第11話 必死の懇願
洞窟を抜けたわたしは、近くにあった大きな木の枝を杖の代わりにして、亀のような速度で来た道を戻っていた。
途中、少しずつ自分に芽生えた力を試してみる。
今のわたしは、どうやら本当に小さな植物を枯らす程度の小さな黒球を出すか、もしくは全身に力を入れて一気にオーラのようなものを放出することしかできないみたいだ。
ちなみにそのオーラはどれほどの威力なのかというと。
「う、うわっ………」
自分の周囲、半径三、四メートルくらいの植物が完全に枯れ果てた。
とはいえ、おそらくこのオーラや球にはキリング・サーペントを殺した時ほどの力は無い。
なんとなく、この力はあの時ほど大したものではないとわかる。
とはいえ、おそらく。
「オーラに触れ続けた人間は、多分死にますよね」
徐々に生命力が抜けて、最後には衰弱死かな。
それとも、すごく息苦しかったり、痛かったりするのかな。
ああ、楽しみだ。わたしを殺そうとしたあの男たちが、わたしに殺される様を思い浮かべるだけで口元がにやけそうだ。
全身の痛みをこらえながらも、わたしは少しずつ、前へ前へと進んでいく。
***
「……着いた」
1日以上かけて、衰弱死しそうになりながらも、わたしは気力でかつて追い返された街へとたどり着いた。
時刻は昼。黒いわたしを紛らせてくれない太陽を出してくるなんて、本当に神はわたしのことが嫌いらしい。
まあいい、そんなこと分かり切っているし。
「ん?なんだあれ……」
「あれ、何日か前に追い返した黒髪じゃないか?」
「なんかすごい怪我してるぞ。さすがにあれを見過ごすのは良心が……」
門の前に立つ男たちが何か言ってるけど、わたしの耳には入ってこない。聞きたくもない。
「治療してやるか?」
「この街は黒髪を恐れているやつが多い。だからこそあの時は多少強引でも追い返したんだが、あそこまでの傷を負ってるとなると相当の……」
「……どいて」
わたしは体を引きずりつつ、オーラを展開した。
わたしの周囲の色が暗くなると共に、近くの雑草が死ぬ。
「う、うわっ!?」
「なんだこれ!」
門番の男たちは、わたしを不気味がって距離をとる。
わたしは構わず、開かれている門の内側へと入っていく。
「お、おい待て………」
「邪魔」
わたしは男に向かって黒い球を放った。
非常にゆっくりで、ヒョイと簡単に避けられるものの、怖がらせるのには十分だったようで、男たちはもうわたしを止めようとはしなかった。
街にはすでに往来があり、わたしのことを全員見てくる。
黒髪で、しかも凄まじい怪我を負っているともなれば、珍しいだろう。
「おい、あいつだ!」
「あの時逃がした悪魔の髪だ!」
その声で前を見ると、そこにはあの時、わたしを追ってきたあの連中のうち何人かがいた。
丁度いい。こいつらも目障りだ。
「なんでこんな怪我してるか知らんが、好都合だ。黒髪らしい報いってところか?」
にやにやとしながら縄を持って近づいてくる茶髪の太った男に。
「死んじゃえ」
わたしは、自分のオーラを浴びせた。
「ん、なんだ………うおおっ!?」
オーラは太った男の体を包み込み、蝕むように男の体に吸い込まれていった。
だけど男は、咄嗟にオーラから抜け出して、わたしの手から逃れてしまった。
「な、何だったんだ今のは……まさか、魔法?」
「はは、まさか!黒髪が魔法を使えないなんて子供でも知ってるじゃないか。どうせなんかのハッタリだよ」
「そ、そうだよな。……でもなんだったんだ今の、背筋がぞわってして、大切なものが抜けていくような感覚は」
なるほど、わたしのオーラは思ったよりも弱いらしい。
おそらく死を与えるというよりは、寿命を短くするとか、そういう類いの力なのだろう。
まあどっちでもいい。やることは変わらない。
なるべく多くの人間を、この力で道連れにしてやる。命を奪ってやる。
そして最後は、あの3人を殺す。
その時が楽しみで仕方がない。
わたしが決意を新たに一歩進み、再びこいつらをオーラで包んでやろうとすると。
―――ガラガラ。
門の方角から大きな音がした。
反射的にそちらを振り向くと、その音の正体が分かる。
馬車だ。2頭の綺麗な馬が、綺麗な装飾をされている車を引いている。
(貴族?)
