第8話 違和感

「む、無理ですよ!わたしはまだ幼いし、武器も無いし足手纏いだし!」


「大丈夫、僕たちが何とかするさ。決して成功率が低いわけじゃない。それにここにいたって、魔物の餌になる可能性高いんだよ?」


「うぐっ」


 わたしは考える。

 現在の状況から自分を鑑みて、ここに残ると死ぬ可能性が高い。

 だけど、洞窟の中に入っても死ぬかもしれない。

 前門の虎後門の狼とはまさにこのこと。ならば極力リスクが少ない方を選ぶしかない。

 一体どうすれば―――


「ここに残ってもいいけど、万が一魔物に見つかった時、逃げ場所がこの洞窟しかないよ」


「結果的に入ることになる可能性が高いんだし、なら我々についてきた方がいいんじゃないか」


「………そうします」


 迷った末、わたしは入る方を選択した。


「じゃあ行こうか!」


「は、はい」


 チクッ。


「……?」


「どうしたんだい?」


「あ、いえ」


 何だろう、今の感じ。

 重要なことを見落としているような。

 魚の小骨がのどに刺さったかのような違和感。

 ……気のせいだろうか。



***



「いやあ、失敗しちゃったなあ。だけど君は頭がいいみたいだし、何かアドバイスとかがあったら遠慮なく言ってくれ」


「は、はあ」


「大丈夫だ、俺たちがいるからな」


 自分でもわからない違和感に疑問を持ちつつも、わたしたちは洞窟の中を進んでいく。

 途中で魔物に出会うこともなく、灯りを頼りに前へ、と思ったんだけど。

 わたしたちにはあまり必要なかった。


「あ、この先が坂になってます。気をつけてください」


「本当だ。……なあ、君は何で照らされている場所より遠い場所が見えるんだ?こんな真っ暗闇なのに」


「さあ。何故かはわからないんですけど、普通に見えるんです」


「暗視能力が高いのかしら?でもここまでのレベルって、一流でもいないんじゃ………」


 何故なら、わたしがどういうわけか暗闇を見通せるおかげで、灯が足元の観察くらいしか役に立たないからだった。

 自分でも驚くほどに。少なくとも、日が沈みかけたくらいの時間帯と同じくらいには見える。

 他の3人には見えていないということは、本当にわたしだけなんだろう。


「これはいいな。普段ならもう少し慎重に進まなきゃいけないんだけど、君がいてくれて助かった」


「お役に立てて何よりです」


「思わぬ拾いものって感じね。頼りにしてるわ」


「はい!」


 なぜこんな目があるのかは知らないけど、人の役に立てるのは素直に嬉しかった。

 今まで、人の役に立ったと自覚したことなんてほとんどなかったから、感謝されるということ自体が新鮮だった。

 自然と笑みがこぼれる。

 けど。


 チクッ。


(……まただ)


 なんなんだろう、この感覚は。

 こうして話している間にも、わたしの中の違和感はどんどん膨れ上がっていく。


「おーい?」


「え?……あ、すみません」


 いけない、今は前に集中しなければ。


「この先、道が分かれてます。どっちでしょうか?」


「左だ」


「地図があるんですか?」


「いや、聞いたんだよ。傭兵組合の人にね」


 なるほど、組合か。それなら納得―――


 チクッ。


 次第に大きくなっていく違和感。

 さすがに無視できないほどに膨れ上がったそれは、わたしの中で渦巻き、歩きながらもわたしはその正体を考えざるを得なくなった。


 何故、わたしはこんなにももやもやした感情を抱いているのだろうか?

