第10話 「もう疲れた」
わたしが絶望している間も、蛇は待ってくれない。
わたしの動きが止まったと判断した途端、大口を開けて襲い掛かってきた。
「ひっ!」
わたしを食べようとしてくる蛇に、わたしは手近にあった大きめの石を苦し紛れに投げつけた。
しかし子供の腕力じゃ、威力はたかが知れている。
石は口の中に入るだけで、何の効果も成さないように見えた、が。
「しゅぶっ!」
予想に反して蛇は動きを止め、ぺっぺっという風に石を吐き出した。
口の中に異物が入ったら吐き出したくなるのは普通か。
だけどそれは同時に、わたしをただの餌としか見ていないことも意味している。
「逃げ、なきゃ」
今のうちに、這ってでも逃げないと、間違いなく数秒後に食べられる。
体は、所々骨が折れているけど、手は無事。
右足も使えないけど、左足はまだ動く。
なんとか体をうまく使って、ここから抜け出さないと。
「シャアアアアァァ!」
「ひぐっ!」
蛇は餌に抵抗されたのが不快とでも言いたげに尻尾をぶん回し、それがわたしに掠った。
それだけでわたしの体は吹き飛び、地面にたたきつけられた。
「うう……」
「シャァアアア」
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
もう嫌だ。わたしが何かしたか?
この世界に産まれてからも、前世でも、誰かに奪われるだけで奪ったことなんかない。
もういいはずだ。こんなに生き地獄を味わってきたんだから、少しくらい報いがあったっていいのに。
なんでわたしだけ、こんな目に合ってばかりなんだ。
人に殴られ、追われ、裏切られ続けて。
最後は、こんな大蛇に食べられる……?
「シュアアアァァアア!!」
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
こんな所で死にたくない。
「た、助、け……」
「シュルアアアアア!!」
「嫌ああああ!!」
死にたくないのに、死は目の前に近づいてくる。
なんでわたしが。
まだ何もしてないのに。こんな目に合うこと、何もしてないのに。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!
「ああああああああああああああああああああああああ!!!」
わたしは叫んだ。
気が狂いかけ、全身の力を振り絞り、かつてないほどの大声を上げた。
そして。
キリング・サーペントはその場に倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「ハー……ハー……」
自分のみに何が起こったのかも、何をしたのかもわからず。
わたしは痛みで、意識を手放した。
***
「う、ん……いたっ!」
目が覚めると同時に、全身の痛みで意識が完全に覚醒する。
それでも辛うじて動く部分を使って、上半身を起こした。
出血が少ないことと、頭を強く打たなかったことが幸いした。
全身打撲、数ヵ所の骨折、何かにぶつけたのか右目も見えない。
でも生きている。何故かはさっぱりだけど。
「ハァ………ハァ………そうだ、あいつは」
わたしが生きているということは、あの蛇は?
片目がつぶれていても効くらしい夜目を使って、、痛む体をこらえて後ろを振り向くと、そこには。
「きゃっ!?」
倒れて動かない、キリング・サーペントの姿があった。
眼の光も消え、ピクリともしない。遠目から見ただけでも、死んでいると直感した。
「いったいなんで………」
訳が分からない。
あの傭兵たちがどうにかしたとは思えないし、何より外傷がない。
ということは寿命?
だけど、あんなに元気よくわたしを追い回してきた大蛇が?あり得ない。
裏側に重傷でも負っているのかと体を引きずって回り込んでみたけど、そこにも傷はなく、なぜ死んだのかはわからない。
一体何が―――
「え?」
なんだろう、体の中に何かが蠢くような、不思議な感覚がある。
だけど心地悪くはない。むしろ長年一緒にいたかのような、安心感すら覚える感覚だった。
その力の
体の中のそれを、かざした手の近くに集中させ、体外に放つような感覚で解き放つ。
すると、手のひらから小さな黒くて丸い謎の物体が出てきた。
それはゆっくりと漂い、洞窟の角にポツンとあった雑草に命中した。
すると、信じられないことが起こった。
雑草が枯れた。それも一瞬で。
「なに、これ」
この力が何なのか、わたしには分からない。
魔法なのか、それとも全然違う力なのか。
でも、これで一つの仮説が成り立つ。
「蛇を倒したの……わたし……?」
植物を枯らせた。これを生命力を消したと仮定すれば、辻褄が合う。
つまりわたしは蛇に襲われたことによって、火事場の馬鹿力のごとくこの能力が開花した。
『生物の命を奪う』という力が。
「は、はは、ははは………これ、いいですね」
今まで何もかもを奪われ続けたわたしに芽生えた力が、人の最も大事なもの、命を奪う力なんて。
滑稽な話だ。だけど悪くない。
「……もう、疲れた」
人を信用するのも、誰かに従うのも、生きる意味を見つけるなんてことを考えるのも、全部疲れた。
もういいや。どうせわたしが何をしようとしたって、何も成せはしないんだ。
前世では絶望の底にいて、今回もこんな目に合って。
優しくしてくれたあの人たちにすら、利用されていただけだった。
使われるのは、もう疲れた。
だからわたしは、考えるのをやめた。
自分のしたいことをしよう。何もかもどうでもいい。
そうだ、こんな力があるなら、いっそ大量殺人犯にでもなってみようか。
奪われ続けたわたしが、奪う側に回るんだ。さぞ気持ちいいだろう。
そうだ、そうしよう。
手始めに、あの3人。
わたしをここまで追い込んだあの連中を皆殺しにしたら、楽しいかもしれない。
わたしは壁に手をつき、折れている脚を庇いながら、洞窟の出口へと向かう。
このクソみたいな世界に、ちょっとした刺激を与えてやるために。
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