第2話 女体化計画

古び、朽ち、腐敗した扉を押し開ける。

むせ返るような不潔の匂い。

古風な建物はどこも汚く、壊れた箇所や古い血がそのままになっている。

「あれが帰ってきた」

「次で死ねばいいのに」

「あれがいるから、私たちずっとこうなの」

宙吊りにされた子供。

庭に倒れたまま動かない子供。

寄り添い恨み言を呟く奇形の子供。

俺は平然と歩く。

ただ、歩く。

足が重くても。重石を乗せられたように体がだるくても。腹に石が詰められたようになっても。

ただ、歩く。

何事もなかったかのように。

だって、何事もないのだから。

「穢腫(えしゅ)」

顔を上げると、おかっぱ頭の黒ずくめの男が立っていた。


作業台に磔にされた子供には何本もの杭が打たれている。出血で体がよく見えなくなっているが、まぁいつものことだ。あれが大人しく昏睡するまでにつけた傷からも血が飛び出しており、あたりは真っ赤っかだ。こんなに視界が悪いのに手術なんかできんのかね、と俺は思った。

先輩は軽く号令をかけた。

「今日こそ女体変化成功させんぞ〜!おー!」

「おー」

今日急に手伝いに来させられた俺はよくわからないながらにとりあえず賛同しておく。

「え、でー、なんでしたっけ、これ」

「穢腫だよ、穢腫。ほら、穢児舎で人間と混ぜてない穢が二体いるだろ?その片割れよ。もう一個の帯孔(たいこう)より強い最強ちゃんが、この穢腫ってワケ」

「へぇ〜これが」

最強の穢には見えない。四歳くらいのガキだ。

「え、で、今日はこれ男から女にするんですか?」

先輩たちは工具をガチャガチャ言わせながら作業をする。俺も言われるままに腹を割き、内臓を弄る。

「そーそ。あとちょっとで戦争があるだろ?そこに高額で貸し付けたいわけ」

別の先輩が口を挟む。

「帯孔の方が戦争向きだろ」

「お前ねぇ〜〜付加価値って知らねぇの。帯孔はもう無理だけど、穢腫はもうちょい呪術でいじれば女になれる。戦争に連れてくなら、慰安婦兼ねてた方がいいだろ」

「なるほ〜」

納得の理由だ。

「それにな、これは皇子のお気に入りなんだ」

先輩がニヤリと笑う。

「他の穢児(えじ)は穢児舎(えじしゃ)から絶対出られないよな?でもこいつは違う。なんでだと思う?」

「先輩さっき答え言ってましたよ」

「もっと頭ひねれ!昔国と揉めたときにな、和睦の証としてこいつが皇子の友人役に選ばれた。だからこいつは遊び放題なんだよ。で、ここで大事なことが一つ。今はまだ皇子もガキだが、あいつが年頃になった頃、近くに女の姿のこいつがいたらどうなる?」

「あー…」

「そう!恋に落ちる。皇帝の体調は芳しくない。皇子が即位するのも時間の問題だ。そのとき、穢腫が寵愛を受けてれば俺らのやりたい放題になるってもんなんだよ!」

「そんなもんっすかねぇ…」

頭の悪い計画だな〜、と思った。でもこの穢腫っていうのは顔がいいからワンチャンいけるのかもしれない。それにそもそも、煌月院(こうげついん)はそんなに深く考えて行動する組織じゃない。俺もまぁいっか、と思って先輩に次の指示を仰いだ。


ああ、ああ、聖苑。来てはいけない。胸が熱い。滾る炎が湧いてきて湧いてきて、止まない。聖苑。鈴を転がすような声。いけない。俺は。俺はもう、我慢ができない。首から頭へ、肩から腕へ、攻撃的な緊張が伝播する。ああ。許せない。不躾だ。お前らの手は不躾だ!!人の内腑に穢れた手を入れて掻き回す!手と内臓が滑らかに擦れ合い、弄ばれる…不快不愉快忌まわしい!!俺の胸を開くな!ふつふつとした黒いもの。ギラギラと目を尖らせるものがある。お前を殺すものだ。触るな。触るな触るな!!誰も許可していない!俺の中に入ってくる、許可を得ていない不敬者の腕が、俺の内腑を取り出し、入れ替え、俺という存在を置き換えていく。脚に力が入る。杭が肉を割き出血する。あああ不快だ不快だ不快だ、逃れようのないこの気色悪さ!!自分の中を勝手に掻き回される不愉快、憎悪!勝手に俺を置き換える傲慢さが気持ち悪い。殺してやりたい。憎悪が憎悪が全身を焼いていく。鈴の音のような声。来ちゃだめだ。俺はもう。


「あああぁあああぁあああぁぁぁあああぁあああぁああ!!!」

心臓が止まるかと思った。磔のガキが急に絶叫したのだ。先輩たちはガキを起こさないように武器取りに行くけど、ガキの方が動きが速い。ガキの姿をした化け物は一瞬で肉ごと杭を引きちぎり、背から弾けるように蜘蛛の鉤爪を生やし、咆哮を上げながら部屋の壁に張り付いた。杭を引きちぎった全身から血が滴り、開いた腹から内臓がボトボト落ちる。

「おのれ…!おのれ…!!許さん!!許さん許さん許さん!!!」

一言喋るごとに全身から血が飛び出す。俺は武器を取れないでいた。ギラリと鈍く光り俺を捉える。その瞬間、内臓が抜き取られたような感覚になった。一気に体温が下がり、全身がガタガタ震える。脳が悲鳴と絶叫をけたたましくあげてやまなかった。

恐ろしかった。死を悟るのは。こんなにも恐ろしいとは、知らなかった。

「屑どもめが!!!」

化け物は神速で俺たちに襲いかかり、先輩たちは各々の武器と呪具を構えた。


前回の調整から二日。幾度となく繰り返された女体変化の調整だが、俺はまだ男のままでいる。調整と戦闘で負った傷口は完全に塞がり、体調は万全になっている。そろそろ聖苑(せいえん)が待っている頃だろう。俺は駆け足で門に向かい、腐りかけたそれを押し開けた。

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