02 モブキャラ以下




 今思えば、俺の人生はすでに腐っていた。

 いや、ずっと縛られていた。


 親には、やりたくもない剣術の稽古、呪文の暗記を無理やりやらされ、その上、稽古に失敗すると何時間も殴られることもあった。

 思いっきり殴られた跡は、未だに一生傷としておでこに残っている。


 しかも、結局俺はスキル無しの無能野郎だ。

 そう、俺にはなんの才能もないのだ……。

 俺は、俗に言う本当のモブだったということだ。


 羨まれ、憎まれ、捨てられ……。


 

 あ、そういえば、そんな俺の人生に『自由』などというものは一欠片もなかったな……。




◇♦◇


 


 自分の額に冷たい水の粒が跳ねると共に「冷たっ」と俺は声を上げ起き上がった。


「ここは……奈落、か……」


 目を開ける。

 さっきまでいた宮殿の明るさに慣れてしまっているのかとにかく暗い。

 何も聞こえない。

 つられて、頭がどうしようもなくキーンとして痛い。

 

「っ、ちくしょっ……」


 俺は、頭を必死に抱えた。


 それなのに、思い出したくもないさっきの出来事がまた頭の中で深く思い出される。

 見捨てられて、追放……。

 

 あぁ、俺は本当に国王たちに裏切られたのかよ……。 


 要するに、女神様は、俺が基本スキルすら持っていないただの能無し、本当にこの世ではどれだけの不必要な存在【モブキャラ】かを教えてやりたかったのだろう。

 その上、自分より格下だと思っていたリンダがまさかの虹色鑑定……。

 自分が本当に恥ずかしい限りだ。


「あぁ! 本当に何なんだよ……」


 目から涙が否応無しにこぼれていく。

 止めたいのに、止めれない。

 今更かよ……。今更、俺は死ぬのが怖くなったのかよ。 


「俺は、こ、ここで……死ぬのか」


 目から溢れ出した涙を服で拭くとともに小声で言う。


 死ぬのが怖い、当たり前だ。

 なぜなら、死ぬことより人生で怖いものなんてなにもないのだから。


 七年前、唯一俺に優しくしてくれた元冒険家の祖父が死ぬときだって、直前までずっと俺は大泣きして「俺を、一人にしないで」と言ったことを未だに覚えている。

  

 だから、この涙の理由は七年前と同じなんだ、きっと……。


 そう思いながらも俺は涙でびっしょりになった目を手でこすり前を向いた。

 

「って……、うっ……な、何だよ、これ、ひどいな……」


 やっと、暗闇に慣れたのかだいぶ視界が開けるようになったが……。

 周りにあるのは人が無となった証の骨だけ。

 いかにも、【危険ダンジョン】っていうのを知らせているみたいだ。

 初めて見る人の骨だからか、正直にいって結構不気味だ。


「これは、冒険者で、あっちは魔法使い、か……」


 職の違いで着ている装備が違うため、誰が何者かなどは多少の見当はつける。


 それに、服装が真新しいから、多分つい最近送り込まれてやむを得なくって感じなのだろう。 

 だからか、まだ装備はサビてなくまだ使えそうだ。


「すまんが、ちょっともらっていくぞ……」


 そして俺は、使えそうな装備だけを集めた。

 可愛そうだが、生き残るためには盗むしかないのだ。

 それにこの死体の持ち主たちの持ち物の中には、十分な食料や水がある。


「よ、よし。少し、自信がついた気がする……」


 それに、剣の腕だったら魔物に負けない自信はある。

 あと、装備だってその辺では売られていないレアアイテムばかりだ。

 

 よし、もしかしたらこれで地上に出られる可能性も出てきたかもしれない。


「こ、これで……、っ」

 

 これで、俺を見捨てた奴らに……!


__キーン……。


 しかしこの時、俺はあることに疑問を持った。


 そういえば、ここにいた勇者たちはどうやって死んだのだろうか。

 餓死? いや、食料は十分にある。しかも、まだ腐ってもいない。多分、既に特殊加工されているものだ。

 

 じゃあ、なんで?

 餓死でも病死でもなければ、やはり戦死?

 それに、よく見るとそれぞれの死体全てに、大きな穴が開いている。

 

 誰かにやられた?

