GIRLs! 〜新約聖書の裏庭〜

倉井香矛哉

第1話 マリアは言いたいことがある

「許せない!! パウロ、絶対×してやるッ!!」

 マリアはすっかり激怒した。最近の彼女には珍しい。使徒パウロがコリントの信徒たちに書き送った手紙の一文が、彼女の逆鱗に触れたのだ。


 ──「女は、教会では黙っていなさい。女には語ることが許されていません。律法も言っているように、服従しなさい。何か学びたいことがあれば、家で自分の夫に尋ねなさい。女が教会で語ったりすることは、恥ずべきことです。」(コリントの信徒への手紙一14章34〜35節)


「これ何? ガチなの?! パウロ。……あんた、最低!!」

 マグダラのマリア。──生前のキリストに従い、今では「第一の使徒」と呼ばれる彼女にも、少女だった頃の未熟な一面が、まだ残っていた。


 ガリラヤ地方の才女マリア。幼少期から学問に親しみ、男の子たちの中に交じって、鉱物標本の収集や、天体観測に没頭した。語学も熱心に学んだ。知的好奇心と行動力は、いつでも、彼女が一番であった。誰もマリアに追いつけなかった。女たちは、「将来は、医師か、それともローマの事務官か」と誉めてくれたし、親族は、マリアのための教育費を惜しみなく出してくれた。愛情を注いでくれた。父も、母も、「君は一番星だ」と言ってくれた。「わたしたち家族の希望だ」と。

 ……それなのに。

「女は大学アカデミアに行かなくていい」

 と、突然、宣告された。

 あの日の絶望。

 嘘だと思った。何かの間違いだ、と。親たちは、わたしのことをずっと半人前だと思っていたんだ。一人の人間として、見てくれていなかったんだ。

 そうなんだ。女は好きに生きちゃいけないんだ。


 精神的死刑宣告。


 その時の記憶が、マリアの心に傷を残した。深く、深く、傷を残した。忘れたくても、忘れようとしても、忘れることのできない記憶。コリントの信徒に宛てたパウロの手紙の一文は、何年ものあいだ閉ざしていた、彼女の心の傷を深く抉った。


 パウロの手紙を最後まで読み終えないうちに、マリアは決意を固めていた。

 ──パウロに直談判、しよう。

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