だとしたら面白い。
貴族を、生まれただけで人生勝ち組の連中を殺したとなったら、わたしはどれほど満たされるだろう。
考えただけで笑いがこみあげてきそうだ。
だけど、さすがにこの怪我じゃ、いや怪我がなかったとしても、馬車には追い付けない。後回しか。
しかし、なんと。
馬車はわたしたちのすぐ近くで停止したのだ。
貴族の戯れだろうか。黒髪の物珍しさ?それとも群衆が集まっていたことに対する興味?
なんでもいい。どんな奴かは知らないけど、その命を奪ってやる。
「あの紋章、ティアライト家だよな」
「ああ、そして今外に出てて、今日帰って来たってことは……」
「あの方か!」
馬車の扉が開くのが辛うじて人の隙間から見えたけど、衆愚に囲まれているわたしは、その貴族の姿を知ることはできない。
だけどもうすぐだ。もうすぐ、わたしに命を奪われる奴がこっちに来る。
「お、お嬢様!なんなのかは分かりませんが、馬車にお戻りください!」
「平気よ、大げさね。ああ、ちょっと通してくださる?」
お嬢様。俗に言う貴族令嬢か。
一体どんな―――。
わたしの愚かな思考は、その時に吹き飛んだ。
「!……黒髪、ですって」
わたしの目の前に突如現れ、驚いた顔をする少女。
見た目はわたしと同じ5、6歳くらいの年齢に見える。
まず彼女を見た者は、真っ先にその髪に目を奪われるだろう。
彼女の髪色は、金色だった。
赤、青、緑、茶、それ以外の髪色が劣等髪と呼ばれ差別されるこの世界。
だけど、四色の髪色と劣等髪のほかにもう1つ、例外が存在する。
それが『金髪』。黒髪と並んで希少であり、しかし黒髪とは真逆に、吉兆の証とされる色だ。
それだけではない。金髪は光魔法と呼ばれる、世界最強の魔法を行使することができる。
炎も水も風も土もひれ伏すその属性は、攻撃に転じれば防御不可能の光線となり、防御に転じれば、全魔法で唯一『治癒』の力を持つと伝えられている。
黒髪とはあらゆる意味で真逆の存在だ。
しかし、今のわたしにとっては、それすら2の次になるほどに、打ちのめされていた。
自分の愚かさを恥じ、人を殺そうともくろんでいた自分を憎んだ。
なぜなら彼女は、あまりにも美しすぎた。
猫のような目、金髪にこれ以上なく合う碧眼、碌に洗えないぼさぼさな自分の髪と違い、非常にきれいでまっすぐな髪。
だけど、その顔には、子供とは到底思えない力があった。
絶対的なカリスマ性。生まれながらにして人を惹きつけ、扇動し、すべてを支配するに足る器。
一瞬見ただけで理解した。
彼女こそが王だ。この世界の頂点に立つべき、絶対的存在だ。
きっとそれには、わたししか気づいていない。否、彼女とあまりにもかけ離れすぎている自分だからこそ、気づいたのかもしれない。
格が違いすぎる。少なくとも彼女は、わたしが……自分の運命に嫌気がさし、自暴自棄になり、結果として人の命を奪おうとつい数秒前まで考えていた醜い自分が、傷つけていい存在ではない。
美しすぎる。生物として完成しすぎている。
気がつくと、わたしはその場にへたり込んでいた。
傷の痛みも忘れ、オーラもいつの間にか消えていた。
そして彼女に注目されているのだと気づいた時。
わたしの口から咄嗟に出た言葉は。
「や、やめて……見ないで、ください……!」
どうしようもなく情けない、懇願だった。
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