第2話 今日はあなただけの彼女になるね
ファミレスに入って俺と綾野は向かい合って座り、注文を済ませる。
俺はカルボナーラで綾野はほうれん草のクリームパスタ。それと二人で食べれるように、マルゲリータを一枚、そして二人分のドリンクバーを注文した。
ドリンクバーで注いできたメロンソーダをちまちまと飲みながら注文した料理を待つ。
「那波くんは、どう思う?」
「どうっていうのは?」
「穣くんと私がしてること」
つまりはこの寝取らせプレイについて、どう思うか、ということだろう。
俺自身としては、プレイ自体は誰にも迷惑をかけていなければ別にいいと思う。ただ、それはしっかりお互いが了承していて、望んでやっていることなら、という前提がある。
「……それは綾野次第かな。綾野がもし嫌々してるのだとしたら、やめるべきだと思う」
「……好きでもない人とのえっちなんてしたいわけないよ。でも、今やめちゃったら、今までなんのためにあんなことしてきたのか分からなくなっちゃう」
「……じゃあ、今日は一緒に遊ぼう。ほら、俺友達いないから、友達と遊ぶのなんて小学生以来経験してないんだ」
「……ふふっ、やっぱり那波くんは他の男とは違うね」
綾野が笑う。
まだ、あの弾けるような笑顔には程遠いけど、それでも笑ってくれた。
「やっと笑ってくれた」
「……うん、私も久しぶりに笑った気がする。……ねえ、少し愚痴ってもいいかな?」
「もちろん、俺に出来ることなら」
それから、彼女はゆっくりと語り始める。
彼氏である鷺沼のこと。
交際一ヶ月の記念日に初体験をするはずが、鷺沼のが勃たなかったこと。
それから、鷺沼に性癖を明かされたこと。
断りきれず、他の男に抱かれることになったこと。
鷺沼とのえっちも、鷺沼は綾野が抱かれている動画を見るばかりで全然目が合わないこと。
今はもう、なんで鷺沼のことを好きになったのかも分からなくなってしまったこと。
「ごめんね、こんなこと話されても那波くんは困るだけだよね」
「いや、話してくれて嬉しいよ」
「優しいね、那波くんは。もしかして、私のこと好きだったり? なんて──」
「好きだよ。俺、綾野のこと」
「………………へ?」
呆気に取られたような表情。
まあ、冗談のつもりで言った言葉に、いきなり告白で返されたら誰だって驚くのかもしれない。
「単純かもしれないけどさ、周りから怖がられて友達のいない俺に、話しかけてくれて本当に嬉しかったんだ。そして、綾野の笑顔に救われた」
「う、うそ……?」
「本気。でも、君が鷺沼のことを好きなのも分かってる。だけど、今日は俺だけの彼女になってほしい」
「い、嫌じゃないの? たくさんの知らない男に抱かれて汚された女なんて」
「関係ないよ」
「そ、そっか……。うん、じゃあ、今日はあなただけの彼女になるね、那波くん。なんか、こんなにドキドキしたの久しぶり」
「綾野に喜んで貰えるように頑張るよ」
そうこうしていると、店員さんが注文していた料理を運んできた。
カルボナーラにクリームパスタ、マルゲリータによって、机はあっという間に埋め尽くされた。
雑談をしながら料理を食べ進める。
雑談の内容は、本当に当たり障りのない、友達同士や恋人同士でするような普通の話。
この頃になると、綾野はまだ以前には及ばないものの、ころころと表情を変えてくれるようになった。当然、笑顔も浮かべてくれる。もしかしたら、無理しているのかもしれないけど。
そうして会話を続けていると、不意に綾野は「やっぱり信じられない」と、そう言って俺に尋ねてきた。
「那波くん、あの噂って本当のことなの? 話せば話すほど那波くんが人に暴力を振るってる姿が想像できないって言うか」
「本当だよ。確かに僕は中学の時暴力沙汰を起こした」
「理由があるんだよね?」
「そりゃあ、あるけど。そんな面白い話でもないよ」
「聞かせてほしい。さっき私の愚痴聞いて貰っちゃったから、那波くんも私に吐き出してほしい。人に話したら案外スッキリするものだし、それに今、私は那波くんの彼女だし、あなたのことはなんでも知りたいなぁって」
「ずるい聞き方をするね。別に話すのはいいけど本当に面白くなんてないよ?」
「うん、聞かせて」
「それじゃあ──」
頷いて、かつてあった出来事を話す。
中学一年の時。
俺の家は片親で、父親は俺が小学五年生の時に、不倫した挙げ句、借金を残して家を出ていった。
お母さんは、借金返済のため、所謂夜のお仕事をしていた。
当時の俺は父親がいなくなって、お母さんとの生活リズムもずれ、寂しく感じていたけど、お母さんが俺のために頑張ってくれていることは知っていたから、お母さんのことはとても尊敬していたし、大好きだった。
しかし、貧乏なのもあって使っている道具が軒並み古く、その事から軽くいじめを受けていた。
それ自体は別に構わなかったんだけど、親をバカにされたときについ──。
「やっちゃったんだよね、何発か。それで所謂病院送りに……って、綾野?」
綾野は両手を口にあて、ポロポロと涙を流していた。
「今まで大変だったんだね、那波くん……。那波くんは悪くないよ、絶対に悪くない」
「いや、手を出したのはまずかったなって、今でも思ってるよ。もっと、やりようがあったと思うし。でも、ありがとう。そう言って貰えて本当に嬉しい」
綾野の目を見て、はっきりと感謝を伝える。
やっぱり俺は綾野のことが好きだと、実感する。俺のほしい言葉を彼女はくれる。俺も彼女にとってそのような存在になりたい。
それから、その後のことも話した。
人を殴ったのだ、俺は当たり前に謹慎処分を受け、所属していた部活動も退部になった。ただ、教師に事情は話していたので俺が殴った彼も少しの間謹慎処分となった。
そして、俺が謹慎で学校を休んでいる間、病院送りにしたやばい奴という噂だけが一人歩きをした、と。
話し終えたときには、テーブルの上の皿に料理は残されていなかった。
「さ、そろそろ行こうか」
「うん」
席を立ち、会計へと向かう。
会計ではどちらが払うかで一悶着あったが、なんとか俺が勝ち取り、会計をすませ、店を出る。
「これからどうしようか?」
「考えたんだけど、綾野の好きなこと教えてほしいなって。普段どんなことしてるの?」
「普段……。そういえば、最近映画見れてないな……」
「映画? 好きなの?」
「うん。前は月に二回くらいは観に行ってたんだけど、ここ数ヶ月くらいは行けてないや。なんかそういう気分になれなくて」
「……じゃあ、映画を観に行こう」
「いいの?」
「綾野の好きなものを俺も好きになりたい」
「ふふ、そっかそっか。じゃあ、映画のあとは那波くんの好きなところにつれていってね? 私も那波くんの好きなこと知りたいから」
「あんまり面白くないかもだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。私、那波くんと一緒の時につまらないって思ったことないし」
そう言って俺の手を握る綾野。
手汗とか、大丈夫だろうか。
「そ、その、綾野……?」
「デートなんでしょ? それに今は私、那波くんの彼女だし。那波くんは嫌だった?」
「い、嫌なわけないけど! その、綾野こそいいの?」
「嫌だったらしてないよ。さ、行こ」
「うん」
こうして、デートが始まった。
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