第7話 黒髪の差別
「ふぁぁ」
香ばしい匂いで目が覚めると、寝ている人影が2つ、起きて鍋で何かをかき混ぜている影が1つあった。
「起きたんだ。おはよう」
「おはようございます。昨晩は本当に助かりました」
鍋でスープを作っていたのは、いかにも魔法使いという感じの格好をした、茶髪のお姉さんだった。
「もうすぐできるけど、食べる?」
「いただいてもいいんですか?」
「こんな小さい子1人だけ食べさせないわけにいかないでしょ」
そう言って、お姉さんはわたしにお椀を差し出してきた。
「ありがとうございます」
「ええ。ほら、あんたらもさっさと起きて!」
「う、ううん……」
「うう……」
お姉さんの大声で、寝ていたお兄さんと巨漢さんもゆったりと起き上がり、お椀を受け取っていた。
「お、今日は豪華だな。肉が入ってる」
「たまにはね」
味は薄味だったけど、野菜が多くて栄養が多く、それでいてゴロっとした肉が入っている。体力をつけるためには理想的な朝食だった。
「味はどう?」
「美味しいです。温かい食べ物って久しぶりに食べました」
「そう。よかった」
一瞬。
ほんの一瞬、お姉さんの笑顔が陰ったような気がしたが、瞬きをするうちに元に戻っていた。
きっとわたしの勘違いだろう。
「君に話さなきゃいけないことは結構あるけど、移動しながらでもいいかな?僕たちの目的地は、ここから少し離れていてね」
「わかりました」
朝ご飯を食べ終わると、彼らはすぐに準備を始めた。
武器を手入れして、荷造りをし、各自で背負う。
わたしは荷運びの手伝いをして、3人と一緒に歩き始めた。
「えっと、君は黒髪についてどこまで知ってるかな」
「魔法を使えない劣等髪の中でも特に希少で、それでいて不吉の証とされていて、いると知られれば大の大人たちが血相変えて捕まえようとしてくる、というくらいしか」
「なるほど。まず昨日の男たちの話をしようか。彼らは普通の街の住民さ。昼は普通に働いてる。だから日が出ているうちは君を追えないんだ」
昨日、朝になればあいつらも諦めると言っていたお兄さんの言葉はそういうことか。
「けど、なんで普通の人たちがわたしを追うんですか?衛兵とかならまだわかりますけど」
「そこに気づくなんて、本当に君は賢いな。まあでもそこは深い事情があるわけじゃない。彼らが必要以上に黒髪を恐れているだけさ。怖いから排除しようとする、人間としてはありきたりなことだ」
「恐れるって不吉の証だからですか?」
「その不吉の証っていうのも、迷信だって言う人も今じゃ少なくないんだけどね。僕らもそう思っている口だ。だけど、それを信じないやつらだっているってわけだよ。あいつらは大方、
少しゾッとした。
そんな連中に捕まっていたとしたら。
「ほ、本当に匿ってくださってありがとうございました」
「いやいや」
「あの、それで黒髪はなんでそんなに嫌われているんですか?」
「さあ?」
さあって。
「まあ、子供のころに親に読み聞かされた絵本の悪役は、大体が黒髪だったね。けどその由来は誰も知らないんだ」
「ええ………」
「物語の悪役、イコール黒髪は悪いやつって、みんなに刷り込まれちゃってんのね」
納得いかない、と言いたいところだけど、残念ながら前世のことを思い出すと割と納得できてしまった。
人種差別、マイノリティへの侮蔑。
差別対象になっている人がどんなにまっとうに善行を働いても、「その人だから」という理由で悪行や愚行と決めつけられ、弾圧される。
こっちの世界もあっちの世界も、そういう意味では変わらない。
だけど同時に、この人たちのように見かけや評判で人を判断せず、内側を見てくれる人だっている。
その事実が、わたしにとってはとても嬉しかった。
前世では、わたしを気にかけてくれる変わり者なんていなかったから。
「……い。おーい」
「あっ……す、すみません。ボーっとしてました」