 でも、服の紋章から察するにこの死体の多くがA級冒険者だ。

 A級以上の冒険者なら、相当強い魔物でもソロで討伐できるようなレベル。

 だったら普通、そんな簡単にやられるだろうか。

 しかも、こんな大量に。

 

 いや待てよ、この場所だったらそれが普通なのかもしれない。

 確か、このダンジョンの名は、【残虐の道】とも言われている。

 それに数年前、国王は、このダンジョンについて「踏み込んだら、それはもう最後」と言っていた。 

 

 だから、このダンジョンにはそれ相応の化け魔物がいることになる。

 そう、つまり……。

 

  

__ト、ト……ン、ト…ン、ト、ン、トン


「なっ……」


 突然、近くからこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


__来る、何かが。 


 ドクンドクンと伝わる胸の高まりがまるで警告音のように聞こえる。

 後ろ、後ろを向いたら……確実に終わる。いや、絶対に死ぬ。そんな気がする。

 

 逃げろ、逃げろ……頭の中の自分がそう呼びかける。


 そして、無意識にも逃げの態勢をすぐさまとった。

 

「っ、くそ、な、なんで……」


 足が、動かない。

 逃げたいのに全身が痺れて力が入らない。

 くそ、こんな時に限って……。

 

__トン、トン、トン、トン


 ヤバい、本当にヤバい。

 近づいてくる、何かが……。

 

「もう、動け、動けよ!」


 もう、また目から涙が滴ってくる。

 情けない、俺は本当に情けない。

 俺は、いつからこんな腰抜けになったんだよ……。

 死ぬ、このままだと絶対に。

 

「俺は、まだ……」

 

 俺はまだ、死にたくない。


「あああぁ、くそぉがあぁ」


 結局、俺は何もできないただの……。

 ただの……。


__「違うぞキリヤ、お前は決して弱くなんかない。前を向け、剣を構えろ。お前は____」


 えっ……?


「おじい、さん……」

  

 どこからか、いや心の中で確かに聞こえた。

 まるで、落ちこぼれた自分に勇気をくれるような……。  

 そういえば、前にこの言葉を聞いたことがある気がする……。


__かつて、夢だった冒険者になるのをあきらめようとした俺を励ましてくれた祖父の言葉だ。


 そうだ、俺、俺は。


「無能なんかじゃ、ないっ」


 そして、俺はさっき拾った剣を抜いた。 

 俺は、鍛えてからの八年間一度たりとも剣を落としたことなんてなかった。 

 いける、俺ならこのダンジョンに住む化け物一人ぐらいには勝てる!


 俺は、振り返る。

 

__たとえスキルがなくたって俺は強いんだ!


「うおおおおぉ、ぉ、ぇっ……」


__えっ、は……?


 あ、そういえばそうだ。

 


 なんで、俺はさっきから魔物が一体しかいないと決めつけていたのだろうか。

 

 もしかしたら、とは思った。


__魔物、というより化け物は十、いや百体いてもおかしくなんかないんだ、と。


「&%$$%&W!”#$ーーー!!!!」

「ひっ……」

  

 闇に染まっている化け物が攻撃しようとしたのを体が勝手に察知して剣を盾にした。


 って、あ、あれ……。

 け、剣が粉々になって……。


「ぼふぉぉぉ、うっうぇぇ」


 何か、何か吐き出した?

 え、っえ、っ血、血? お、俺の血?

 

__痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。


 えっ、今の……あの化け物たちが!?

 う、嘘だろ……。


「ひっ、く、来るなぁ」


 やばい、やばい、化け物たちがどんどん俺に近づいてくる。

 

 ボロボロになった腕で化け物たちを払いのけようと俺は勢い良く手を振った。

 だが、全然無意味なんだけれど。


「”#$%#””$)”$”$ーーー!!!!!!」

「うっ、な、何なんだよ! 何言ってるんだよ、お、怒ってるのか!?」


 化け物たちは、俺の質問に答えようとせずにずっと叫んでいる。


「!#”$%&%$$%$%$’’ーーー!!!!」

「おぇっ、がはぁぁ」

 

 くそ、まただ。この攻撃。

 

 いや、殴られては、ない。いや、当たってすらない。

 だけど、体には伝わる。

 こいつらの、衝撃波が。


 俺にはわかる。

 こいつらは、手加減をしているのだ。

 俺を、苦しませてから殺すように。


「こ、この化け物が……」


 俺は無意識に化け物たちとは反対の方向に背を向けた。

 逃げろ、死ぬぞ……と頭の中の自分がまた言ったのだ。

 いや、これは、マジで逃げないと死ぬ。

 アイツらに、殺される。

 何の復讐も出来ずに。


「”#$%&’$#$!”&$%ーーー!!!!」

「っぐ、げほ、おえぇぇ」


___ああぁ、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。


 何だよ、いやそもそもこんな気持ち悪い化け物地上で見たことないぞ。

 それに、このえげつない攻撃とまでいかない攻撃。

 