 この3人はいい人たちだ。それは確か。

 初めて会った時にわたしが素直にこの人たちの言葉に従ったのは、直感で彼らが善人だと感じ取ったからだった。

 前世からのわたしの得意技。

 親や借金取り、詐欺師、その他いろいろな人の悪意に触れすぎたせいで、わたしは他人が純粋か不純か、そしてその人の言葉が嘘か本当かが分かる。

 その長年培った勘は、彼らは善人だと告げている。

 なのに、なんでわたしはこんなにも彼らを疑っているんだろう。

 思い出してみよう。彼らの言葉を。

 記憶力には昔から自信がある。



『黒髪の嫌悪って本当に根強いわね』


『あいつらは大方、君が街に近づいたって話を聞いて、街に不吉を呼ぶ気だとでも思って君を捕まえようと躍起になっていたんだろう』


『物語の悪役、イコール黒髪は悪いやつって、みんなに刷り込まれちゃってんのね』


『万が一失敗しそうになっても秘策がある』


『この辺って中型の魔物が結構出るのよ』



 思い出す。昨晩から今日にかけての彼らとの会話の記憶を。

 考える。何故こんなにも違和感が大きくなっていくのか。

 彼らは、わたしに嘘はついていない。人の嘘を見破るのもわたしの得意技の一つだ、それは多分間違いない。

 だけど、嘘を言ってない=真実、とは限らない。

 回答の趣旨を微妙にずらすことで、嘘をつかずとも真実をごまかす術はいくらでもある。

 それ以前に、重要なことを隠して言わないという選択肢もある。


 黒髪についての説明は、おそらく間違っていない。

 嘘をついているようには見えなかったし、隠したってどのみち知られるんだから意味がない。

 じゃあ違和感の箇所はどこだ。

 記憶を探って、おかしな点を探っていく。

 そして。




「よし、この先に………あれ、どうしたんだい?」


「お腹でも痛いの?」


「大丈夫か?」


「あの、皆さん」


 その答えにたどり着いてしまった。


「わたしを、どうする気なんですか?」




 ***




「どうする気って、一体どういう意味」


「考えたんです。なんで皆さんが、わたしを庇ったのかって。なんで見ず知らずのわたしをあんな風に助けてくれたのかって」


「それはもちろん、放っておけなかったからよ」


 彼らは、そう言って困惑の表情を浮かべている。

 だけどわたしは気づいた、その表情に、僅かな焦りがあることを。


「最初に違和感を感じたのは、今日のお昼にお兄さんが言った言葉です」


 ―――あいつらは大方、君が街に近づいたって話を聞いて、街に不吉を呼ぶ気だとでも思って君を捕まえようと躍起になっていたんだろう。


「そんなこと言ったね。だけどそれがなんだって」


「なんで、わたしが街に近づいたって知ってたんですか?」


 お兄さんの言葉を遮り、わたしは言葉を続ける。


「いえ、それ以前に、なんでわたしを追っていたあの人たちが、あの街の住民なのかを知っていたかって話になります」


「そ、そりゃあの近くにはあの街しかないからさ。格好も制服じゃなかったし、そう思うのは当然だろう?」


「じゃあなんで皆さん、あんなところで野宿をしてたんですか?」


 疑いだすと止まらない。

 考えてみれば、おかしな点はいくつもあった。


「あんなに近くに街があるのに、宿泊しないなんておかしいじゃないですか。泊まるお金がなかったってわけじゃありませんよね。腰に結構ずっしりしたお財布がありますし」


「そ、それは」


「皆さんは、あの検問所の近くにいた。そしてわたしが追い返されるのを見ていた。それもわたしの記憶にないということはおそらく門の内側に、つまり街の中にいた。じゃあなんであんな森の中で野宿を?お金があるのに。次の日は仕事があるなら、あんな街の近くで野宿せず、暖かい布団で寝たいというのが普通の心情のはずなのに」


「………」


「傭兵の組合があるって言ってましたよね。地図も見せてもらったって。それってあの街のですよね。だってお兄さん、『近くにはあの街しかない』って言いましたから」


 彼らの表情が変わっていく。

 気まずさ、焦り、驚愕。それは話を進めていくうちに色濃くなっていく。


「さらに言えば、中型の魔物がでるってあの話、あれも多分嘘ですよね。いえ、嘘というよりは、真実を大げさに話した、という方が正しいでしょうか」


「………!」


 ―――この辺って中型の魔物が結構出るのよ。


「『結構』って便利な言葉ですよね」


 もし仮に、出る頻度が1か月に1度とかでも、「この辺りにしては出る」という意味なら『結構』になる。

 それが結果的に、「かなりの頻度で中型の魔物に出くわす」という意味でとられかねない言葉になったとしても、嘘は言っていない。


「ついでに言えば、お兄さんが言った『十中八九、食べられると思う』って言葉も。嘘は言っているように見えなかったけど、それは多分『もし仮に出くわしたら』って枕詞をあえて省略したんですよね」


 だけどお姉さんの言葉のせいで、『ここから帰ろうとしたら十中八九食べられる』という意味だと解釈してしまった。


「もしかして、皆さんはわたしのことを待ち伏せていたのでは?全てわたしをこの洞窟に連れてくるために。多分、街の人たちにわたしの存在を吹聴して、焚きつけたのも皆さんですよね。それから大急ぎで回り道して、あの洞穴に陣取った」


子供は変なところで勘が良い。

多分、だから嘘をつかなかった。わたしに何かを察知されることを恐れて。


「もう一度聞きます。わたしをどうする気なんですか?答えてください」

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