第6話 悪魔の髪
「はあっ……はあっ……」
「くそっ、どこに行った!」
「不吉を呼ぶ悪魔の髪持ちめが!」
わたしは必死に夜の森の中を駆けて、小さな体を利用して隠れながら走っていた。
「きゃっ!」
「いたぞ、こっちだあ!」
「てこずらせやがって………」
日も落ちそうになり、寝ようとした矢先に何故かいきなり10人くらいの男たちが現れ、わたしを捕まえようとしてきたので逃げているところだ。
見たところ別に騎士とかそういうのではない気がするけど、この森にはそこそこ詳しいのか度々回り道をされたりして、とても逃げにくい。
更になまじ前世の記憶があるせいか、体が思うほどうまく動かない。
ついに何かにつまずいて転び、その音で明かりを持った男たちがこっちに追いついてきた。
「くうっ」
「逃がすな、絶対に捕まえろ!」
松明やランタンの光が一斉に集まってくるのを見たわたしは、慌てて木の幹に開いていた穴の中に隠れた。
息を殺し、大きく鳴る鼓動の音を鎮めようと体を丸める。
「いたか!」
「いや、見失った………くそっ!」
「まだ遠くには行ってないはずだ。探し出して何としても捕らえろ」
「おう!」
この暗がりで、ランタンの明かりだけでこの穴を見つけるのはさすがに無理があったようで、男たちはわたしに気づかずに散らばっていった。
暗闇に目が慣れていたのか、昼間のようにとはいかないものの、かなり鮮明に夜の森の中を見通せたおかげで、わたしはまた命を拾ったようだ。
「……ふう」
しばらくはここにいた方がいいか。
少なくとも、あの男たちの気配が消えるまではここで大人しくしていよう。
しかし、何故わたしは襲われたのだろうか。……いや、理由は明白か。
わたしは自分の肩にかかる、無駄にサラサラした黒い髪をすくい上げ、ため息をついた。
彼らは、わたしを悪魔の髪を持つと言っていた。
考えるまでもなくこの髪、不吉を呼ぶとされるこの髪色のせいだろう。
わたしの想像よりも遥かに、黒髪というのは忌み嫌われているのが分かってしまった。
しかし、昼間は追い返されるだけで済んだのに、夜近くになったら追いかけまわされるとは、一体どういうことか。
いや、そこは今考えることじゃない。今は逃げることを優先しなければ。
幸い妙に夜目も効くし、夜のうちにここを離れてしまおう。
夜行性の獣がいるかもしれないけど、あの人間たちに見つかって捕まるよりは、肉食獣に食われる方がマシな最後になるのではないかと、わたしの本能が告げていた。
(明かりも小さくなっているし、かなり離れてる。動くなら今か)
決断すると、わたしは穴を飛び出し、極力伏せて小さな体をさらに縮めて走った。
なるべく音をたてないように、やけに見通しが効く目を利用しつつ、街とは反対方向へと向かった。
これだけ離れれば―――、
「おい、そっちで何か動いた!奴かもしれない!」
「っ!?」
慌てて声のした方向を振り向くと、そこには緑色の髪色をした中年の男が私のいる方向を指さしていた。
一体どうやって。あっちはまだ、わたしが見えてすらいないはずなのに。
いや、待て。緑色の髪ということは、あの男は風魔法の属性。
つまり―――!
(空気の流れを読み取って、動くものを探知しているのか!)
奴隷商人の中にも、似たような魔法でわたしたちの動向を張っている奴がいた。
仮にあの男もそうだとしたら、逃げ切る難易度が途端に高くなる。
探知範囲は術者の力量によるけど、この距離からわたしの動きが分かるなら、この子供の体じゃ範囲外に出ることすら難しい。
ここまでか。
そう思った瞬間。
「君、こっちだ!」
息をひそめた声がわたしにかけられた。
***
「おい、どこにいるんだ!」
「ここだ、確かにここの洞穴に……って、あれ?」
わたしは再び息を殺し、隠れていた。
「おいおい、どうしたんだ。そんなに大人数で血相変えて」
「何かあったの?」
「お、おお。あんたら傭兵か?ここに悪魔の髪の子供が来なかったか?」
「悪魔の髪って黒髪のことか?冗談よしてくれよ、こんなところにそんなレアな奴がいるわけないだろ」
「そうよ。見間違いじゃないの?」
「いや、本当なんだって!この洞穴に走っていくのを感じ取ったんだが」
「感じ取ったって《
「今晩のご飯にしようかって話してたところだったんだ。よければあんたらもどうだ?」
「い、いや、遠慮しておくよ。とにかく俺たちはここらにいるから、悪魔の髪を見つけたら知らせてくれ」
男たちはそう言って洞穴を去っていった。
しばらくして、わたしに声がかかる。
「おい、もういいぞ」
わたしは洞穴の中に一つだけ置かれた箱の中から這い出て、長らく抑えていた呼吸を思い出すべく深呼吸をした。
「ぷはっ。た、助かりました。どなたか存じませんが、ありがとうございました」
「お、おう。随分と礼儀正しい子だな」
わたしは、ここにいる三人の人たちに、あの男たちから助けられた。
彼らが洞穴からわたしを手招きして、箱の中に匿ってくれなければ、今頃わたしは捕まっていた。
「しっかし、本当に黒髪なのね。まさか生きているうちにお目にかかれるとは思わなかったわよ」
「ああ、本当に驚いた」
赤い髪で腰に剣を刺している男の人に、背に大きな斧を背負う緑色の髪の巨漢。
そして、杖を持った茶髪の女性。
さっきの会話を聞いている限り、傭兵というやつらしい。
「安心してくれ、僕たちは君に危害を加えるつもりはない。怖い思いをしただろうね、これでも食べてくれ」
赤髪のお兄さんは、わたしに小さなパンを渡してくれた。
節約するために碌に食事をしていなかったわたしは、遠慮しながらもそれを口にした。
「す、すみません。助けてもらった上に食べ物まで」
「気にすることはないよ。しかし、君みたいな小さい子がどうしてこんなところに?お父さんとお母さんは?」
「……父と母は、わたしを売りました」
ここまでの経緯をかいつまんで説明する。
「それで、何故か追われることになってしまって」
「なるほどね。辛い思いをしたんだな」
「黒髪への嫌悪って本当に根強いわね。まさか実の親に売られるなんて………」
「まだ幼いのに哀れな。気持ちを推し量ることはできないが、これでも食べて元気を出してくれ」
巨漢のおじさんに差し出されたスープをお礼を言ってすすり、飲み終わると同時にわたしは話を切りだす。
「あの、そういうわけでして、わたしは世の事情に詳しくないんです。差し支えなければ、この世界で黒髪、というか劣等髪がどれほどの迫害を受けているのか教えていただけませんか?」
「ああ、それくらいなら話すさ。だけど明日にしないか?君ももうフラフラのようだし、僕たちも明日は仕事があるからね」
言われてようやく、わたしは体に力が入らないことに気づく。
張りつめていた気が弛緩して、力が抜けたみたいだ。
「えっと、ではお言葉に甘えて」
「ああ。そこの毛布を使ってくれて構わないから」
わたしは回転が遅くなり始めた頭を抑え、ふらつきながらも指さされた毛布を被った。
目を瞑ると、間もなく一気に疲れが押し寄せ、わたしは一瞬で深い眠りに落ちた。
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