022 姫、目覚める003
「大災害ですか?」
「そうだ。大災害だ」
中央南部の沿岸部ゼルフェリア自由都市連合のマルシ森で厄災が発生してから十年後。
世界にひずみが生まれ始めた。
エルディラン大陸の各所で厄災が発生し始めたのだ。
大陸の中央に位置するアルザリア王国の北部のジール大森林。
東方のセレシア帝国の中央にあるカッツアー大平原。
北部、ノルデン共和国のヤグイ森林群。
西部のオルドリア連邦の周辺の森。
南東部のドラクス帝国の氷雪地帯のパル針葉樹林。
南西部のルーメリア公国のメルン林。
北東部ミア魔法国の聖樹アバロン。
「クラン『蒼月』が各国に対して警鐘を鳴らし、調査していたにもかかわらず厄災は起こってしまったんだ」
森の魔物の大量発生と相次ぐ異常気象の報告。それらにいち早く気づき各国の冒険者ギルドへと注意を促したのは『蒼月』だった。
最初は半信半疑だった各国も冒険者ギルドを通じておおよその事態を把握するに至った。
しかしーー
「冒険者ギルドが把握し、それが国の中枢に伝わった頃には……全てが遅すぎた」
初めに厄災が起こったのはアルザリア王国の北部のジール大森林。
その時、第一王子レオンが近衛騎士団を率いて厄災の調査を行った。
「王子と近衛騎士団は帰ってこなかったそうだ」
近衛騎士団を失ったことにより、アルザリア王国は事の重大さを真摯に受け止め、更に大規模な調査団を結成、王子と近衛騎士団の捜索を含め調査に向かった。
「総勢二〇〇〇人からなる調査団もそのまま帰ってはこなかった」
事態はもはや深刻な状況となっていた。近衛騎士団を含め冒険者、調査団と五〇〇〇人近い人員を派遣したが、全く成果を出すことができなかったのだ。
「ジール大森林に『蒼月』のメンバーに調査依頼が来たのは当然の事だったのだろう」
『蒼月』はこの調査に際し、一つの条件を提示したとされる。その条件とは、マルシ森からの帰還の際に没収された装備の返却。
アルザリア王国はこの条件を飲み、冒険者ギルドに【交渉】、無事に装備を返却することができた。
その時の目録が残されていた。
必中の弓: ラグナレイド・ボウ
破壊の大剣: クリムゾン・ブレイカー
賢者の杖: オムニス・ロッド
その当時、ゼルフェリア自由都市連合ではなく、なぜかミア魔法国の【国宝】となっていた武器。それらを手に入れ『蒼月』はジール大森林の調査へと向かった。そして、約二週間の後、『蒼月』は王子たちが全滅した痕跡を発見。また厄災の元となった障り神を見事に打ち滅ぼすことに成功した。王子の形見「竜の鱗のペンダント」をもって、アルザリア王国に無事帰還、『蒼月』はこの事件を機に世界に名を轟かせることになったのだ。
しかし、アルザリア王国は第一王子を失ったことで後継者問題に直面することになった。この時、国外追放されていた元第一王子が帰国し王位継承の問題は解決となった。この年、王であるキングス・レオニダス・アルザが病死、第一王子であるアレクサンドロス・レオニダス・アルザが王位を継承した。これについては様々な憶測が飛び交い毒殺の説もあったくらいだ。
ジール大森林の厄災の二年後、東方のセレシア帝国の中央にあるカッツアー大平原で厄災が起こった。その時、タイミングを見計らったかのようにセレシア帝国に対しアルザリア王国は宣戦を布告。厄災と戦火による板挟みに堪え切れずセレシア帝国は二年ともたずに惨敗、アルザリア王国の属国となった。その後セレシア帝国の依頼で『蒼月』はカッツアー大平原の障り神を討伐するために派遣され見事撃破、厄災は収束する。
その三年後の厄災はノルデン共和国のヤグイ森林群。厄災発生と時を同じくして、アルザリア王国がノルデン共和国に宣戦を布告、この時アルザリア王国は国名をアルザリア帝国と国号変更を行っている。ノルデン共和国とアルザリア帝国の戦争は一年と経たずノルデン共和国の敗戦という形で幕を閉じた。
「ほんの十年という間にアルザリア帝国は二度、戦争を起こしている。それも厄災の起こったタイミングで」
