2,伝説の医師
どれくらいの時間だったのかはよく分からないけど、しばらく経つと目が開くことに気づいた。石松丸くんとの約束通りだったら、僕は石松丸くんに転生しているはずだ。
まずは、うっすらと目を開ける。状況をコッソリと確認して、石松丸くんの「演技」をするためだ。開口一番、「転生しました!」とか言うのは、シャイな僕にはなかなかできない。
ここは、和室だ。畳、襖、障子、全てが揃っている。明かりはなかったが、日光が障子の紙から差し込んでいて、そこまで薄暗くも感じなかった。
僕は部屋の中央にある布団に寝かされていて、左側には10代半ばくらいの男の子が、右側にはそれより何歳か年下の男の子が、ビシッと正座していた。
格好は、石松丸くんみたいな着物だ。ただ、マスクかな?鼻と口がある辺りを、布で覆っていた。きっと、僕が罹っていた天然痘が、うつらないようにとの対策だろう。
ある程度の雰囲気を理解した僕は、ゆっくりと目を開けた。すぐさま、左側に座っている男の子が反応する。
「若様!」
どうやら、僕は若様と呼ばれているらしい。まぁ、あの豊臣秀吉の息子だからね。僕がコクリと頷くと、その男の子の目元は三日月のようになった。すっごく、喜んでいる。
石松丸くん、生きているだけで、こんな笑顔が貰えるんだね。
そうセンチメンタルな気分になっていると、三日月の男の子が
「殿への報告に、参ります!」
と元気そうに言って、スキップで廊下を歩いて行った。
タッタ、タッタ、タッタ、タッタ!
右側の男の子は、何も言わなかった。ただ、じーっと僕を見つめていた。でも、分かるぞ。目がちょっと、大きくなっている。嬉しいでしょ、嬉しいでしょ!
……いや、そういう感じではなかった。男の子の視線は、僕の右頬に集中している。
さわるとそこには、前にはなかった、生還の印があった。
「きになる?」
なるべく幼児っぽい喋り方で、僕は男の子に話しかけた。
「いえ、ただ、若様は天のご加護があるのだ、と思いました」
完全な言い訳にしか聞こえないが、おそらく悪意も、恥もない。まっすぐに見つめるその目が、僕にとってはかっこよかった。
凄いな、この子。将来、絶対に大物になるぞ。僕がそう確信した時に、部屋にたくさん人が入ってきた。
🩺 🩺 🩺
「「石松丸!」」
1組の男女が部屋に入るなり、僕に駆け寄った。おそらく僕の両親だ。
「ちちうえ、ははうえ!」
豊臣、いや、羽柴秀吉は、140cmくらいで、目がまんまるで大きかった。母親は、超絶美人だった。太ってさえいなければ、相当モテるはずである。
家族での再会(?)を楽しんでいた僕たちだが、それに水を差す者が一人。
「申し訳ございませんが、診察させて頂いてもよろしいでしょうか?」
60代くらいの男性で、首から袋を提げている。袋からはツンとした匂いがするから、多分、薬袋なんだろう。お坊さんのようで、白衣の代わりに、袈裟を着ていた。
医師だ!
両親は慌てて、すぐにその場をどく。医師は僕の目の前にどかっと座って、僕の手足、顔、口の中をくまなくチェックする。手足、口内には、もう天然痘の症状である、赤い斑点状の発疹はなかった。
顔はというと……
「やはり、痘痕が残ってしまいましたか」
心底、悔しそうな顔で医師は言った。
「何とか、消すことはできないの?」
と母親が訊いても、ただ無言で首を横に振るばかり。
「だが、よく生き残った!」
気まずい空気を変えたのは秀吉だった。流石だ。
「これは、十六文先生のお陰だな!」
十六文先生⁉すごいな、すごい医師が登場したぞ!
正直、僕は羽柴秀吉の名前を聞いた時より興奮した。いや、医師ならば、誰でも興奮するはずだ。
十六文先生とは、戦国時代にいた3人の医聖の一人、「
永田先生は、武田信玄や徳川秀忠を診ていた、とか、118歳まで生きていた、とか、いろいろ伝説が残っている謎が多い人だ。
伝説によると、薬袋を首から提げて、牛の背中にゴロンと横になって東海地方を中心に各地を放浪し、どんな治療をしても、16文以上の金額を受け取らなかったとか言われている。
だから、「十六文先生」なのだ。
ちなみに、現代の◯クホンとは、関係ないらしい。
そんな先生に診察してもらえるなんて……。
「ありがとうございました」
僕がそう言うと、永田先生は一瞬驚いた顔をした後、
「どういたしまして」
と言って、笑顔になった。
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