夏休み前日;7/27 ー②第三者視点の思い出 5ー

首を振り、




「ナギの事、待ってたんですよね!


学校を出て坂を下った先にある、原っぱにいると思いますっ。もう帰っちゃうかもですから、おじさん行くなら急いだ方がいいですよ?」




無理やり出したような明るい声でそう言うと




「私も今から行こうとしてたんです!


おじさんも一緒に行きましょう!」




僕の手を掴んで引っ張りながらにこりとはにかんだ。


まるで、全てを諦めたかのような暗い瞳で。


廊下は夕日で一層輝いているのに、


彼女の瞳だけが世界の光をうつさない。




…一体。


一体、名も姿も忘れていた少女と僕の間に


何があるというのだろうか?




何故、そんな目が出来るのだろうか?




彼女は、僕にとってどれぐらいの存在だったのだろうか?




僕は何故……彼女の事を忘れてしまったのだろか?




別世界のように煌めく廊下で


僕はただ呆然と考えながら彼女をみつめる。




「おじさん、おじさんっ!ほらっ早く行きますよっ…ってあれ?


この本、おじさんのですか?」




グイグイと僕の手を引っ張っていた彼女に言われ


ハッとして手元をみると




そこには「世界の楽園」があった。




どうやら、本棚に戻さず持ってきてしまっていたらしい。




「あ、あぁ、僕の本じゃないよ。図書室からそのまま持ってきちゃったみたいだ。」




「あれ、おじさんの本じゃないんだ…。


てっきり、おじさんがナギに貸してたのかと思いました」




「…?どういうこと?」




「ナギ、よくこの本読んでたんです。


だからおじさんがナギに貸してたのかなって。


私も、ナギに借りて、この本好きになったから…。」




!!!!


(やっぱり僕はこの本読んだことあったんだ)




けど…ここに来るまで見覚えはなかった上、




(このジャンルは今もほぼ読まないのに…?)




思い出せない自分がもどかしい。


せめて彼女に関する日常の記憶だけでも


思い出せないものだろうか?


こんなに親しかった人を


夢の中だけの記憶にしたくない。


あんなトラウマを理由に忘れてなんていたくない。




(身体に異常が出てもいい…)




彼女の事を思い出したいと、強く思った。


何か方法は……


…そうだ、名前。彼女の名前をまだ聞いてなかった。


名前を聞けば、思い出せないだろうか?


当初の目的も忘れ彼女に話しかける。




「ねぇ、そういえば君の名前聞いてなかったよね?


良かったら教えてくれないかな…?」




「ナギから聞いてないんですか?」




「実は、ここには久しぶりに帰ってきたんだ。仮に聞いていたとしてももう何年も前になる…」




そう、もう何年も忘れていた。


忘れて全部無かったことにしようとした。


けど、君から目を逸らしたくは無いと


ほんの少ししか話していないのに


そう思ってしまった。






「だから」




だからもう一度




「君の名前を、僕に教えて欲しい。」




君に、過去に向き合いたい。


逃げたら、諦めたら終わりだ。




(そう僕が1番分かってる、そうだろ?)




自分へと問いかける。




そんな真剣な顔の僕を彼女は見つめ、口を開く。




「私の名前は……」




と言いかけた時、




ーベキンッッ!




世界が割れた。


(ッっ!!!?これは目が覚める時の、、!)




モヤの記憶に入ってしまった時、外に出る方法は2つ。


1つはその記憶で一番印象に残っている出来事への


干渉。僕が先程まで試していたものだ。


起きるにはモヤから出た後出口に向かわなければならない。


そしてもう1つは…外からの強い衝撃。


この方法だと出口まで行く必要は無く、夢が割れるとそのまま起きることが出来る。


今回はこっちだ。きっと外の自分の体に何かあったのだろう。


それにしたって…




「起きたいとは思ってたけどっ!」




(流石にタイミングが悪すぎるだろ!!)




ーベキッ、バキバキバキッ!




外からの衝撃が原因の場合、崩壊は止められない。




(クソッ……あぁせめて、名前だけでも)




僕は精一杯耳を研ぎ澄ます。


夢の世界の住人には崩壊は影響しないから、


口に出してくれさえすれば記憶を持ち帰れる。


問題は……




「おじさんっ…!だ、大丈夫!?


からだが割れていってるよ!?」




かわりに僕が割れていくように見えることだ。




「おさっ、押さえれば直っ、いやそれよりも誰かっ


誰か呼んできます!!」




「……待って!」




走り出そうとする彼女の手を掴む。




「でもっ、早く何とかしないと!おじさんが…」


振り向かないまま喋る


彼女の言葉を遮り、僕はハッキリと口にする。




「君と向き合う」




「!!!!」




……彼女は、彼女では無い。


所詮僕の記憶、僕が作り上げた虚像に過ぎない。


彼女が今僕から離れようとしたのは僕の意思だ。


また無意識に僕が逃げようとしたから、


彼女も逃げようとした。


もう一度彼女…いや、自分へと言い聞かせる。




「君と、向き合うって決めたんだ」




向き合うと決めたと。




「……。」


俯いたまま


彼女はゆっくりと振り向き、




「私の名前は


天塚。 天塚 日向 (あまつか ひなた)。


今度は忘れないでね…?」


そう言うとにこりと笑った。




その瞬間




ーパキィィンー




世界は完全に割れ、


僕の長い夢の記憶はそこで途ぎれた。

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