003 第二王子と近衛騎士団
「隊長!シャルティア隊長!」
王宮の近衛騎士団寄宿舎。
昼からの出発に備え最後の点検を行っていた近衛騎士団隊長のシャルティアに副隊長のヨルが声をかけたのは、出発の半刻前のことだった。
「なんだ、私は忙しいのだが……」
普段であれば何事かと話を聞くのだが、今回は勝手が違ってきた。
「今それどころじゃないってことぐらい。分かっていますよ」
生真面目な顔でヨルは頷く。飄々とした平民上がりの男だ。顔も平凡で戦力としての評価は中の中。これといって強いとも弱いとも評価しがたい。しかし、シャルティアはヨルを高く評価していた。
三年前のこと。
魔物の襲撃から近隣の村をヨルは仲間と共に守り抜いたことがあった。
その当時、ヨルは近衛騎士団の一兵卒。副隊長が倒れ臨時の副隊長としてヨルがその任を引き継ぎ、僅かな騎士と村の住民達とで協力しあいシャルティア達が到着するまでの三日間、不眠不休で戦い抜いたのだった。
怪我人こそ出たものの死者はゼロ。その功績を称えシャルティアはヨルを副隊長に任命したのだった。
今回は第二王子のレオンと共に近隣の村の視察に赴く予定だ。行程は四日ほどで、ルソナ村で一泊して帰って来る予定だった。村にはすでに知らせの馬を走らせており、途中での野宿用の荷物も準備している。視察といっても第二王子が参加するのだ。万が一に備え万全の準備で臨まなければならない。
「ならば話は帰ってからということで」
「いや、それでもぜひともお話を聞いて欲しいんです」
普段であればヨルがこれほどに食い下がるのは珍しいことだった。
「何だ?誰かが来ているのか?」
シャルティアがヨルの背後を睨む。
「おやおや、この国の宰相を誰だ呼ばわりとは……近衛騎士団シャルティア隊長殿はお口が悪いと見える」
「これはこれはザイグ宰相」
シャルティアは目の前の小男に頭を下げる。きらびやかな衣装に大きな宝石をあしらった指輪。金のネックレスにゴテゴテと飾りつけられたマントを羽織っている。その周囲には取り巻きと思われる男たちがいた。
ザイグはこの国の宰相だった。残念なことに。
「やぁ、近衛騎士団諸君」
聞いているだけでも耳障りなダミ声が響く。ヨルは顔をしかめたが、シャルティアは鉄面皮のまま軽く会釈した。
「本日はお出かけですかな?」
ヨルはザイグに対して「何をぬけぬけと!」と叫びそうになった。
この男は近衛騎士団に対して必要物資の到着を遅らせたり、装備品に不良品を混ぜたり、食堂の材料仕入れを妨害したりと何かとせこい妨害を仕掛けてくる。今は無視できる程の軽微なものだが、いつか尻尾を掴んでやろうとヨルは探りを入れているのだが、この男はなかなか尻尾を掴ませなかった。
「ええ、近隣の視察に数日程……」
シャルティアが言葉を濁しながら答える。
「近衛騎士団だけでですかな?」
ザイグがシャルティアの身体を舐めまわすように見つめる。その視線を感じていないはずはないのだが、彼女は表情を変えることなく淡々と「我々だけの調査になります」と答えた。
「それにしては、いささか大げさではございませんか?」
ようやくシャルティアから目をそらし、ザイグは準備してる騎士団の様子を無遠慮に眺めていた。その視線に気づいた騎士団の面々は露骨に顔をしかめ、嫌悪感を隠さなかった。
「おや、あれは天幕ではありませんか?それに、何やら調度品まで……」
ザイグは不敵な笑みを浮かべ、積み込み途中の荷物にゆっくりと近づく。
「ザイグ殿!」
その瞬間、シャルティアが鋭く声を上げザイグの前に立ちふさがった。冷たい視線がザイグに注がれる。
「宰相殿……これ以上は……」
取り巻きのの男たちもさすがに状況のまずさを感じたのか控えめに声をかける。しかし周囲にいる近衛騎士たちは、既に全員が彼らを取り囲み嫌悪と警戒の色を浮かべ剣を手に睨みつけている。その殺気立った視線に周囲の空気は一層張り詰め、息苦しいほどの緊張感が漂うそれでもザイグは閉栓と笑みを浮かべていた。取り巻きたちだけが、その緊張に耐えかねて冷や汗を浮かべる。
「私はただ近衛騎士団のためを思い、荷物に不足がないか確認しているだけだぞ」
ザイグはさらに一歩踏み出そうとするが、その前にヨルが即座に反応した。
「いかに宰相殿といえど、これ以上の詮索は騎士団の運営上差し障りがございます。どうかご理解のほどを」
ヨルは素早くザイグの前にたち、視線を妨害するようにしながら一礼する。彼は平民出身でありながら、近衛騎士団の重要な立場にいる。だが、ザイグは第一王子派に属する宰相。これ以上秘密が漏れることは許されない。
「おい、平民風情が私の前に立つとは何事だ!」
ザイグの顔が一瞬険しく歪み、激昂したようにヨルを突き飛ばした。ヨルは不意を突かれ床に倒れこむ。ザイグは宰相であり貴族だ。平民出身のヨルはたとえ斬られたとしても文句を言える身分ではない。
ガッ!
