興奮しているのか私の声も届いていない。

 頭上で流れる玲くんとのえっちを思い出して、その寒暖差で……辛い。


 今までも辛かったけど、でもそれ以上になぜだか今日は辛い。

 きっと、玲くんを経験してしまったからだ。

 玲くんとのえっちは目が合って、私のことを気遣ってくれて、愛を感じられる。そして私もその愛に応えたいと思わせてくれる。

 でも穣くんとのえっちは、穣くんの独りよがりだ。私のことを気にする素振りも見せず、動画の中の私を見るばかりで、目の前の私には目もくれない。

 穣くんとのえっちは、気持ちいいどころか痛いし、辛い。


「……うっ」


 ゴムの中に熱いものがたまっていくのが、お腹の中で感じる。

 どうやら穣くんはもう果てたらしい。

 まだ始めて数分しか経ってないのに、私全然気持ちよくなれてないのに。

 私はベッドの端に畳んでおいた、服を手に取り、下着を身に付ける。


「な、菜乃花……?」

「ん?」

「ど、どうだった……?」

「なにが?」

「その……俺とのセックス」

「……どうだと思う?」

「やっぱり気持ちよくなかった……?」

「……それ以前の問題、かな」


 私としては別に気持ちよくなくてもいい。

 ただ、穣くんのえっちは独りよがりで愛を感じられない。

 そもそも彼女を他の男に抱かせておいて何を言ってるんだこの男は。


「え……」

「私、帰るね。外暗くなってきたし」

「え、あ、送ってくよ」

「ううん、別に大丈夫」

「そっか……」

「うん。じゃあ、また明日」


 服を着終えた私は荷物を取って、穣くんの部屋を後にする。

 玄関から外に出て、空を見上げる。

 時刻は五時すぎ。もう、冬ということもあり真っ暗。

 今から行っても迷惑に決まってるのに。

 私は、ふと思った。


「玲くんに会いたいなぁ」

 

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