 もう、勝てるわけないじゃんこんなの……。


「は、はっ、はは……」

 

 俺はとにかく、前を走り抜ける。


「”#”$%$&$&$%”$#$’’ーーーー!!!!!」

「が、ガハァァ」


__あぁ、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。


 はぁ、もう本当にさっきの悟りは何なんだよ。

 普通に、勝てる流れだったじゃん。

 結局、スキルなければ何もできないんだ。

 

 てか、リンダでもこの化け物一体相手に死ぬかもな。


「う、うぇぇ……」

 

 あぁ、もうこれで何回目だよ。

 もう、吐きたくない。

 もう、苦しみたくない。

 

 装備を見る。


__いや、もう全部ボロボロじゃん。


「’%&$%%#$”#!”#’’ーーー!!!!!」

「が、ガハァ」

 

 あぁ、もうい、いたい。やめてくれよ。

 俺、弱いから。認めるから。

 てか、なんで化け物たちは笑ってるんだよ……。


「”#$%)($#’’$%”$”$#---!!!!」

「げ、ゲホォ」

 

 あぁ、もう体力もたねぇ。

 死にたくない。

 誰か、誰か助けて。


「!”#”!#”$&$%$”’’---!!!!」

「う、うぇぇ」


 やべ、頭もくらくらしてきた。

 

「!”#”$#%&’$”$%’’---!!!!」

「ご、ごほっ」


 また、衝撃波。


「!”#$%&#!’’$$%---!!!!」

「が、ガハァ」

  

 痛い。

 もう、やだ。もう、無理だ。


「!”##$”%”#$#$’#ーーー!!!!」

「お、オェェ」

 

__お、俺を、死なせてくれ……。


「”#$$”#$””#$’’##ーーー!!!!」

「が、ガハァ」

 

 あぁ、もうい、たい。


「は、はは、はははっ」


「”#”$$)”#”#$”!”’ーーー!!!!!」

「お、おぇぇ」

 

 もう、さっきから追いつかれてるじゃん。

 もう、駄目じゃん。

 ぜ、全身が痛い。本当に、もうすぐで死ぬ……。


「って、や、やべ……」


 ほんの不注意で、俺は小石につまずいたのだ。

 や、やばい、転がる。

 だけど、なぜか痛みを感じない。


 あぁ、マジで情けないな。

 こんなに俺って無能の心なしだっけ。

 やっぱり、俺は……。

 

「えっ、あ、穴……?」


 転がり落ちている最中、その先に大きな穴が開いているのを見た。


__こ、このままだと、落ちる。

 

 や、やばい、早く止めないと。


「”#$””#”#$”#$=$ーーー!!!!!」

「あっ……」


 そういえば、もう詰んでるんだったな。

 穴に落ちても、止めても、どちらにせよ俺は、死ぬんだ。

 そう、そうか、俺は本当に……。


「!$#”$””#$!$%#!%’ーーー!!!!!」

「う、うっせぇよ」


 もう、最後の足掻きだ。


__この鬱陶しい化け物たちに、殺されたく、ない。


「”$#$%”#$”#”#!$%---!!!!」

「ざ、残念だったな、俺を殺せなくて……」


 やり残したい、こと……いや、ないな。

 太陽がいつも輝いているなら、俺は反対の月。

 輝けない存在なんだ。

 つまり、【モブキャラ】以下。

 俺には、残されたものなんて何もない。

 物語の主人公になる権利だって、ない。


「キリヤ様ー、もしかしてスキルないんですかー!」

「キリヤって、やっぱ能無しじゃね」

「キリヤ、お前には失望したよ」

「キリヤ、お前はここで死んでもらう」


「”$!”#($’”#$”#”$”---!!!!!」


__あぁ、もうどいつもこいつも、うるさいな。

 

 だとしたら、誰にも殺されず穴の方へ落ちた方が何倍もいいな。

 静か、本当に静かだ。


「あぁ、何も、怖くない、何も……」

 

 奈落、穴に落ちていく中、俺はふとつぶやく。

 

__も、もしできるのなら、ぜ、全員……。



__あぁ、やっぱり、少し心残りぐらいはあったのかもな……。


 そして、俺は、ゆっくりと瞼を閉じた。






_____《ユニークスキル発動により、レア度☆☆☆(中)【空間スキル:衝撃波×999倍】が解放されます》



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ありったけの生成スキルで最強です〜【スキル無し】と鑑定された無能貴族は奈落に捨てられますが、残念ユニークスキルでいくらでもスキルは増やせるので、必ずお前らに復讐してやる~ 柳御和臣 @syousetuzyuunn

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