閑話;君の記憶が見る景色
ーバサッー
夕日が差し込む廊下に本が落ちる。
また、1人になった白髪の少女は、先程の彼が落としていった「世界の楽園」というタイトルの本に近づいていくと手を伸ばして拾う。
「………。また、忘れてったね」
そう呟くと彼女は図書室の方へと、静まりかえる廊下を歩き始めた。
ーガラガラガラッ
一分もせずにたどり着いた木造の古ぼけた図書室の中は、窓が開いているというのに廊下よりも蒸し暑い空気が充満していた。だが、特に気にする様子も無く彼女は図書室の窓の真下までいくとゆるゆると視線上にあげ、カーテンをめくる。すると、
ーチリンチリンー
カーテンに絡まっていた風鈴が、遮るものが無くなったのを喜ぶように、風に揺られて涼しげな音を図書室に響かせる。風通しを良くするためか、一際大きな窓がある図書室はもう夜が近いというのにまるで昼間かのように明るい。しかし、風鈴を映した彼女の夕日をも吸い込む暗く深い深紅はより一層その色を濃く染め上げる。
「今回こそはと思ったんだけどな……」
それから彼女はカーテンを閉め、
近くにあった椅子を引きずりその上に乗ると、少し背伸びをしながら風鈴を窓辺から取り外した。
椅子を元に戻した後、彼女はもう用は無いとばかりに、速足で図書室から本は手に持ったまま出る。どうやら本を返すのでは無く、風鈴を取りに行ったようだ。
ータンッ、タンッ、タンッ、タンッ
誰もいない世界に彼女の階段を降りる足音が反響する。
ゆっくりと階段を降り終えたその少女は、学校の中庭を目指していた。空に浮かぶ夕日はもう沈みかけており、うっすらと見える月を眺める彼女の髪は月と夕日を反射してオパールや螺鈿細工よりも幻想的な輝きを放っていたが、それに気づいて彼女に教えてくれる者など、たとえ彼女がそれをどんなに望もうともここに現れることは無い。
中庭にたどり着いた少女は本を読み始め、しばらくして夕暮れ時の終わりを悟るとどこからかマッチ箱を取り出した。そして1箇所だけ、草の生えていない丸い窪みに本と風鈴を置くとその箱に入っていたマッチで火をつける。
ーパチッッ、パチッ…パンッッ、パチッ、チッパチッ…
地平線に染み込むように、夕日が沈んでいく。
本が、風鈴が最後の夕日と共に燃え尽きていくのを見ていた彼女は
「…何が、向き合う、だよ。……本当に、反吐が出る。まぁ、名前を聞いて行っただけでもいいのか……?」
と言うと、今度こそ一言も喋ること無くただ世界が夜に飲まれていく瞬間を、たった一つだけの特等席でぼんやりと眺めていた。
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