魔法を忘れた魔法使い

菊池昭仁

第1話

 ノルマンディーの近くにある港町、ディエッペ。

 その石畳の商店街にある小さな3階建てのペンシルビル。それが魔法使い、デュッカの館だった。 


 弟子のハロルドはルンバに掃除をさせ、昨日、デュッカから教わった、毛生え薬のおさらいをしているところだった。


 「えーとえーと、モグラのサングラスとラフレシアの臭い汁、それからゴリラの鼻くそでしょう?

 あと何を入れるんだったっけ?」

 「もう忘れたのかい? あとは人魚の鼻水だろう?」

 「ああ、そうだったそうだった。ありがとうロメン」


 ロメンはカメレオンなので姿は見えないが、おそらく声のする方向にいるはずだ。



 「でもなんで毛生え薬なんだい?」

 「ほら、いつも食べに行くフレンチレストランのピエールさん。

 あの人、若ハゲで悩んでいるんだよ。

 だからなんとかしてあげたくてね?」

 「いいじゃないか? 別に禿げていたって。

 日本のお侍はみんなチョンマゲを結っていたじゃないか?

 あれもなかなかカッコいいじゃん!」

 「でもあれは着物だから似合うんだよ。

 それにピエールさんはソムリエだよ? コック帽も無いし」

 「だったらソムリエじゃなくてコックになればいいじゃないか?

 どうしてハゲじゃイヤなんだい?

 カツラを被ったハゲより、そのままの堂々としたハゲの方が男らしいのに。

 だって彼女とエッチする時、カツラがとれちゃったら大変だよ」

 「だからカツラじゃなくて、自毛が欲しいんだよ。

 ピエールさん、常連のマドモアゼルに恋をしたらしいんだ。

 だからなんとかしてあげたくてね?」

 「なるほど。

 ピエールさん、まだ32才だもんな?」

 「そうなんだよ。だって、僕たちがお店に行くと、いつもコケモモのシャーベットをサービスしてくれるじゃないか?」

 「確かに。あのデザートは最高だ」

 「よし、じゃあ人魚の鼻水を入れてと」



 ボワン!



 「これで完成したぞ。じゃあ試しにボクのあそこにかけてみよーっと。

 ボク、まだオチンチンに毛が生えてないから」

 「えーっ! ハロルド、もう中学生なのにまだオチンチンに毛が生えてないのー⁉」

 「い、いいだろう。うるさいなー、産毛は生えてるよ」


 ハロルドがズボンを脱ぐと、仮性包茎のオチンチンのうっすらと産毛のように生えたチン毛にその毛生え薬を数滴落した。

 すると大変なことに、その産毛までもが消え、つるっつるになってしまったのである。



 「どうしよう! 間違えて脱毛薬を作っちゃったー! うえーん、うえーん!」


 そこへ魔法使いのデュッカが二階の書斎から降りて来た。



 「騒がしいぞハロルド。どうしたのじゃ?」

 「デュッカさまー、私の大切なオチンチンの毛があああああ」

 「さては昨日ワシが教えた「毛生え薬」の調合を間違えたのじゃな?」

 「どうしたらいいでしょう? デュッカさまー」

 「仕方のない奴じゃ。では薬をかける以前に魔法で時間を戻してやろう。

 チンチンチロリロ、チンチンチロリロ、時間よ戻れー!」


 だが、時間は一向に戻らなかった。



 「ヘンじゃな? ワシとしたことが。

 ではもう一度。チンチンチロリロ、時間よ戻れー!

 おろ? 魔法が利かんぞ。

 では、魔法の箒を呼んでみるか? 箒よ、ここへ飛んで参れ!」


 だが箒はおろか、ルンバさえもやっては来なかった。


 「まっ、魔法が使えんようになってしまった!」

 「デュッカ様!」

 「師匠!」



 なんと偉大な魔法使い、デュッカは魔法が使えなくなってしまった。

 こりゃ大変。デュッカは呆然としていた。


           

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魔法を忘れた魔法使い 菊池昭仁 @landfall0810

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