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「いいですか?今期のスローガン、トライ・トライ・トライ。社員はもちろん、パートさん、アルバイトに至るまで仕事をする時は全員念頭に置く事。いいですか?わたしがいつ、誰に質問してもスッと答えられるように。挑戦をしなければ、うちのような小規模スーパーは、すぐに大手のスーパーにやられてしまいます。全員で新しい事にトライして良い店造りに繋げていきたいと思います。今日からみなさん、気持ち新たによろしくお願い致します。はい、私からは以上です」
パチパチパチパチ。
クロマル磯子店、新年度恒例の全体朝礼。大河内店長から、この一年の方針、スローガン、課題など約1時間に渡って説明を受ける。
これは、社員からパート、アルバイトに至るまで全従業員99名が召集される。
「では、最後に気合いの掛け声で締めたいと思います。私の後につづいて・・・・・・」
エッイ!エッイ!クロマルー!
エッイ!エッイ!クロマルー!!
「ほらっー、いそげー、開店に間に合わねぇぞ!おいっ、肉ー!下段の黒コマが全然たりねぇ、早く追加しろ、朝礼やってたからとか関係ねぇからな!開店時100%はクロマルの鉄則だぞ」
はいっ!
「枕池ー!どこだー」
「はいっ!」
「てめぇ、段ボール置きっぱなしだぞ!メイン通路に置くなって何千回言わせるんだよ!あと、床みろ!急いで磨かせろー」
「はっ、はいっ!」
ピン・ポン・パン・ポーン♪
『開店10分前です。物品放置、身だしなみの確認を行なってください。本日は4月1日。天気は晴れ。気温は22度です」
「枕池チーフ!」
「はいー」
「ちょっと、ちょっと豆腐売場に来てよー」
「えぇー、今ー?」
「そうよ、売場の棚に水が漏れてるのよー。水浸しなんだから、まずいわよ」
「そんなの、佐藤さんが拭いてくれればいいじゃんー」
「私ひとりじゃ、無理よー。ほら、早くー」
「ん、もぉー」
「チーフ!ちょっと米売場にー。特売のポップ確認してくださいー」
「ええー、ちょっと待ってー。そしたら、須永さんここ変わってくれる」
「無理無理ー。私これから他の売価チェック入るからー」
「じゃあ、佐藤さんここは任せたー」
「ええー、私ひとりじゃ無理よー・・・・・・」
ピン・ポン・パン・ポーン♪
『開店5分前です。売場、身だしなみ最終チェックを行なってください。まもなくお客様が入店されます。元気な挨拶でお出迎えしましょう』
「ああー、ヤバい、ヤバい。パン売場は大丈夫?誰か売価チェックしたー?」
「枕池チーフ!チラシの玉子の価格がおかしいですー」
「えー、それ今言うー?商品持ってきてー」
「枕崎さんー、冷凍のきざみオクラ2つ持っていくよー」
「了解です!伝票処理もお願いします」
「チーフ、玉子でーす」
「・・・・・・ん、これじゃないよチラシの玉子、緑の大きい方だよ」
「あっ、あっちの玉子かー。なんだー」
「そっちがいっぱい入ってきてるでしょう?ちゃんと確認してよー」
「はーい」
「ヤバい、ヤバい、もう開店だよー。全部大丈夫ねー、OK?」
ピン・ポン・パン・ポーン♪
『いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。今朝も早くからクロマルにご来店頂き誠にありがとうございます。今日も鮮度の良い商品をご用意しております。ごゆっくりお買い物をお楽しみください。いらっしゃいませ』
外で開店待ちをしていた20名近いお客様が、そそくさと入店する。
風除室でお客様にカゴを手渡すのは、クロマル磯子店大河内店長その人である。
「さあ、らっしゃい、らっしゃいー!今日は、新年度初日ですー!野菜も魚も肉もいいネタ揃ってるよー、さあ、らっしゃい!」
51歳クロマル一筋30年。商売人特有の小気味いい濁声は、いかにもクロマルの叩き上げといった年季を感じる。ちょっとやそっとじゃこの味は出せない。
「店長おはようさんー。昨日の最終回良かったわよね。ベイもこれで一気に調子あげてくるわよねー」
「石川様、おはようございます。ねぇ筒香の1発ね。ああいう勝ち方するといいですよねぇ」
「今夜も巨人コテンパンにしましょうねー」
