028 姫と『蒼月』006

 ユナが『蒼月』を訪れて一カ月が経とうとしていた。

 この一カ月は主に過去の出来事について色々と話を聞くことができた。世界中の被害状況、その中での協力者の関係、各地に現在の状況等だ。ヴェルはその間ずっとユナの世話を焼いていたし、エリーナとも何度も茶会を開いたり孤児院や学院を訪れたりしていた。

 ヴェルの勧めでユナも学院学ぼうとしたが、彼女が席に座っているだけで生徒たちが祈りを捧げるので初日で行くのを諦めた。

 なので、今はもっぱら時間がある時は孤児院で手伝いをするのが日課になりつつあった。初めは色々とユナも子供たちも勝手がわからず苦労していたが子供たちと過ごしているうちに次第に打ち解け今では普通に過ごせるようにまでなっていた。


「ユナお姉ちゃん!」


 洗濯物を干しているユナに女の子の一人が体当たりしてきた。

 ユナは危なげもなくそれを受け止めるとユナはその女の子を抱き上げた。


「こら、お仕事中は遊ばないって約束でしょ」


 ユナに叱られても女の子はニコニコと笑ったままだ。


「えーっ、ユナお姉ちゃん、いつ仕事が終わるの?」


 女の子の後ろには他の子供たちも期待のこもった目でユナを見ている。


「うーん……」


 悩んでいると一緒に洗濯物を干していた女性が「あとはこちらでしますので」とユナを促した。


「じゃあ、一緒に遊ぼうか!」


 ユナの声に子供たちが歓声を上げる。ユナの手を引いて走り出す子供たち。その騒ぎを聞きつけて他の子供たちまでもわらわらと建物から出てくる。


「ユナお姉ちゃん本を読んで!」


「だめ、ユナお姉ちゃんは私をママゴトするの!」


「鬼ごっこだよ!」


 口々に希望を口にする子供たち。


「おい、ユナ様の手を引っ張りすぎだ。腕が取れてしまったらどうするんだ」


「あっ、グリルちゃんだ!」


「すごい、飛んでる!」


「グリルちゃん、遊ぼ!」


「いや、おい待て、なんで私が人族の子供と遊ばなければならないんだ!」


「ねえ、遊ぼ!」


「ユナ様ぁ!」


「う~ん。グリルお願い!」


「ユナ様ぁ!?」


 緑の精霊グリルが現れ、注意するがかえって逆効果だった。なんだかんだと遊びに誘われ、ユナのお願いもあって結局は子供の相手をすることになったのだ。


「ええい、こうなったら遊んでやろうじゃないか!」


 グリルが輝きを増した。


 するとーー


 孤児院の庭先に小さな芽が生える。それは何本も生えうねうねと絡みながらみるみる大きくなりやがて見上げるほどの巨樹に成長した。

 横枝からU字の蔓が伸びてくる。


「わぁ、ブランコだ!」


 子供たちが目を輝かせてブランコに集まる。


「グリルありがとう!」


「グリルちゃんありがとう!」


 ユナと子供たちにお礼を言われグリルはまんざらでもなさそうに「ふん」とそっぽを向く。


「さぁ、乗りたい子は誰かなぁ?」


「わたし!」


「僕だよ!」


 子供たちが嬉しそうに両手を上げてユナの前に集合した。


「はいはい、順番だよ」


 ユナは子供たちを並ばせてそれぞれをブランコに乗せる。

 職員やグリルも手伝って壮大なブランコ大会が始まった。

 ブランコ大会は夕方まで続いたのだった。


 ■ ■ ■ ■


「ユナ様、本日は子供たちが大変お世話になりました」


 院長にお礼を言われユナは「こちらも楽しい一日でした」とお礼を言った。

 孤児院の門の周りには名残惜しそうな子供たちの姿。


「ユナお姉ちゃん。また来てくれる?」


 ユナに一番に体当たりしてきた女の子だ。ユナはにっこりと笑って「また来るよ」といった。その言葉に子供たちは笑顔になり「やったぁ」と騒ぎながら喜び合った。


「それではユナ様、参りましょうか」


 迎えに来てくれたヴェルに促され、ユナは孤児院を後にする。

 孤児院は『蒼月』が運営する施設だ。厄災や魔物の襲撃によって親を失った子供を保護し育てているのだ。その中で才能のある子供がいれば『蒼月』にスカウトする。『蒼月』には孤児院出身の者も多く、それらのメンバーは孤児院の子供たちにとって憧れの存在であった。


「今日はどうでしたか?」


 帰り道、ヴェルが聞いてきた。


「うん。とっても楽しかったよ」


 ユナは楽しそうに今日の出来事をヴェルに聞かせた。

 

「暗くなる前に早く帰りましょう」


 孤児院から拠点までの距離はそれほど遠くはない。ヴェルとユナは並んで歩いて帰った。


「なんだか久しぶりだね」


 ユナが手をつなぐ。ヴェルは各地の拠点を回り、各所の状況を確認したり、結界の再設定や、異常の報告された周囲の調査を『蒼月』のメンバーと行ったりとかなり多忙な日々を送っている。

