9,蛍石

 高虎くんの活躍で調子に乗った僕は、聴診器だけではなく、顕微鏡の開発にも乗り出すことにした。


 とはいえ、顕微鏡の制作で最重要なのは、何が何でもレンズ。ただこれは、ガラスがあれば何とかできるものではないのだ。


「この近くに、蛍石ほたるいしが取れるところってない?」


 蛍石は、現代で言うところの、レアメタルってやつだ。これを材料にしてレンズを作ると、ちょー薄くなる。


 ご丁寧にガラスで作ると屈折のせいで、やたらレンズが分厚くなって、顕微鏡にできないのだ。


 ちなみに蛍石と呼ばれている理由は、紫外線を浴びると、蛍みたいに発光するかららしい。


 そんな蛍石だが、一応、この時代ならば日本でまだ取れるのだ。ただし、その場所を僕は岐阜県の下呂市辺りにあるという鉱山しか知らない。


 残念ながら、ここは淡海之海おうみのうみの近くらしい。「海」とついているくらいだから……絶対、岐阜県じゃない。


 と、いうことで訊いてみると。


「確か、飛騨国ひだのくににそういう所があると、聞いたことがございます」


 飛騨って……、飛騨山脈があるところ?僕と同じじゃん!


「教えてくれて、ありがとう!」


 蛍石がほしい〜〜。


 🩺 🩺 🩺


 最早もはや、完成品で良いんじゃない?という出来の聴診器の試作品を持ち、僕は竹ちゃんをもう一度診察した。


 小さい小さい竹ちゃんの鼓動を聞くと……


ドック、ドック、ドック。


 正常な拍動だ。幸か不幸かは分からないけれど、竹ちゃんは肺炎ではなさそうだ。


 じゃあ、竹ちゃんの病気の選択肢はだいぶ絞れた。


 この時代にインフルエンザはないし、マイコプラズマ肺炎もまだない。現代人の僕自身の体が戦国時代に来たわけでもないから、細菌やウイルスを持ち込んだわけでもない。


 グループ症候群とか、百日咳みたいな特徴的な咳でもないため、その可能性も排除できる。


 ……やっぱり、結核かなあ。


 安静にしているだけではさっぱり良くならない咳を聞きながら、僕は大急ぎで検査体制を整えることにした。


 そのためにも、顕微鏡は、レンズは、蛍石は、絶対に必要だ。


 🩺 🩺 🩺


 竹ちゃんの診察が丁度終わったところに、タイミング良く両親がやって来た。僕は前みたいに、ちょいちょい、と二人を別室に誘う。


 そして、報告した。


「その蛍石は、絶対に必要なものなの?

顕微鏡に絶対必要なのは分かるが、竹の病気がそれで治るの?」


と、寧々かーさん。秀吉とーさんも、首が千切れるってくらいうんうんと頷く。


 ……あ、説明するのを忘れてた。


「申し訳ございません、これからの方針説明をすっかりと忘れていました」


 慌てて僕は二人に頭を下げ、竹ちゃんについて話し始める。


「於竹は、労咳ろうがいの可能性が高いです。

ただし、まだ検査をしていないので、本当にそうかは分かりません」


 ちなみに労咳とは、結核の別名のことだ。一昔前までは、こう呼んでいたらしい。


「検査の方法は幾つかあります。

X線検査、ツベルクリン反応検査、インターフェロン-γ遊離試験、略してIGRA検査、そして菌検査の4つです」


「まずはX線検査についてですが、最も単純なものでも『X線照射装置』という機械と『フィルム』という、この時代にはまだない2つのものが必要です。

まだフィルムだけならば何とかなりますが、機械づくりは、後ほどお話する顕微鏡づくりよりも大変です」


「確かに、大変そうだなあ」


 全然分かっていなさそうな返事だが、後の天下人なら分かるはず!と信じ、僕は話し続ける。


「続いて、ツベルクリン反応検査です。

これはそもそも、別の病気の場合でも結果が同じになるため、僕の時代では使われていません」


「IGRA検査は、この時代にはオーバーテクノロジーで、試験管1つから再現しないといけないので、検査自体はすぐに終わるものの、そういう点で時間がかかり過ぎて、はっきり言って不可能です」


 何なら、IGRA検査って言った時点で、現代人にとってもハイテクにしか聞こえないじゃん。


「最後に菌検査です。

これは、於竹のたんに含まれる結核菌を顕微鏡で見るだけで結果が分かります」


「その代わりに3回同じことをしなければいけませんが、そこまで苦ではありません。

顕微鏡さえ作れたら、すぐにできます」


 流石にIGRA検査よりかは不正確だが、この中で一番現実味のある方法だ。


「そういうことか……」


 ……良かった。理解してくれた……。


「分かった。

で、蛍石が必要なんだな」


「そういうことです」


 僕がさっきの秀吉とーさんくらいブンブン頷くと、


「何とかしよう!

こどものためならば、某は何でもする!」


と、堂々と宣言した。


 いや、犯罪はやめてね。ただ、……この時代に、犯罪って概念はあるのかな……。


 僕が不安に思った時、秀吉とーさんは言った。


「ただし、そなたにも手伝ってもらわなければいけない、が」

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