聖王歴4452年
020 姫、目覚める001
空を駆ける一匹の竜がいた。
自由に空を舞い、地の果て、空の果て、世界の果てを目指す。
これは夢だろうか。
おぼろげな心地でそう思う。
地は荒れていた、空はどんよりと曇り、森は枯れ、湖は干上がっていた。
はるか遠方に町があった。魔物から人々を守る城壁は無残に破壊されて久しいらしく、破壊跡が所々風化していた。修繕の跡もあったが、それらは途中で放棄され、忘れ去られていた。
それは街と街いうよりも集落に近かった。人は多いが統率された感じはなく。人々がそれぞれに無秩序にテントをたて物品の売買を行っているようだった。
売買が行われているはずなのに、喧騒はなかった。
そこに暮らす人々の顔に活気はなかった。
なんてさみしい街なのだろうか。
疲弊した人々。疲れ切った街。
吹きすさぶ風すら、生気を感じられなかった。
このままではいけない。
この街には光が必要だ。
この街には希望が必要だ。
そのためには……
そのためには何が必要なのだろうか。
そう考えているうちに、睡魔が襲ってきた。
全てが闇に包まれていく。
待って!
叫ぶが意識は深く沈んでいくばかり。
待って……
彼女の意識は深い闇に沈んでいった。
■ ■ ■ ■
目を覚ますとそこは部屋の中だった。
(ここはどこかしら?)
ぼんやりとそんなことを考えた。
部屋ということは誰かが彼女をここにつれてきたということだ。どこの部屋だろう。部屋の感じから宿屋でないことは分かった。普段は誰かが使っている部屋なのか、体を起こして周りを見ると彼女の寝ている小さなベッドの横には明らかに手作りとわかる木製の机と椅子があった。机の上には羊皮紙を束ねたお手製の本らしきものが置かれている。机の上には他にも走り書きらしいメモが散在し、その幾片かは床の上にも落ちていた。それらはすべてこの部屋の持ち主の物だろう。
ベッドに腰掛け本を手に取る。
本の表紙には手書きで『大災害における厄災の記録』とあった。
聖王歴4302年に起こった出来事をここに記す。
表紙を開いてみると、どうやら手書きのメモのような感じで几帳面さの感じられる文字でびっしりと書かれていた。
(読んではダメ)
その内容を読み進めようとするが、心のどこかでそれを止めようとする自分がいる。
(これ以上読んではダメ)
グラハムはゼルフェリア自由都市連合のほぼ中央にある都市だ。大災害はグラハム近郊の森で発生した爆発事件が発端となったと思われる。
手が震えた。
ほっそりとした震える手をもう片方の手で押さえ込む。胸が痛い。息が荒くなり目眩がした。
この時、冒険者クラン『蒼月』が森の調査に赴いたとギルドの記録にあり、他の記録と照らし合わせてもこの信憑性は高いものと推測される。
(みんなは……無事だったのかしら……)
記録があるということは、みんな無事だと考えるべきだろう。ホッとする一方で何となく違和感を覚えた。
部屋のドアが開いた。
「おや、どうやら起きたみたいね」
そこには同い年くらいの女の子がいた。手にコップの載ったお盆を持ちゆっくりとした動作で近づいてくる。
「言葉は……わかるかしら?」
少女の言葉に頷いた。
「私の名前はウミル。あなたは?」
少女は机の上を整理しながら盆を置きコップを渡した。コップには白湯が注がれていた。
「私の名前は……」
コップを受け取り白湯を口に含む。久しぶりの水なのか、白湯を飲み込むと喉がヒリヒリとした。
「私の名前はユナ」
「ユナ……やっぱり……あなたはユナ様なのですね!」
今にも泣き出しそうな顔でウミルは口元を押さえる。
「私は……どれくらい眠っていたの?」
体が重い。コップを飲み干しても喉の渇きは癒えなかった。
「二ヶ月よ……」
ウミルはユナの隣に座り彼女の顔を覗き込んだ。
「ユナ様、まずは体力の回復を……」
勢いよくドアが開かれた。初老の男が叫びながら中に飛び込んでくる。
「おお!やっと目覚めたのかい!うぎゃっ!」
床から生えた蔦が男の体を絡め取った。
「姫様に近づくでない!」
半透明の緑の少女が姿を現した。
「グリル!」
現れたグリルをユナが制する。
「精霊……!?」
ウミルが驚きに目を見開いた。
「今まで我慢してきましたが、もう限界です!」
グリルは怒りもあらわにまくしたてた。しかし、怒りを向けられた二人はそんなことはお構いなしに大興奮だった。
「素晴らしい!あの伝承は本当だったんだ!」
「先生!精霊ですよ!本物の精霊ですよ!」
先生と呼ばれた男は蔦に絡まれながらも瞳は精霊とユナに釘付けだ。ウミルも興奮気味に叫んでいる。
「待って!みんな落ち着いて下さい!」
ユナはオロオロとしながら今のこの状況に混乱するばかりだった。
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