第4話 訪問

呪の籠った杭がいくつも体に突き刺さっている。

抵抗した俺はまるで蝶の標本のように壁に磔にされていた。

低く唸り、煌月院の技師を睨みつける。しかし、技師は軽い調子だ。

「だからさ、もうそうやって抵抗すんのはやめようよって話よ。こっちももうお高めの武器が空っぽになりそうなわけ」

「があぁぁぁあぁっ!!」

「吠えないでよ〜」

耳を抑える技師。身体中の穴から血がびしゃびしゃと飛び散った。

「悪い話じゃないだろ?あんたが女になるのは」

技師はおもちゃを見せびらかすような表情で言う。

「ほぼ確で戦争に行けんだぜ?」

そう、だから少し抵抗を弱めていた。

戦争には出たい。少しでもこのクソみたいな場所から出たい。少しでいい。少しでいいから、聖苑と同じ人間の立場に立ってみたい。

「だからさ〜、な?分かるだろ?」

だからといって体をいいように弄られるのは吐き気がするし絶対にごめんだ。俺は元々性別がないから外見が男だろうが女だろうが、そんなことはどうでも良いのだが、こいつらのためにこいつらに弄られるのがどうしても我慢ならなかった。

睨み合いは続き、俺の腕が杭を引きちぎり奴らに襲い掛からんとしたあたりから、記憶は途切れ途切れになる。あらゆる杭と斧を突き立てられ、絶叫し、全てを殺し尽くさんとし、そうして俺の記憶は途切れた。



「必勝法がある」

「相手と思考を同じくすることだ」

「相手の感覚を体内に入れ、脳内に相手の思考回路を作る。課題が出たら、その思考回路の道順通りに答えるのだ」


「現に俺は、勝っている」


ふと、瞳が開いた。

ああ、灰色だと思った。血の跡がそのまま残って擦っても落ちない。そういう汚い壁だ。

見慣れた壁だ。ここは懲罰房だろうか。

「廻茱(えしゅ)」

頭上から聞こえた絹の如きたおやかな声に度肝を抜かれた。

「!?聖苑(せいえん)!?」

ほとんど天井と近い位置にある小さな窓から、寒さに顔を赤くさせた聖苑が手を振っている。肝が冷える。頬が引き攣る。こんなに度肝を抜かれたのは生まれて初めてだ。

「何をしているこんなところで!?ああ…手が悴んで…!頬も…!防寒着は!?」

「下男に化けて来たんだ」

「ばか!」

どうしてこうも聖苑はばかなんだ。正義の塊、清浄の化身、善きものの体現、高貴の鑑。どうして皇子の身分の自分をこんなことのために粗末に扱うのか!

「ばかったって!もう1週間も来ないんだから…」

心臓が抜け落ちる感覚がした。

「1週間…?」

あれからそんなに経っていた?俺は今回、そんなに傷つけられたのか?この俺が?いや、そんなことより。聖苑にはいつも三日に一回ほどは会っているのに、一週間も会っていなかった。聖苑が来たということは、誰も大人が俺のことを誤魔化さなかったのだろう。この一週間という期間を、聖苑はどう捉えるだろうか。

急に、内臓と皮が、縮み上がるような恐怖を感じた。俺が監禁されたと思った?俺が受けている仕打ちのいくつかを想像した?俺が虐待を受けたと考えた?

いくつもの恐ろしい考えが頭を駆け巡る中、聖苑はただ呑気に笑った。

「寒くなってきたしさ、風邪とかひいてないか、心配で来ちゃった!」

ああ…その程度か。聖苑の脳では、その程度の発想なのだな。俺は全身の痺れや緊張から解放されて、不敵に笑って見せた。

「ふん!風邪などひくものか!」

「うん、そうだよね。廻茱は強いの」

「この1週間はお前を負かす戦法を立てていた!明日行くから、楽しみにしていろ!」

さっと手を広げて胸を張った。瞬間。

腹の刺し傷が出血していることに気がついた。一瞬にして皮膚が骨から剥がれるような危機感を覚え、すぐに腰布を当てて体勢を変え、聖苑から見えないように隠した。

見えてないないことを願いつつ顔を上げるが、聖苑はやはり無垢だった。

「負けないよぉ」

安堵に胸を撫で下ろす。聖苑のふわふわ感にこんなに救われるとは思わなかった。

「ふん、強がっていろ。…人間にはもう寒くなる。そろそろ帰れ」

「うん、そうだね、そうする。またね、廻茱」

「うん、また」

聖苑が見えなくなって、しばらくしてから俺は床に寝そべった。聖苑のことを思い返すと不思議な感覚になる。紗の織物を天女にかけてもらった気分だ。

耳が真っ赤だった。頬も指先も、ひどいくらいに。

息は真っ白で。

俺がいつ、起きるかなんて分からないくせに。

それでも。

俺のところに来てくれた。

…優しい友人…。

胸は温かく、心臓がとくとくと鳴る。

キラキラパチパチと、雪の結晶がそこら中で跳ねて爆ぜるような。

そんな感覚がした。

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