「大丈夫かい?ショックなのはわかるけど」
「いえ、むしろ黒髪を嫌わない人たちも意外といるって知ってちょっと助かりました」
街の近くでわたしが受けた反応から、差別は根強いんだろう。
けど、そんな中でもわたしを見てくれる人が必ずいる。
そこに、わたしが生きる意味を見出すことが出来るかもしれない。
「まあ、髪色至上主義はこの王国の悪しき風習と言っても過言じゃないから」
「お隣の共和国連邦とかはそういうのもうほぼ無いのに古いわよね」
「おい、話は一旦中断してくれ。着いたぞ」
前方を歩いていた巨漢さんの声が聞こえて、わたしたちは立ち止まった。
少し横にずれて前を見ると、少し開けたところがあって、そこに洞窟があった。
「ここがキリング・サーペントの巣か」
「ああ」
なんて物騒な名前。
「確認するぞ。今回の目的は蛇の討伐じゃない。その卵を持ち帰ることだ。奴は夜行性だが、感覚が鋭敏でちょっとした違和感でも起きかねない。そして襲ってきたら最後、今の俺たちの実力じゃお陀仏だ」
「えっ!?」
「わかってるわよ」
「承知の上だ」
傭兵だという話を聞いた時から何かしらの戦闘職に就いているとは思っていたけど、そんな過酷なことをやらなきゃ生きていけない職業なのか。
「えっと。それ、大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫さ。出来るだけ気配を殺し、ゆっくりゆっくり進んで、卵を一つだけいただくだけだよ。万が一失敗しそうになっても秘策がある」
あまり使いたくない秘策だけどな、と言って、お兄さんは苦笑いした。
「本当はこれ、もっとベテランの傭兵が受けるような高難易度依頼なんだけどね。実はちょっとまとまったお金が必要で、じゃあこの依頼を受けようってみんなで話し合ったの」
「そういうことだ。万が一誰かが欠けても、それは自分で決めた道。恨みっこなしだ」
傭兵というのは戦うことを生業とする仕事の意。
なるほど、魔物という存在がいるこの世界では傭兵が戦う相手は人間とは限らないというわけだ。
成り行きでここまでついてきてしまったけど、わたしはこれ以上先に進むべきじゃない。
ここから先はプロの領域だ。寂しいけど、この3人とはここでお別れか。
「えっと、じゃあわたしはこれで。色々教えてくださってありがとうございました。わたしにできることは何もありませんが、せめて皆さんの無事を祈っています」
「え?」
「へ?」
「ん?」
「え?」
……?
なんだか変な空気になった。
「……あー、しまった!そうか、うっかりこの子を連れてきてしまった!」
「え?え??」
「まずいな。このまま放っておくわけにもいくまい」
??
話が見えてこない。
「えっと、どうかなさったんですか?」
「そのね。すごく言いにくいんだけど。この辺って中型の魔物が結構出るのよ」
「へぇ、そうなんですか。それは大……へ……ん……」
それはつまり、この辺を女の子が歩いていたら。
魔法も使えない、非力で鈍い5歳の小さな子が歩いていたら。
「十中八九、食べられると思う」
「なんですって」
「どうするの?森の外まで送り届けてから行く?」
「ダメだ。依頼の期限は今日までなんだ、森を往復していたら時間が足りない」
「だが、ここに置いていくわけにもいかん」
3人は困り果てたように相談を始めた。
わたしはどうすればいいかわからず、立ち尽くしていた。
そして。
「もう、これしかないよな」
「仕方ないわね………」
「異論はない」
「ねえ。僕たちと一緒にこの洞窟に入ってくれないか?」
サラッと恐ろしいことを言い出した。
(以下後書き)
今日明日、おそらくいつもの時間プラス18時過ぎくらいにも投稿します。
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