027 姫と『蒼月』005

「ユナちゃんがマルシ森の障り神と共に消失してから、私たちはユナちゃんを探して森の中を捜索しました」


 ピイちゃんとソルも全面的に協力し、捜索範囲を森全体にしてユナを探し回った。その時、狩人のナギとギナも協力している。


「三日ほど探索しましたが、結局ユナちゃんは見つかりませんでした」


 その時のジェイスの落胆ぶりは激しいもので、一人で森に残って探し出すといってきかなかったほどだ。しかし、みんなの説得もあってしぶしぶジェイスもグラハムの街に戻ることに同意した。

 街に戻り【黒猫亭】でテイルは妹のアンナにユナがいなくなったことを説明するとアンナは大泣きし女将のドイルなどそのまま自分が探しに出るとフライパン片手に宿を飛び出したほどだった。どうにか二人をなだめ、捜索は『蒼月』で責任を持って行うとテイルが宣言し、ジェイオスたちも同意したことでどうにか納得してくれた。その日以降【黒猫亭】にはユナの似顔絵が貼られ、旅人や行商人、冒険者にも配られるようになった。

 『蒼月』は【黒猫亭】に立ち寄った後、障り神の報告の為、冒険者ギルドを訪れた。

 そこで次なる問題が浮上した。


 「どうやって障り神を倒したのか?」ということだ。


 ユナとの約束があるため、ユナの事とその正体を明かすわけにはいかない。そこで、仕方なくジェイスたちは「迷宮で見つけた伝説の武器を用いて障り神を倒した」ということにしたのだ。


「障り神の問題はそれで解決するはずでした。しかし……」


 話はそこで終わらなかった。なんと冒険者ギルドは武器の上納を『蒼月』に求めたのだ。多額の報奨金をちらつかせ、ギルドは『蒼月』に武器を提供するように何度も交渉を重ねた。その交渉は年ヵ月にも及びついにはジェイスたちが根負けすることになる。ジェイスたちはユナの捜索にギルドが全面協力することを条件に武器をギルドに供与したのだ。


「あの時は何もかもが必死でした」


 ユナの為にジェイスたちは必死だった。報奨金を基にクランを大きくし、各地に支店を構えた。

 その時、『蒼月』に心強い協力者が現れた。

 アルザリア王国の第一王子レオンと近衛騎士団がユナの捜索に全面協力を申し出たのだった。そして、他にも盗賊ギルドのガイツと、交易商のチャルクという男が協力を申し出てきた。


「近衛騎士団の方々だけでなく、ガイツとチャルク……彼らは何も言わず我々に協力を申し出てくれました」


 ガイツとチャルクに対し初めは何か裏があるのではないかと勘ぐっていたジェイスたちだったがすぐにその認識を改めることになった。彼らの助力がなければ他のギルドとの連携がこれほどうまくいくことはなかっただろう。


「そういえば、ナギとギナ、あの狩人の二人は正式に『蒼月』のメンバーになったんですよ」


 ナギとギナは厄災の事件が落ち着いた後も頻繁に『蒼月』を訪れてくれた。そして、後に正式にメンバーとなった。『蒼月』はユナの捜索を続けながら別の調査も同時に行っていた。


「別の調査?」


 ユナの言葉にエリーナが頷いた。そして、ちらりとヴェルを見る。


「厄災に関する調査です」


 ジデンの話ではマルシ森の厄災から十年後にジール大森林の厄災が発生することになる。そして、そのジール大森林の厄災に調査に向かったレオンもう寺と近衛騎士団はそのまま帰ってこなかった。


「私たちもレオン王子に同行を申し出たのですが……」


 アルザリア王国の国の異変ということもあり『蒼月』の調査への参加はやんわりと断られた。しかし、もし『蒼月』が参加していたとしてもろくな武器を持たない『蒼月』では障り神に対抗できなかっただろう。 

 取り上げられた武器を何とか取り戻し、ジール大森林へと向かったジェイスたちは森の中でレオン王子の遺体と近衛騎士団の変わり果てた姿を発見する。その時に現れた障り神は三つの首を持つ巨大な蛇の姿をしていた。苦戦を強いられながらも何とか障り神を倒すことに成功した『蒼月』だったが、その時にナギを、二年後のカッツアー大平原ではギナを失うことになる。それだけでなく、ジール大森林、カッツアー平原でも数えきれないほど多くの犠牲が発生していた。その原因の一つに厄災発生時にアルザリア王国がセレシア帝国に対し戦争状態であったことも大きい。戦争時、冒険者は入国を禁止され、またその国内においても大きく動きを制限されてしまう。戦争が終わり、カッツアー平原に向かった時には平原は瘴気で汚染され、人の力ではどうすることもできない状況にあったのだ。


「もう我々の力だけでは厄災を止めるはことはできませんでした」

 

