2. こころはあなたを求めてる

第10話 好きすぐ

 夜が明けて、学校へと向かう。

 電車に揺られながら、昨日までの非日常に想いを馳せる。

 恋とは厄介なものだ。

 前までは諦めがついていたというのに、あんなことを経験してしまうと、さらに菜乃花のことを求めてしまう。

 別れてから一日程度しか経っていないというのに、また話したいと思ってしまっている。


 いつの間にか学校の最寄り駅についていた。

 電車から降り、駅から出ると、見慣れた制服の高校生が多く見えるようになる。

 そして、心なしか俺の顔を見ると他の生徒は若干はけていく。これもいつものこと。


 下駄箱まで来ると、見知ったクラスメイトの顔も増えてくる。とはいえ、会話はない。

 1-Dと書かれた教室に入る。

 教室中の視線が一斉に俺の方へと集まって一瞬の間静まりかえる。そしてすぐにいつもの調子に会話が再開された。

 これもいつも通り。四月の頃は俺が教室に入るともっと緊張感が張りつめるような感じだったが、さすがにもう半年以上経っていることもあって、慣れてきたのだろう。


 席について、俺の目線は自然と好きな人の席に向いていた。

 菜乃花は──近くの席の女友達たちと会話している様子。

 よかった……。まだ、あの頃とまではいかないまでも彼女は普通に笑えていた。

 少なくとも先週までは、友達と会話しているときでも無機質な表情しかできていなかったから。


 そしてそんな彼女の恋人の席へと視線を向ける。どうやら鷺沼はまだ来ていないらしい。あぁ、いや、部活の朝練か。そういえばグラウンドからサッカー部の声が聞こえてきた気がするし。


 視線を戻し、時間になるまでスマホでもいじっていようと、起動するのと同時にメールの着信音。

 菜乃花からだ。


『これからの寝取らせ、全部玲くんとになったよ♡』


 視線を菜乃花の方へと向けると、いつの間にか話していた友達はいなくなっており、そこにはスマホで口元を隠しながら俺に笑顔を向ける菜乃花だけがいた。


『交渉して勝ち取りましたっ!』


 それから昨日も送られてきたのと同じ種類だろう、『勝ったぞー!』と旗を降る熊のスタンプ。

 可愛い。思わず笑みがこぼれる。

 菜乃花は直接ではなくとも俺のことを笑顔にさせてくれる。


『菜乃花に幸せな気持ちになって貰えるように頑張るよ』


 昨日、菜乃花からスタンプが送られてきたとき、ライムのスタンプ機能やどこで購入できるかなどを調べ、試しに一つだけ買ってみた。

 菜乃花が使っている、熊のスタンプ。

 そのうち菜乃花も昨日使っていた『任せろ!』というスタンプを選択し、思案する。


 さすがにこれはキモくないか……?

 彼氏でもない男から、自分が使っているスタンプと同じものを送られてくるんだぞ……。

 いや、でもそのままだと素っ気ない気がする。菜乃花の方を見ると、まだ俺がなにかを送ってくると思っているようで、期待した眼差しを俺に送ってきている。


 覚悟を決めろ、俺。

 もう、送るしかない。

 選択しているスタンプにもう一度タップし送信。

 反応を確かめるため、再び菜乃花の方へと視線を向ける。

 画面を見つめながら硬直する菜乃花。その頬はうっすら赤く見える。いや、照明のせいかもしれないけど。


『れいくんっとば私のこと好きすぐ』


 しばらくすると菜乃花からの返信。

 その文面を見て首をかしげた。誤字……だろうか。

 しばらくすると、今のメッセージが取り消され、すぐに新しいのが送られてくる。


『玲くんってば私のこと好きすぎっ!! さっきのは忘れろ~!!!』


 動揺、していたのだろうか。でも、なんで。

 菜乃花の方を見ると、俺からの視線に気づいたのかそらされる。

 まさか、気持ち悪がられたか……? いや、であればあの動揺はなんだ。

 わからない。女の子って分からない。


 それから、朝礼のチャイムが鳴るギリギリの時間に、朝練を終えた運動部たちが教室に駆け込んできて、それからいつものように朝礼が始まった。


◆◇◆


 可愛すぎない⁉

 私と同じスタンプって!

 私と、おんなじ、スタンプってっ!!

 私と同じやつ使いたいって思ってくれたのかな。あれお金かかるやつだし、わざわざ買ってくれたってことだよね⁉


 あー、顔が熱い。

 絶対今顔真っ赤だし、顔がゆるゆるになっている自覚がある。

 こんな顔、玲くんにも、他の人にも見せられない。


 でも、とりあえず返信しないと!

 急いで入力し、送信。

 ちょっとからかってみた文面だけど、玲くんはどんな反応するんだろうか。

 横目でこっそり玲くんのことを視界におさめると、玲くんがスマホの画面を見つめて首をかしげているのが見えた。


 なにかおかしかっただろうか。

 そう思い、トーク画面を確認する。


『れいくんっとば私のこと好きすぐ』


 おかしいなんてものじゃなかった。

 ものすごい誤字ってる。

 急いで打ったから……ううん、舞い上がっていたんだろうなぁ。玲くんが私と同じスタンプをわざわざ買って、使ってくれて。


 とりあえず……。

 送信は取り消し、今度は誤字がないかをしっかり確認してから返信。

 でも、恥ずかしすぎて玲くんと目を合わせられない。からかいが失敗したときの恥ずかしさってこんな半端ないんだ……。


 私は玲くんが私と同じスタンプを使ってくれた嬉しさと、からかいが失敗した恥ずかしさが共存して訳の分からない顔を誰にも見せないために、机に突っ伏す。


 少しすると、教室の外がスリッパのパタパタという音で騒がしくなる。

 穣くんたち、朝練組だろう。

 ということはもうすぐ朝礼か。

 私は顔がある程度治まっていることを、スマホの内カメで確認し、顔を上げた。


 それから朝礼を行い、授業が始まる。

 なんだか少し浮かれ気分な頭で授業を流し、昼休みになった頃。

 昼食の前にトイレに行こうと席を立ったその時、スマホから着信を報せる振動。

 廊下に出てスマホを開くと、玲くんからのメッセージだ。

 トーク画面を開く。


『うん、好きだよ。菜乃花のこと』


 昨日、一昨日とたくさん聞いた玲くんの優しい声音で脳内再生され、急速に顔に熱が集まっていく。

 今の私は、端から見たらスマホを見て赤面している変人。

 とりあえず、なるべく顔を見られないように駆け足ぎみにトイレに駆け込み、個室へと入り一息。


 玲くんってば! 玲くんってばぁ!

 不意打ちはずるいでしょ!!

 私のからかいに対する返信がなかったため、もう返ってこないかなぁ、と考えていた矢先にこれだ。

 こんなん照れるに決まってんじゃん!

 心の中でそう叫んだ。

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