第9話 これからの寝取らせは
「私、やばいな……」
自慰を終えてしばらくたち、意識がしっかりしてきた私は、脱衣所の惨状を目の当たりにしてそう小さく呟いた。
顔を埋めていたため、少し湿っている玲くんの服。
途中から煩わしくなって脱ぎ捨てた、びしょびしょのショーツ。
私の体液で床も濡れている。
さっき玲くんと別れたばかりなのに。
身体は、もう玲くんを求めてしまっている。
「洗濯、しないと……」
地面を拭いたタオルに、湿ったショーツ、玲くんの服、それから玲くんとのえっちで湿ってしまっていたシーツをまとめて洗濯する。
はぁ……、なにやってんだろ、私。
まさか、玲くんの服で発情しちゃうなんて。
今まで自慰なんてしたことなかったのに。始めての自慰がこんな変態みたいな……。
しかも、彼氏じゃない人を想像して……、好きって言いながら絶頂して……。
たったニ日でこんなにも変えられちゃうなんて……。
◇◆◇
夕方ごろ。
洗濯物を室内に干し、そろそろ晩ごはんの用意をしようかと考えていた頃。
私のスマートフォンが愉快な音楽と共に震える。
画面に映し出された名前は──。
「れ……穣くんか……」
まるで期待はずれだと、そう言わんばかりの声音。
全然気づかなかったが、穣くんとのトーク画面を開くと、昨晩、私がメッセージを送ったあとから、ものすごい勢いでメッセージが送られてきていた。電話も来ている。
内容は『大丈夫?』『何かあったの』等のものが大半。
普段は心配する素振りも見せないくせに、こういうときだけ……。全く的はずれ。
とりあえず電話に出る。
「もしも──」
『な、菜乃花‼』
私の言葉を、慌てた様子の穣くんの声が遮る。
「そんな慌ててどうしたの?」
『あ、あぁ、いや、なんでもない。き、昨日はどうだった……?』
煮え切らない様子の穣くん。
明らかに様子がおかしい。
「どうって?」
『ほ、ほら、那波って暴力男って──』
「玲くんはそんな悪い人じゃないよ」
『え……』
どうしてだろう。玲くんのことを悪く言われたから、むきになってしまった。
私が、玲くんって呼んでいるのを知ったら、穣くんがどんな反応をするかなんてちょっと考えれば想像がつくのに。
『れ、玲……くん…………?』
「那波玲くんだから玲くん。なにかおかしい?」
『お、おかしいっていうか……な、馴れ馴れしくないか……?』
「そお? 穣くんだって、
明智美海ちゃん。クラスメイトで私の友達。
穣くんの所属しているサッカー部のマネージャーをやっている。
『あいつは……ほら、友達だし、接点も多いし』
「穣くんが知らないだけで、昨日より前から私と玲くんって結構話したりしてたよ」
『え……』
「入学したばかりの頃にね、玲くんみんなから怖がられて友達いないから、移動教室の時迷子になってたの。そのときに私が案内したときからね、時々話してたの。席も近かったし」
『そ、そうなんだ。でも、前は那波くんって──』
「玲くんね、私のこと好きなんだって」
『…………は?』
私が玲くんから告げられた言葉を、穣くんにも告げると、素っ頓狂な声。
「あのとき話しかけてくれて嬉しかったって、私の笑顔に救われたって、そう言われたの」
『なんて……答えたの』
「今日だけあなたの彼女になるねって。そういえば穣くんは昨日のことが知りたかったんだよね? 昨日はね、すごく楽しかったよ。幸せだった」
『ぁ……』
穣くんの声にならない声、荒い鼻息がスマートフォンを通して聞こえてくる。
「穣くんと別れてから玲くんと二人でお昼ごはんを食べたの。そこで一日玲くんの彼女になることになって、夕方までデート」
『で、デート……』
「お互いの好きなもの知りたいねって、私は映画で玲くんはサッカー。だからまずは二人で映画を見て、それからスポーツショップでサッカーボールを買って、私の家の近所の公園で一緒に遊んで……。そういえば穣くんサッカー部だったね。玲くんとどっちが上手なのかなぁ」
『さすがに俺──』
「それからは私の家に行って、一緒に晩ごはん作って食べて、一緒にお風呂に入って、それからは……穣くんが見たいやつ」
『な、菜乃花の家で……したのか……?』
「うん。それに遅くなっちゃったからお泊まりもした。ふふ、穣くんともしたことないのにね、お泊まり」
声に出して、昨日のことを回想するだけで、私の胸は温かい気持ちでいっぱいになる。
昨日のデート、本当に楽しかったなぁ。
玲くんの手はおっきくて温かくて。
玲くんのハグは安心感に包まれるようで。あのとき私が抱えていた不安とか不満とかを、玲くんの大きな身体ですべて包み込んでくれた。
会いたいなぁ、玲くん。
まだ、別れてから一日どころか数時間程度しか経っていないというのに、私の心も身体も玲くんを求めている。
早く明日になって、話せなくてもいいからとりあえず玲くんの顔を見たい。欲を言えばたくさん話したい。
「正直に言えば、今回の動画は穣くんには見せたくない」
『え……、いや、それは……』
「うん、分かってる。だからね、条件があるの」
『……条件?』
「これからの寝取らせは、全部玲くんとがいい」
『は…………?』
「そもそも前がおかしかったんだよ。私がえっちする相手くらい私が決めるべきだったの」
『で、でもそれじゃあ本当に……』
穣くんが、口を噤む。
気づいたんだろう。私には他の男と寝させといて、本当に取られるのは嫌なんて、どれだけ自分勝手で独りよがりなことなのかを。
『…………わかった』
言いたいことを飲み込んで、穣くんは了承の言葉を示す。
これでこれからも、玲くんとデートもえっちもできる。あれっきりで終わりなんて、寂しいもんね。
「ありがとう、穣くん。大好きだよ」
玲くんの次に。
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