第6話 軍議

三日程経った。

自分の罪を背負いきれずに心はかつてないほど深く沈んでいたが、彼に会う時はいつもと変わらず無知であろうと決めていた。しかし、彼が来ることはなかった。

また何かあったのだろうか。ふと、脳裏を過ぎる言葉がある。

戦争。

近々、戦争が起こる。隣国との小競り合いはいつものことだが、今回は場所が悪い。どうしても落とされたくない場所を攻められる。勝てなくても、負けてはならない戦なのだ。おかげで宮中は忙しない。軍の者たちが頻繁に会議を設けていた。

廊下を歩いていると、前から来たのはやはり軍の男たちだった。彼らは僕に礼をすると、立ち話に戻った。過ぎ去る彼らの会話の中に、「穢児(えじ)」という言葉が交ざっているのに気づき、ハッとした。

「いいか!次の軍議には僕も参加する」

軍議には常に母が参加し、僕は参加を禁じられていた。しかし、ことここに来ては放置できない。将軍たちに耳が痛くなるまで言い含めたが、僕が軍議に呼ばれる日は五日経っても来なかった。

「ばかやろう!!」

一度日時を知らされても、直前にそれが変わる。そもそも使いが来ない。別の用事を入れられる。僕がどれほど身分を振りかざそうと、罰で脅そうと、誰もが僕を軍議に入れなかった。

正直なところ、僕は公的にはなんの権力も持っていない。権力は全て母が持っていて、僕の意見は常に摂政や母を通してしか実現しないのだ。今まではそれでも僕の言うことは通ってきた。母も摂政も通してきてくれたのに。高官たちの誰もが自分を無視する現状に、悔しくて涙が出そうになった。結局、誰に命じようと罰をちらつかせようと、実行力のない自分の言うことなど、いざとなれば誰も聞かないのだ。

「じゃあ何のための皇子だ…この肩書はなんなんだ…!」

頭を抱えて部屋の隅にうずくまる。でも。

うずくまって何が変わる?招かれないのなら、行けば良い。穢児舎(えじしゃ)へ行った時のように。


軍議を執り行えるほどの良い広間の数は限られている。母、摂政の足取りを見ていれば、いくつかに絞り込めるだろう。僕は将軍が部下に軍議の支度をさせるのを見て、自分の身なりを最大限豪華に飾り立てるよう仕立ての者に言いつけた。入場した時に、皇子の立場と風格を思い出させてやるためだ。母の様子も同時に観察し、出発したその方向を確認した。候補の広間は三つほどだ。軍議の間、窓は閉められているからどれが使われているかは外から見てもわからない。片端から入って、軍議をしている広間を当てる単純な作戦で行くつもりだった。しかし一つ問題がある。扉の前には守衛が二人いて、どうせ僕を入れないよう言い含められているに違いないことだ。

暫く待って、軍議も始まったろうかという頃に僕は何も知らない守衛を六人連れて広間へ向かった。それぞれの広間の片端から、何も知らない僕の守衛に「交代の時間だ」と言って回らせ、僕を阻む恐れのある守衛を退かせた。全ての守衛の交代が済むと、僕は片端から広間へ入って行った。


バン!と大きな音が響き、守衛二人が広間の戸を開け放つ。三つ目の広間にいた将軍たち、摂政や母は目を見張り驚愕している。豪奢に着飾った僕は、しゃなりしゃなりと広間へ歩を進め、少し顎を上げて蛇のような視線で全員をねっとりと睨め付けた。

「おかしいな。皇子が不在の軍議があるとは」

怒っていることを伝えたいときの攻撃的な仕草は廻茱(廻茱)を真似る。彼の不遜な態度は、こういう時に本当に参考になる。

怒ってるぞ、と存分に伝えた僕に、母は厳しい表情を向ける。

「聖苑(せいえん)、何事ですか!」

僕は負けじと睨み返した。

「軍議には私も参加します。国を任される身でありながら、有事の詳細を知らないままではいられない」

摂政は表情と声音を固くして僕を諌める。

「皇子、許可が降りておりませぬ。そのような勝手、母君への不敬にあたります」

「不敬はどちらだ!私が何度…」

「そこまでになさい」

母はこめかみに手を当て、苦々しく目を瞑った。苦しげに少し呻いたが、眉間の皺を緩め、ふぅと息をついた。

「宜しい。許可します」

参加者全員から非難の声が上がるが、母は取り消さなかった。

「聖苑。その代わり、発言権は与えません。あなたは国を背負うものとして、この度の看過できぬ有事を見守るのです。良いですか、見守るだけです。決して、口を出さぬよう」

口を出さない?そんな真似ができるかと心で唾を吐きながら、これ以上話を拗らせてこの場に居られなくなっても困るので、とりあえずしっかりと感謝を伝えた。

不服そうにしながらも、将軍たちはそれぞれ軍議に戻る。

「それで?結局赤い方はお目にかかれたのですかな?」

「いいや」

「目にしたのは帯孔だけか」

「帯孔でいいだろう、あれの能力は戦争向きだ」

「焦るな、我はあれを見てきたがとても手綱が握れるとは思えん」

「穢児を決めなければ戦法の方が遅れてしまう!時間がありません、穢児などどちらでも同じでしょう」

「同じとはいかん。カグがあるとはいえ、カグを使う前に謀反を起こすような性格の穢児は使えんからな」

「値段の問題もありすよ。廻茱は帯孔の二倍の額です…」

「しかしそう検討の時間も残されておりません!どうせ使い潰すのです、どちらでも同じでしょう!」

使い潰す?怒りの灯火が宿る。

「同じではありません、きちんとこちらの意を酌み機能するのかという問題があります。その点で廻茱はある程度それが保証されている。多少値が張っても命令違反や謀反のリスクを考えれば、リスクの低い廻茱を選ぶべきです」

「カグがそんなに信用ならんか?あれほど痛めつけているというのに」

「帯孔の損傷程度は六割ですが、廻茱は九割です。廻茱なら、死ぬ間際まで戦わせられます」

損傷程度というものがわからない。摂政と母を振り返るが、摂政は首を振り、母は視線を合わせなかった。だが、推測するに、『何割ほど体を負傷したら撤退させるか』という指標のことだろう。廻茱はそれが九割?九割体が壊れるまで、戦わられるというのか?

そんなこと、廻茱にさせられるわけがない。

「損傷程度というのは…」

「聖苑」

鋭く母が叱咤する。

「次、不要な発言があれば退席していただきます」

胸に怒りの炎が湧くが、仕方がない。

「大変申し訳ございませんでした」

恭しく謝り、僕は不穏な怒りを抱えながら、軍議にもならない軍議を見守った。

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