もはや偶然というには出来すぎていた。ヤグイ森林群の厄災も『蒼月』が解決していた。戦争開始前に厄災を退けることができていればそもそも戦争は起こらなかった可能性もあったのだ。
「戦争が起これば冒険者ギルドは戦争を行っている国からは退去しなければならない。そこを逆手に取られた形だな」
冒険者ギルドは互助機関であり国に属している機関ではない。本人が望まない限り冒険者は戦事に参加してはいけない決まりとなっている。
「その後も厄災は続いた」
ジデンは重々しく言い放った。
「発生は三年後、しかも四か所同時だったんだ」
聖王歴4320年
西部のオルドリア連邦の周辺の森。
南東部のドラクス帝国の氷雪地帯のパル針葉樹林。
南西部のルーメリア公国のメルン林。
北東部ミア魔法国の聖樹アバロン。
この時、アルザリア帝国は各国に対して宣戦布告していない。各国に対し援助も支援もせずに傍観を決め込んだのだ。その結果、『蒼月』の活躍もむなしく四か所の厄災は拡大、国だけでなく大陸を巻き込むほどの大災害となった。
「アルザリア帝国はどうしたんです?」
大災害となった国に侵攻したのだろうか。
「いや、アルザリア帝国もその当時はそれどころではなかった……帝国の王が崩御したんだ」
アルザリア帝国の帝王、アレクサンドロス・レオニダス・アルザの突然の崩御の報は、帝国のみならず世界に激震となって波及した。それまで属国となっていたセレシア帝国、ルデン共和国が崩御の報と同時に独立を宣言、帝国に対して宣戦を布告した。王が不在となり内政が整わないまま戦争に突入、ほぼ抵抗することもできずにアルザリア帝国は敗戦、そのまま滅亡に追い込まれた。
「しかし、勝ったはずのセレシア帝国、ルデン共和国も無事では済まなかった」
大災害の被害は大陸全土を巻き込み猛威を振るった。異常気象と作物の不作、魔物の増加は人々を疲弊させ世界から希望の光が消え失せた。
しかしーー、そこで立ち上がった者たちがいた。
「それが世界最大のクラン『蒼月』だ」
『蒼月』はリーダーのジェイスを筆頭に各国の騎士たちと連携し次々に障り神を撃退し厄災を取り払っていった。
「その時、ヴェルという女性の名が度々登場している。この名前に心当たりはあるかい?」
「ヴェル……!」
ユナは驚きで目を見開いてジデンに目をやる。
「ああ、彼女の名は各地の記録にも度々登場しているんだ」
ヴェルは神出鬼没。厄災のある所に必ず現れ、厄災と戦う人々に力と勇気を与えてくれたとある。また、彼女はヴァナルガンド教の信者の間では聖女とまで言われているのだった。
「ユ、ヴァナルガンド教!?」
古竜の名を冠した宗教はヴェルの活躍もあって瞬く間に世界に広がった。
「彼女曰く『汝、世界を愛せよ。汝、ユナ様を愛せよ』」
「OH……!」
ユナは言葉を失った。恐ろしい教義だ。まさか本当に信者がいるとは思えないが。
しかし、同時に安堵もしていた。ヴェルが世界のどこかにいるというだけで、安心してしまう自分がいた。
『蒼月』とヴェルの活躍により次々に厄災は鎮められていった。
「厄災が沈静化したのは今から八〇年ほど前のことだ」
大災害が世界に及ぼした影響はすさまじく、未だその傷は癒え切っていない。厄災は安定したが各国とも内戦状態が続き、国政が安定している国は皆無といってよかった。
ゼルフェリア自由都市連合はその性質上、内戦も起こることなく比較的安定した運営を行っているということだった。
「そうですか……」
大陸全土を覆いつくした大災害。ユナはその一端を退けることができた。しかし、その代償として一五〇年という時間を無駄にしてしまったのだ。恐らくは障り神の最後の抵抗による爆発に巻き込まれたことによってーー考えにくいことだが一五〇年後のこの世界に飛ばされたと考えるのが妥当だろう。
「みんな……死んでしまった」
人族の寿命は他の種族と比べても特に短い。一五〇年という時間の流れは無残にも別れを生み出してしまう。
「そういえば」
ジデンは思い出したように顔を上げた。
「『蒼月』の創始者の一人はまだ生きていますよ」
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