026 姫と『蒼月』004
「それでは参ります」
ヴェルの言葉と同時に、目の前が光り輝いた。
転移魔方陣。
彼女の話によれば、その先は『蒼月』の拠点だということだ。
(どんな人たちがいるんだろう)
どんな状況なのか全く予想がつかない。ヴェルは何も説明せずに「行けば分かります」とだけ教えてくれた。
何かしらのサプライズなのだろうか。ヴェルは日頃から多くを語らない。勉強などの時以外は極力自分で考えるようにと配慮しての事だろうが、それでもたまには説明が欲しいときもあるのだ。例えば、今回がそうだ。
ユナにとって『蒼月』とはジェイスたちのクランの事であって、今のクランではない。知っているメンバーがいるわけではなくほぼすべての人が「初めまして」なのだ。『蒼月』のメンバーはユナに会いたいのだろうが、ユナが同じ気持ちなのかどうかは別問題だ。もちろん、ユナも興味がないわけでない。『蒼月』とりわけ創設者の話は聞いてみたいし、その後どうなったのかを詳しく知りたい。
ジデンたちの話だけでは伝わってこない話をユナは聞きたいと思っていた。
光が弱まると目の前には巨大な砦が現れた。これが砦を改装した『蒼月』の拠点だ。
「到着しましたユナ様」
ヴェルが手を引いてくれる。転移の光がまぶしすぎてしばらく周りがよく見えない。それでも、周囲にたくさんの人がいることだけは分かった。
「ありがとう、ヴェル」
ヴェルに手を引かれユナが歩き出す。
周囲から感嘆ともため息ともとれる声が静かに響く。
そうか、とユナは納得した。
(みんなヴェルの美貌に見惚れているんだ)
黒髪黒瞳の美女ヴェル。自分ですら時々綺麗だと見惚れてしまうくらいだ。この騒ぎはきっとそうなのだろう。
紅のカーペットが石床の上に敷かれている。ユナにとってその上を歩くことは初めての経験だった。
緊張した面持ちで進むとこれまた緊張した面持ちの女の子が花束を持って出迎えてくれた。
「ユナひゃま、お、お待ちしておりました!」
女の子も緊張しているのだろう。噛んだ途端に真っ赤になってそれがすごくかわいいと思ってしまう。
女の子は花束をユナに手渡した。その手がわずかに震えていたので、ユナは花束を受け取るとそのまま彼女の手を握った。
「ありがとう」
ユナが優しく微笑みかける。
女の子の手がビクリと激しく震えたかと思うとその場にへたり込み胸を抑えた。
(えっ!どうしちゃったの!)
ユナは慌てて女の子の肩に手を当てようとするが、ヴェルに止められてしまう。
「ヴェル……この子が……」
悪いことをしてしまった。この女の子はきっと病気だったのだ。それを病んだ体に鞭打って自分に与えられた役割を全うしようとしたのだ。
ユナはグリルを呼び出し回復を行おうとしたが、それもヴェルに止められてしまった。
「ユナ様、フードを……」
ヴェルに勧められユナはフードを被った。同時に呪縛がとかれぶはっと息を吐く者、その場に崩れ落ちる者が続出する。
(もしかして、これは何かの呪い!?)
