021 姫、目覚める002
男はジデンと名乗った。
「ユナ様におかれましては、誠にご機嫌麗しゅう……」
畏まったジデンにユナは「普通に接して下さい」と言った。
「それはありがたい。実は、格式張った言葉なんて使ったことなくてな」
ユナの言葉を待っましたとばかりにジデンは急に砕けた感じで語り始めた。
「先生……」
非常に残念です。と、顔に書いてあるウミル。
「すみません。ユナ様。こんな男ですが、これでも私の師、失礼な態度かもしれませんが、どうかご容赦くださいませ」
ウミルにそう言われてはユナは何も言えなくなってしまった。
しかし、そんなことよりもユナには気になっていることがあった。
「あの、ジデンさん……みんなは……?」
仲間の安否を確認しなければならない。それから、障り神は倒すことができたのか、森はどうなったのか。アンナたちは心配していないだろうか。ここはどこなのか。どれだけ眠っていたのか。
「ユナ様」
やんわりとした口調でジデンがユナの名を呼ぶ。ユナの表情を見てその心情を慮ったのだろう。
「順を追って説明します。まずは落ち着いて、私の話を聞いて下さい」
ジデンは姿勢を正してユナの前に座った。
■ ■ ■ ■
「そうですね。まずは歴史から……マルシ森の厄災の件から話をしようか」
「マルシ森の厄災……ですか」
「ええ、障り神が出た森、と言えば分かりやすいかな」
ガタリ
ユナは身体ごとジデンに向いた。
「みんなは……無事なんですか?」
「みんなとは?」
「クラン『蒼月』のメンバーです。ジェイスにオーリック、エリーナ、テイル」
それに狩人のナギとギナもいた。全員無事だと思いたい。
「ああ、創設者の人たちの事だね」
ジデンは本をめくり、そこに記述されている項目に指をさしながら頷いた。
「創設者?」
ジデンのそれは過去の歴史を語るような言い方だった。
「ユナ様、落ち着いて聞いて欲しい」
改めてジデンはユナの目を見つめる。
「いいかい、マルシ森の厄災は今から一五〇年前の出来事なんだ」
「一五〇年……!?」
ユナは絶句する。目眩がした。ジデンの言っていることが理解できなかった。この男は一体何を言っているのだろうか。
「ユナ様!」
ウミルがユナの身体を支える。ユナは呼吸が荒く顔面蒼白になっている。
「先生、お話はユナ様が落ち着いてから……」
「構いません!」
確固たる意志を持ってユナは話を続けるよう促す。
「話を……続けて下さい」
ユナの意志を確認し、ジデンは一つ頷くとゆっくりと語りだした。
「マルシ森は障り神によって瘴気に蝕まれていたが、クラン『蒼月』の活躍によって最悪の事態だけは回避することができたんだ」
それは、ユナの知らない物語。彼女がいなくなり、そのことに嘆きながらも力強く歩み続けた者たちの物語だ。
「しかし、その後が大変だった」
障り神を、しかも御神木が障り神になったものをたった四人のクランで解決したことに、当時の冒険者たちは疑問を感じずにはいられなかった。
「当時、彼らの装備についても憶測が飛び交った」
冒険者ギルドは障り神討伐の報告に来た『蒼月』の装備にも注目した。その全てが国宝級の力を持った武器類だったのだ。武器はすべて冒険者ギルドに没収されてしまった。その際、『蒼月』は冒険者ギルドから障り神討伐の【報奨金】としてかなりの額を受け取っており、これは没収された武器とその口止め料として支払われたとされている。
『蒼月』はその資金を元にクランを強化、大きな組織へとなっていった。
「その当時の『蒼月』はどれくらいの規模になったんですか?」
素朴な疑問だった。『蒼月』のメンバーを思い返してみてもそれほど性急に大きくするとは考えられなかった。
「さぁ、そこまではどの文献にも載っていなかったからなぁ」
そこまで言ってから「ただ……」を付け加えるように言葉を続ける。
「そこからの『蒼月』は破竹の勢いで支部を作り、障り神の調査とある人物の捜索を開始している」
ジデンはユナを見つめる。
「その人物の名はユナ……つまり君だ」
『蒼月』のメンバーはクランを大きくした。そして、どこかにいるはずのユナをずっと探し続けていたのだ。
「情報に対しては破格の懸賞金もかけられた。冒険者ギルドだけでなくハンターギルドや商業ギルドにも同じように情報を求める掲示が張り出されたんだ。しかも、その有効期限は無期限ってのがすごいじゃないか」
ユナの捜索は各国にも飛び火した。各国で捜索が行われ様々な情報が錯綜したという。
「その中で特にアルザリア王国は勅命をもって捜索が行われたんだ」
ユナの似顔絵が各地に配られ、捜索が行われた。
「ここにもその当時の似顔絵があるよ」
ジデンが取り出したのは肖像画だった。
「その当時、似顔絵だけじゃなく肖像画や絵画が各ギルドや教会にまで飾られたんだ」
そのおかげで、新しい宗教が誕生したりもしたけどね。とジデンは笑いながら言った。
「長く歴史を研究してきたけど、まさかこれほどまで肖像画と同じ……いや、それ以上だとは思ってもみなかったけどね」
ジデンが取り出した絵画には一人の少女の姿が描かれていた。
その少女は背丈程の大剣を掲げた姿だった。神は銀色に輝き、銀の角が生えている。瞳は黄金色をしていた。両脇には青と緑の精霊を従え、神々しい姿として描かれている。
「こ……これ、私ですか?」
思わず声を上げてしまった。思い出したように窓ガラスに映った自分の姿を確認する。銀色の髪、黄金色の瞳、そして銀に輝く二本の角。
幻影魔法は解かれたままだったのだ。
(うわぁぁぁぁ……)
ユナは頭を抱え込んだ。
「この絵画やそれに似たような神像画が世界各地にあるんですよ」
「し、神像画!?」
ウミルの言葉にユナは卒倒しそうになる。なんだそれはと言いたい。
「その当時のアルザリア王国の第一王子レオン様はこの神像画を大変気に入られて王宮内のいたるところにこの絵画を飾ったと言われています。それが新興宗教の勢力拡大のきっかけにもなったほどなんです」
ウミルは嬉しそうに語った。
「宗教!?」
いったいどれほどの事がこの一五〇年の間に起ったというのだろうか。
「君の捜索にはアルザリア王国の騎士団も大いに貢献したと記録にあるんだ」
ユナは少しだけ納得する部分があった。そういえばどこかの騎士団に姿を見せたことがなかったか。
「そして、これらの騒動が起こってから十年たったある日……事件が起こった」
ジデンは本を広げユナにそのページを見せた。
そのページはどす黒く塗りつぶされていた。その中心には巨大な樹が描かれ、その樹も黒く塗りつぶされている。
「こ、これは……」
忘れるはずがない。あの時の光景を。
瘴気にあふれる森、魔物たちがはびこり、周辺地域まで汚染が拡大していった。
「大災害だ」
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