 精霊界にいた頃に比べヴェルははるかに忙しそうだった。そして、ユナから見るとヴェルは楽しそうにも見えた。


「ヴェルは最近楽しい?」


「いえ、そんなことはありません!」


 ヴェルはきっぱりと言い放った。


「そう?」


 とてもそうは見えない。忙しいながらも充実した毎日に満足しているように見える。


「ユナ様と一緒にいられる時間が減ってしまいました!」


「アハハハ」


 以前に比べれば、ユナと一緒にいられる時間は少ない。しかし、ユナと会う前のヴェルに比べると全然違うのだというのは最近話をするようになったビアンカからの情報だった。


「以前のヴェル様は冷たいというか……感情がないというか……とにかく陶磁器の人形のようでした」

 

 それはエリーナたちから聞いていた話と一致する。目的のために効率重視で行動していたという。基本『蒼月』のメンバーに任せるのではなくヴェル単体で行うことが多かった。それはヴェルの能力を考えればその方が効率や怪我などを考えた時に勝手がいいのは確かなことだ。しかし、それはあくまでも【ヴェルがいた場合】だ。万が一ヴェルがいなくなれば。それだけで世界は崩壊する。大陸全土はあっさりと跡形もなく滅亡するだろう。ヴェルには今現在「ユナ様の生活するこの世界を維持する」という目的の為に一五〇年間という期間、人族に最低限の援助を行ってきた。その結果が今の世界であり、そのことについてエリーナたちは何も言わない。極端な話、ユナが精霊界に帰ると言えばヴェルはあっさりとこの世界を捨てる。何の未練もなく人族を見捨てる。彼女にとって未練はユナでありそれ以外ではない。ソルもそうだ。今はエリーナの為に働いているが、ユナがエリーナたちに興味を失ったとしたらあっさりと姿を消すだろう。そういった危なげな均衡の天秤の上にこの世界は成り立っているのだ。薄氷の上に人族は暮らしているのだ。

 しかし、今は違う。

 ユナは帰ってきた。【時渡】の影響で、一五〇年という時間が経過していた。ユナはこの世界で冒険者としてやっていくと決めたのだ。ならば、ヴェルはそれについていくのみだ。世界を守り、厄災から世界と人族を守るように行動する。ユナが帰ってくる前よりも精力的に、積極的に世界にかかわるようになった。

 ユナはヴェルに一つだけお願いをしていた。それは「今後行動をする時に必ず『蒼月』のメンバーを同行させる」というものだった。それはユナがジェイスたちと行動を共にして感じたことだった。ジェイスたちはたとえユナの能力値が高いということを知っても彼女の力に頼らなかった。それどころかユナの為に様々なアドバイスを与えてくれた。

 人を育てること。万が一いなくなっても、知識を継承していれば次につながる。その場を生きることは大切だ。しかし、それ以上に生き抜く力を他者につなげていくことはもっと大切だ。それが後々に大きな力になりより多くの人々を救う力になる。ユナはそう感じたのだった。


「最近のヴェル様は生き生きしていらっしゃいますよ」


 エリーナの感じる最近のヴェルは本当に楽しそうだという。そんなヴェルの様子をーーその原因が自分であることにユナは罪悪感と同時に嬉しさを感じたのだった。


 ■ ■ ■ ■


「ヴェル様!それにユナ様!」


 ユナたちが拠点に到着するとそれを待っていたかのようにビアンカたちが駆け寄ってくる。そのただならない様子にヴェルは緊張した面持ちで彼女の到着を待った。


「どうしたのですか?」


「ヴェル様……その……」


 ビアンカはチラリとユナを覗き見た。


「ヴェル、私先に部屋に戻っているね」


 気を利かせユナが拠点に向かって歩き出した。


「ユナ様、後ほど」


 ヴェルはユナを見送りビアンカへと向き直る。


「それで、どうしたのですか?」


 ビアンカはユナの姿が見えなくなるのを確認し、ヴェルに耳打ちする。


「白銀の魔女が現れました」


「場所は?」


「旧アルザリア帝国付近です」


「そうですか……」


 ビアンカの言葉にヴェルは一瞬悲しそうな顔をする。


「ヴェル様?」


 ヴェルのそんな様子にビアンカは複雑な表情のまま彼女を見つめている。


「大丈夫です。準備を……私もすぐに向かいます」


 ヴェルはビアンカに指示を出すとそのまま最奥の広間へと向かった。そこには転移用の魔方陣がある。各拠点への転移魔方陣で『蒼月』の要だ。


「お待ちしておりました」


 既に待機していたメンバーがヴェルを出迎える。全員が武装していた。剣士に狩人、魔法使いと神官、総勢で二〇人だった。


「ヴェル様」


 エリーナがビアンカに押され車椅子で現れる。


「エリーナ、ユナ様をお願いします」


 ヴェルの言葉にエリーナは頷いた。


「お気をつけて」


 エリーナの言葉にヴェルは頷くと既に控えているメンバーの元へと歩み寄る。


「行きます」


 魔方陣が光り輝いた。光が収まるとヴェルを含めたメンバーの姿は消えていた。


「みんな……死なないで下さい……」


 エリーナの悲しげな声が広間にこだましていった。

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