自分は何かしらかの呪いに侵されていたのではないだろうか。そうであれば、ここに来てからの一連の流れに納得がいく。
「まずは部屋へ。そこで改めてご挨拶をさせていただきます」
ヴェルがユナの手を引いて建物の中へ入っていく。
「ヴェル、みんな私のせいで……」
ユナが申し訳なさそうに言うと「ユナ様、これは仕方のないことなのです!」と誇らしげな表情のヴェルに手を引かれユナは大きな部屋へと案内される。
「こちらでしばらくお待ちください」
ヴェルがそれだけ言うと給仕係らしき女性に声をかけた。女性は恭しく礼をすると奥へと扉の奥へと向かう。
しばらくして扉が開くと数人の初老の男たちと共に車椅子に乗せられた高齢の女性が姿を現した。
女性は目が見えないようだったが、それでも入ってくるなりユナの方を認め嬉しそな表情になる。
ユナが立ち上がる。
それは女性の周囲に懐かしい存在を感じ取ったからだった。
「ソル!」
「姫様!」
半透明の青い光を放つ少女が現れた。
「おお、精霊様がお姿を現わされた!」
「では、やはりこのお方が……!」
周囲の初老の男たちが騒ぐ。先ほどもユナを出迎えるために広間にいたがビアンカの騒ぎの為に挨拶できずにいたのだ。
ユナの周囲をソルが嬉しそうに飛び回る。
ソルの目の前に緑の光を放つグリルが現れた。
「せ、精霊様が……二体も……」
男の一人は卒倒しそうな表情で固まっている。他の男たちも似たようなものだった。ただ一人、女性を除いては。
「でも、どうして……」
グリルの無事な姿を見てユナは安心しながらも不思議に感じた。グリルとは一五〇年前、【時渡】にユナが巻きまれた際別れたはずだった。こうして出会えたということはヴェルが保護してくれていたということなのだろうか。しかし、そうであるならわざわざ『蒼月』の拠点で待ち合わせる必要などない。
「ユナ様……いえ、ユナちゃん……お久しぶりです」
女性がユナに声をかけた。それは聞き覚えのある声だった。
そんなはずはない。
グリルがユナから離れる。そして、そっと女性に寄り添うように隣りに浮いている。
「あれから一五〇年……長かった……本当に長かった……」
女性の声は震えていた。ユナにはその女性に見覚えがあった。背は縮んでしまったが、その顔にはかつての優しい面影が残っていた。
「エリーナさん……」
ユナの問いかけに女性は「ええ」と答えた。
女性が手を伸ばす。ユナはエリーナに駆け寄るとその手をやさしく包み込んだ。
「エリーナさん!」
涙があふれ、ユナはエリーナに抱き着く。
「あらあら、ユナちゃんは泣き虫さんね」
エリーナは細くなった腕でユナを抱き、その頭をゆっくりとなでた。ユナはぎゅっとエリーナに抱きついたまましばらく動かない。
「ユナ様、あまり強く抱き着いているとエリーナの骨が折れてしまいますよ」
ヴェルに言われ慌ててユナが離れた。
「ヴェル……それはヤキモチかしら?」
「そ、そんなことありません。私はエリーナの身を心配しただけです」
ヴェルはそっけなくあさっての方を見る。その様子からヴェルとエリーナが信頼によって強く結ばれていることが見て取れた。
「でもどうしてエリーナさんが……」
ユナがエリーナに出会えたことに喜びながらも素直な疑問を口にする。
人族の寿命は短い。せいぜいが長くて一〇〇年といったところだ。しかし、それだけでは説明できない。
「そうですね。私の母がハーフエルフだったことが大きいのかもしれませんね」
ならばエリーナはエルフのクウォーターということだ。それならば納得することができた。
「まぁ、それでもソルの援助がなければこれほど長生きはできなかったでしょうけどね」
エリーナの言葉に合わせるようにソルが大きく頷いた。
「ソルはエリーナのことが大好きなんですね」
「私の一番は姫様だけです!」
ソルはそう言っているが、心からの言葉でない事は明らかだった。聞けば、ソルは今はエリーナの体調管理と目の代わりを買って出ているということだ。人とはかかわりを持ちたがらないソルがそうしていることはユナにとって驚きだった。
「ユナちゃん、ヴェル様にもずっと助けてもらっていました」
エリーナが目を細めながら言った。
「そうなんですか?」
確かに、ジデンの話ぶりではヴェルは『蒼月』のサポート役として尽力している風ではあったのだが。
「基本的に私はユナ様以外のことには干渉する気はありません」
ヴェルにとって最も優先すべきはユナのことだった。ヴェルが『蒼月』に手を差し伸べているのもユナがかかわったクランだからということが大きい。
「それに、障り神についてはどうやら私たちの管轄のようでしたので……」
ヴェルにしては歯切れの悪い言葉だった。
「それってどういうことなの?」
「ユナ様」
ヴェルがユナの前に腰を下ろす。
「少しだけ長い話になりますが、聞いてくださいますか?」
ヴェルがこう切り出すことは初めてだった。
「分かりました」
ユナは姿勢を正した。
「ヴェル、そしてエリーナさん。お話をお願いします」
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