3,最初の晩餐

 僕が石松丸くんに転生してから、今日でちょうど一週間が経った。最初は布団に寝たきりだった僕も、段々と体力が上がっていて、今晩は。


「さあ、め!

於石おいしが疱瘡から回復した振舞だ!」


 秀吉とーさん主催で、僕の天然痘回復を祝う宴会が開かれていた。


 宴会とはいっても、事前に僕が頼み込んだため、主役であるはずの僕のお膳にお酒はない。……いや、いくら何でも、幼児にお酒は体に悪すぎる。そう思いながら、お膳の料理を堪能していた。


 だが、僕はただ単にこの宴会を楽しんでいたわけではない。僕にとって、これは「演技」のために欠かせない大切な機会なのだ。


 と、いうのも、僕はまだ全然、周囲の人の名前を覚えていない。ある程度は、「幼児だから」で許されるとは思うが、それにも限度があるだろう。


 つまり今、僕は五感全てをフル活用して、若い海馬かいばにせっせと記憶を溜め込んでいるのだ。これも、お酒を呑んでいたらできないことだ。ちなみに、海馬とは、大脳にある新しい記憶を管理する部位のことである。


 しばらく僕は、どんちゃん騒ぎを傍目で見ていたが、……よし、分かってきたぞ。


 僕が、羽柴家を理解しつつあった時、前世の僕の享年と同じくらいの年の男の人が、僕に話しかけてきた。例え方が不吉だったな。反省、反省。


「どうなされましたか?」


 僕は彼の両目をじっと見つめ、落ち着いた声色で返した。


「いや、たいしたことではない。

まだ、じっかんがわいていないだけだ」


 やばい!うっかり、本音を漏らしかけた!彼の目はやばい!腹を割って話させる、「何か」がある!


 焦った僕を知ってか知らずか。彼は、何らかの事情がありそうな僕に、追い詰めるような言い方はしなかった。


「ご安心ください。

それがしは、とって食うような鬼では、ございませぬ。

人は何かを心に一つ、秘として持っておくべきものだと、某は信じていますゆえ


 僕は、彼を知っている。いや、ついさっき知った。彼は、羽柴小一郎長秀はしば こいちろう ながひでさんというらしい。


 僕は今、長秀さんを理解した。長秀さんは、天性の交渉上手だ。


「では、某は失礼致します」


 彼の背中を見つめながら、僕はそう確信した。


 🩺 🩺 🩺


 長秀さんの他にも、僕に挨拶をする人は何人かいた。


「若様のご回復、某には何よりのことです!」


 赤ら顔で見事にそう言い切ったのは、蜂須賀彦右衛門正勝はちすか ひこえもん まさかつさん、どうやら羽柴家で一番の重臣らしい。


 正勝さんは、長秀さんとはまた違った意味での交渉上手だ。


 長秀さんは、お家の融和ならば、誰にも太刀打ちできないだろう。一方で、正勝さんは、他との説得が得意そうだ。油断したところで、交渉の主導権は正勝さんに握られそうだ。いやーよかった、この人が味方で。


 他に凄そうな家臣といえば、何といっても仙石権兵衛秀久せんごく ごんべえ ひでひさくんだろう。


「若様、おめどうこざいます!

そのお祝いに、某が酒を30杯呑みます!」


「さ、30ぱい⁉」


 いきなりそう言った秀久くんに、僕は思わず聞き返した。しかし、秀久くんは気にすることもなく、


「呑み終わりました!」


 凄い、彼は強運の持ち主だ。あれだけ呑んで、急性アルコール中毒にならなかったのは奇跡だ。


 そして、相当な酒豪だ。


 僕は、秀久くんを「権兵衛」ならぬ、「呑兵衛のんべえ」とコッソリ呼ぶことにした。


 他にも、


「若様のご回復、某は大変嬉しく思います」


と言った、あの「石田三成」も僕に挨拶した。まだ年齢の割に大人びていて、凄くびっくりした。ただ、あの生真面目さは苦労しそうだなあ。何だかそれが、昔の僕とよく似ていて、親近感が湧いた。


 顔と名前を必死で覚えるうちに、夜は淡々と更けていって、やがて宴会はおひらきとなった。


 それにしても。……みんな、なんでミドルネームで人を呼んでいるんだろう。

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