「今の言葉、近衛騎士団に対する侮蔑と受け取ってよろしいか?」
鋭い音がザイグの声を遮るように廊下に響き渡った。
シャルティアの手にしていた剣が、ザイグの横にある石柱に深々と突き刺さっている。ほんの数ミリずれていれば、ザイグはその件によって貫かれていたであろう。冷たい汗が、ザイグの額に一滴垂れ落ちる。
その場は、静寂と殺気に包まれたままだった。
「ひぃぃ!」
思わず尻もちをつくザイグ。ガクガクと震えながらシアルティアを見上げると自分の状況を理解し真っ赤になって立ち上がった。
「お、お前!何をしているのかわかっているのか!」
「何を……とは?」
シャルティアは殺意のこもった目でザイグを睨む。
「わ、私に対して剣を向けたことだ。これは問題だぞ。すぐにでも訴えてやる!」
激高しながらまくしたてるザイグに、シャルティアは冷淡な視線を向け、軽蔑の色を隠さなかった。
「近衛騎士団を侮辱することはすなわち、その主である国王を侮辱することと同義。それなりの覚悟がおありかとお見受けいたしますが?」
シャルティアの冷ややかな言葉に、ザイグの顔色は一気に青ざめた。周りに控えていた取り巻きたちも、同じく血の気が引いていくのがはっきりと分かる。
「き、貴様、私を脅迫するつもりか!」
ザイグは汚らしく唾を飛ばしながら叫んだが、シャルティアはその激昂にまったく動じることなく、涼やかな表情で受け流す。
「脅迫?」と、静かに問い返すシャルティア。
「そうだ!」
醜く顔を歪め、なおも喚き散らすザイグ。しかしシャルティアはふん、と鼻で笑い、無造作に石柱に突き刺さっていた剣をゆっくりと引き抜く。
「お前は宰相という立場だろう? いざとなれば、王を身を挺して守るべき最後の砦、ましてや国を治める要となる男が、この程度で腰を抜かすとは……情けない」
その言葉に、ザイグの顔は怒りでみるみる真っ赤になっていく。血管が浮き出るほどの激怒を隠すこともできず、彼は怒りに震える声で吐き捨てた。
「今に見ておれ!」
ドスドスと大きな足音を立てながら、ザイグは騎士団の者たちを睨みつけるようにして立ち去っていく。追従する男たちは慌てて後を追う。
「ザイグ様、お待ちください!」
「このまま言わせておいてよろしいのですか?」と、焦った取り巻きの一人が尋ねるが、ザイグはそれを一蹴するように叫んだ。
「ええい!うるさい!」
ザイグは取り巻きを押しのけ、逃げるようにその場を立ち去っていく。騎士団員の中から失笑が漏れた。
「まったく、油断も隙もないな。」
シャルティアは無表情のまま、剣を鞘に納めながら言った。
「シャルティア隊長、ありがとうございます。」ヨルが敬意を込めて言う。
「小物が騒いだだけだ。気にするな。」
何事もなかったかのように冷静なシャルティアを、ヨルは羨望の眼差しで見つめた。シャルティアの威厳と冷静さ、そして何よりもその圧倒的な自信が、ヨルの忠誠心をさらに強固なものにしていた。
「時間を無駄にした。急いで準備を進めろ。」
シャルティアが鋭く命令すると、ヨルはすぐに「分かりました」と答え、その場を後にした。
(やはり、シャルティア様は素晴らしい……!)
ヨルは部下たちに指示を出しながら、ますますシャルティアへの忠誠心を強めるのだった。
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