 そんな中、一人の女性の登場によって状況は急変する。

 それが……


「ヴェル」


 ユナの言葉にエリーナが頷いた。


「ヴェル様が現れ、状況は一気に好転したのです」


 ヴェルは突然に現れた。彼女は『蒼月』のメンバーに加護の付与された新たな武器を与え、魔法を授け、そして自らも戦いにその身を投じた。


「我々はヴェル様に希望の光を与えられたのです」


 ヴェルは世界でも珍しい精霊魔法の使い手だった。様々な精霊を使役し、その力で厄災を退けた。怪我人を回復し、瘴気に満ちた土地を浄化する。その姿は聖女のそれであり、『蒼月』のメンバーは彼女のことを【漆黒の聖女】と呼ぶようになった。

「ヴェル様は今でも私たちに光をもたらして下さいます」


 エリーナたちのヴェルを見る目は崇拝者のそれだった。


「また、同じようにヴェル様が崇拝されるユナ様も我々にとっては希望そのものなのです」


 エリーナが言った。ユナの横でヴェルが「ユナ様を敬うことは当然です」と息巻いている。それを聞きながらユナは小さくため息をついた。ヴェルは育ての親であり友であり、師だ。そんな彼女が自分を好いていてくれることに問題はない。しかし、その愛が重い、重すぎる。一五〇年という歳月がたっても色褪せない彼女の愛にユナは(うわぁ……)という気持ちでいた。


「ヴェル様の協力により八〇年前に大きな厄災は沈静化されました」


 しかし、とエリーナは言葉を続ける。厄災・戦災による大陸全土の各国の国力の低下、瘴気に汚染された地域の拡大と魔物の増大。厄災は沈静化しただけであって根絶されたわけではない。場所によっては小規模な厄災が起こっている。


「ヴェル様が各都市に結界を張って下さり、その被害は都市部には届かなくなりました」


 だからと言って大陸全土を覆うような結界を張ることは不可能だった。また、小さな村や集落などその全てに結界を張ることなど土台無理な話だ。『蒼月』は今や各国の支援を受けつつ厄災や魔物に対する専門組織として機能している。その要となってるのがヴェルでありエリーナたちであるのだ。


「すごい……」


 ユナは感動して呟く。人の身で厄災に立ち向かうのは死地に向かうことと同義。その覚悟は半端なものではない。それを支えたのがヴェルであるということにユナは嬉しくなってしまう。


「でも、どうしてヴェルはエリーナに協力しようとしたの?」


 素朴な疑問だった。ユナの知るヴェルはユナに関すること以外ほとんど無関心だ。特に人の名前を覚えるほどに親しくするなど以前のヴェルからは信じられないことだった。あの良く通うルソナ村の村長の名前でさえ覚えようとしないくらいだったのだ。以前、そのことについてユナはヴェルに質問したことがあった。その時のヴェルの答えは「名前を憶えても人間はすぐに死んでしまいますから」というものだった。


「ユナ様がかかわりを持った人族だったからです。それを守ることは私の使命でもあります」


 つまりは、ユナがかかわりを持ったからヴェルも興味を引かれ、ユナが戻ってくるまでの間、世界を守ったということだった。何とも身勝手な聖女だ。

 精霊界と物質界はそもそも時間の流れが違う。ユナたちにとってはたまに訪れるルソナ村でさえ、ユナたちにとっては時々でも、ルソナ村にとっては数年に一度、下手をすれば十年以上もの年月が経過してしまうことすらあるのだ。ユナもそのことは知っていたし子供心ながらに理解もしていた。以前お祭りで出会った小さな男の子が、次に村を訪れた時には男の子になり、青年になり、父になり、そして老人になっていくーー初めはそのことに対して寂しいとか悲しいとか感じていたユナでさえ、その感情が希薄になっていくのを感じていた。

 だが、ジェイスたちとした冒険はユナにとってかけがえのない大切な思い出だ。たった数日間とはいえその経験はユナの中で輝いている。


「ヴェル……ありがとう」


 ヴェルの気まぐれかもしれないが、そのおかげで世界は救われている。ヴェルが力を貸してくれたおかげで助かっている人たちがいる。


「ユナ様!嗚呼、ユナ様に褒めて頂けるとは……私の一五〇年が報われた気分です!」


 ヴェルが感極まったかのようにその場に崩れ落ちた。


「もう、おおげさなんだから」


 ユナはそういったが、ヴェルの行いは生半可なことでできることではない。それが分かっているからこそユナはヴェルに感謝しかなかった。


「ジェイスたちとの冒険は今でも私の中で大切な思い出だよ」


「ユナちゃん」


 エリーナは目頭をおさえた。


「今日はなんと素晴らしい日なんでしょう!」


 声高らかに言う。


「そうですね。今日という日の感動を忘れないために今日この日を『ユナ様ご降臨の日』として未来永劫語り継ごうではありませんか!」


「「賛成!」」


「反対です!」


 ヴェルとエリーナの意見に全力で反対するユナだった。

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