「ええ、もうやっちゃいましょうー」
常連の石川様ご来店。熱狂的なベイスターズファンだ。
実のところ、大河内店長は巨人ファンである。
その事実を知るのは、以前たまたま飲み会で店長の隣に座った、僕と副店長の近藤さんだけだ。
野球の話になった時、つい口が滑って「バァロウ、我が栄光の巨人軍が1番だ」と呟いた時は驚いた。
店長を挟んだ反対側の近藤さんも驚いて、目が合ったまま二人して固まった。
目がとろーんとして、顔が赤く弛み切った店長は、急に固まって動かなくなった僕達に気付くと、しばらく経った後で「しまった・・・・・・」と、必死で顔を横に振って訴えた。
店のいる誰もが、楽しそうにお客様とベイスターズの話で盛り上がっている店長を見ているので、当然根っからのベイスターズファンだと疑っていなかっただけに、僕も近藤さんも、即座にこれは無かった事にすべく、勢いよくビールを口に流し込んだのだった。
横浜に店を構える以上、お客様の9割超えはベイスターズファンである。その店をまかされている以上はたとえ嫌な物でも笑顔で対応する。さすが筋金入りにクロマルマン。
開店して、ああだこうだしていると10分、15分なんて時間はあっという間に過ぎる。そうすると、店先に立っていた店長が店内をくまなく回り始める。まずは、青果売場。次に鮮魚、精肉、そして僕がいる食品の売場を全体的に見て、最後にデリカ。
「近藤さんー、いちごどう?」
「あっ、はい・・・・・・」
副店長の近藤さんがチーフを務める青果部は、売上、荒利とも取れている。うちの店でも優秀な部門なので店長の怒号が響くことは少ない。それでも機嫌次第というところもあるので、油断ならない。青果で機嫌を損ねるとあとが大変だ。
・・・・・・セーフ。さすが近藤さん上手くかわす。
続いて鮮魚。
「ん?!長田ー、お前平台のトップ、バイキングやるって言ってなかったかー。なんでサーモンなんだよー」
長田さん、鮮魚部チーフ。チーフ歴20年のベテラン。鮮魚部らしい無口で職人気質。喋らないが上に店長の機嫌を損なう危険性が高い・・・・・・。
「んだよー、だったら先にそう言えよー。今日新年度1発目だぞー。ありきたりなサーモンなんてみっともないだろがよー。ある材料でいいから、横でバイキングやれよー。1時間もあれば出来るだろー」
「へいっ」
「へいじゃねぇーよ、はい、だろ。何千回同じ事言わせるんだよー。ったく」
「へ・・・・・・、はい」
ああ、ヤバい。ボルテージが上がってきたぞ。頼む精肉部、なんとか機嫌を取ってくれ・・・・・・。
精肉部は、話し上手な横山チーフ。なんとかここでご機嫌をとってうちに回してもらいたい。
「横山ー!お前黒コマまだ出てねぇじゃねぇーか!どうなってるんだよ!あぁああ?」
「えっ、すみません。今大急ぎでやってますんで」
「今やってるんじゃねぇよ、今並べられてねぇと意味ねぇんだよ!クソが!!」
・・・・・・、嗚呼、終わった・・・・・・。
「枕池ー!」
「はっ、はいー」
「てめぇ、エンド全部ガタガタじゃねぇかよ、どうなってるんだよ!」
「はい、すみません」
「ああぁん?おせぇよ!おせぇ!それから、そこ!」
「はい、はい?」
「そこ!」
「そこ?どこ・・・・・・」
「馬鹿なんか!?その平台だよ。その豆腐、今日の日替りだろが、そんな積み方で良いのかよ」
「いや、一応全量出して・・・・・・」
「バカヤロー、お前も何回同じ事言わせるんだよ!ボリュームつけろや」
「すぐ積み直します」
「言われる前に出来るようになれや」
・・・・・・。
はぁー。なんだかなー。慣れないなー。
肩をトンッと叩かれた。
「あははは、チーフ、今日は短めで良かったじゃない」
豆腐売場にいたはずの佐藤さんが急に現れて慰めてくれた。
「はははっ、そうだね」
また、デリカ部の方からも大河内店長の怒鳴り声が聞こえてくる。
自分のことじゃないのに、胸がキューと締め付けられる。
--さて、今日も一丁やりますかー--
僕は小さく深呼吸して声を出す。
「さあ、らっしゃい、らっしゃい!今日は豆腐がお買い得ー」
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