第2話 臨時招集。プリスカの家にみんな来て!
まずは、作戦会議である。エフェソの教会に集まっている奉仕者たちに、マリアは臨時招集をかけた。集合場所は、プリスカの家。エフェソ近郊にいる人は、全員集合!
「許せない。……本当に許せない。今すぐあいつを
マリアは思案した。どうして、あんな手紙が出てしまったのか。推察してみると、どうも、男子だけで勝手に話が盛り上がって、ああいう文面に仕上がっちゃったんだと思う。文句を言いに行くならば、こっちも徒党を組んだほうがいい。
マリアは、さっきより少しだけ冷静さを取り戻していた。彼女は、今、仲間うちで集まるときにいつも入り浸っているプリスカの
プリスカは、マリアの親友の一人である。幼少期から長年ローマで暮らしていたプリスカは、教会の重要議案に対処すべく、今はエフェソに滞在していた。彼女の親はいわゆる富裕層であり、複数の事業経営の傍ら、ローマ帝国領内にいくつもの不動産を所有している。ここエフェソにも、両親と、プリスカ自身の管理人を務める
マリアは、そんな親友の手作りお菓子を頬張りながら、たった今思いついたことを早口でまくしたてた。
「ねえ、プリスカ。パウロが住んでるところもあなたの
「でもマリア、まずは話を聞いてみないと、事情がよくわからないよ」
と、プリスカは、焦るマリアをそっと諌めた。プリスカは今、お手伝いさんたちにまじって、隣の台所で家事をこなしている。
プリスキラとも呼ばれる彼女は、天性の人格者である。ローマにいたときも、コリント、エフェソに滞在中も、つねに、集まりの中心に彼女がいた。
人を疑うことを知らない、完成された人格が、生まれながら、彼女を真の奉仕者たらしめていた。父親の仕事の関係で、彼女は国際経験が豊かだった。子どもの頃から、ローマ帝国領内はもとより、ペルシャ、コーカサス地方をさえ訪れたことがあったという。プリスカの父親がローマ−オスロエネ両国間の外交儀礼に参与したときの記念品を、マリアは見せてもらったことがある。ローマ帝政期の外交的な成果の少なからずは、実に、プリスカの父の貢献なくしてあり得なかった。加えて、豊富な国際経験は、プリスカの社会的課題に対する意識を高めた。まだ少女だった頃から、彼女はアテネやアレクサンドリアに学び、豊富な学識を修めた。のみならず、パルティアからの政治難民を保護し、積極的に生活再建の支援をするNGOにも関わっていた。
「話を聞く、かぁ……」
と、マリアは、プリスカの言葉を反復した。プリスカらしいな、と彼女は思った。異なる立場の人々の声を聞き、相手の立場でものを考える。プリスカには、それが自然にできるのだ。
でも、わたしにはできないな……。
マリアは、目の前の親友のことを心から尊敬している。口先だけなら、異文化理解だとか、共生社会だとか、そんなことを言っている人はいくらでもいる。アテネでも、ローマでも、タルソスでも、そういう人をたくさん見てきた。それこそ、掃いて捨てるほどに! だいたい、自分には学歴と経験があると豪語する男たちだ。でも、詳しく話を聞いてみると、がっかりすることが多かった。
口先だけなのだ。みんな、本気じゃない。
だからこそ、プリスカは稀有な人だ、とマリアは思っている。言葉だけでなく、手を動かしている。はたらき者の正しい人。
「プリスカは、どうしてそんなに他人にやさしくできるの?」
「どうだろう……でも、(お手伝いさんに「ありがとう」と声をかけながら)他人を最初から疑ったり、相手の話を聞かないうちに自分で決めてしまったら、結局、自分が間違えてしまったときに気づけなくなるよね」
「そりゃあ、そうだけど」
だめだ……。天性で
マリアは自覚していた。過去の挫折を経て、改心した後も、自分自身の中に否定しがたい高慢な心が潜んでいることを。
来客の知らせがあって、プリスカは玄関に向かった。
「マリア、ゆっくりしてて。今日はわたしがホストだから」
と言い残して、彼女の姿は見えなくなる。ホストか。──マリアは内心、反省した。パウロのことでみんなに臨時招集をかけたのはあたしなのに、大事なことはぜんぶ他人に任せて、プリスカの家の食堂でくつろいでしまっている。お菓子完食する勢いだし。だめじゃん。……あたし、だめだめじゃん。
マリアは、
そう、マリアは責任者なのだ。キリスト・イエスに従う人々、真実の集会を一つにまとめる、女子寮の監督者なのだ。
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