第3話 転生
強い雨が降っていた。
雷も鳴っていて、今にも洪水が起きそうな強い雨。
倒れるわたしの周りには、いくつかの物が転がっていた。
例えば、さっきまでわたしが乗っていた馬車の残骸。
例えば、馬車の中に入っていた大量の物品。
例えば、崩れた岩。
例えば、転落した馬の死骸。
例えば、さっきまで私たちを苦しめていた奴隷商の死体。
例えば、さっきまでわたしと一緒に運ばれていた奴隷たちの遺体。
そう、わたしたちは崖から転落した。
痛む頭をこらえて起き上がり、辺りを見回してみたけど、どうやらわたし以外に生きている人はいない。
わたしだけは申し訳程度に置かれていた座布団がクッションになって助かった。
奴隷として生きることになりかけていたわたしは、意図せずして助かったわけだ。
そして今さっき、頭を強打したことで思い出したことがある。
それは、わたしが転生者だということだった。
かつて、図書館で少しだけ異世界に生まれ直した人たちのサクセスストーリーを題材とした小説を読んだことがあった。
その小説に照らし合わせるなら、不幸な生い立ちをした人は、転生すれば凄い能力を手に入れて、幸せな日常を手に入れられるというものらしい。
けどわたしはそうじゃなかった。
もしかしたらわたしは、何かの理由で、神様に嫌われているのかもしれない。
わたしは、この世界に生まれてすぐに親に売られている。まるで前世での続きとでもいうように。
奴隷商に買われた後も、私は1人で生きてきた。他の奴隷ですらわたしに近づこうとはしなかった。
理由は簡単。私の髪が、黒髪だったから。
辺りを見渡すと、奴隷商と奴隷たちを合わせて、12人の人間がいる。
顔立ちこそ全く違うけど、共通点はあった。
それは、髪色が4色のうちのどれかということ。
この世界には、魔法という文化がある。
神に与えられた才能と言われ、この世界のほぼ全員が、魔法の才能を持つ。
そして、魔法の才能は四大元素に基づく属性が決められていて、才能は『髪色』で判断される。
赤髪は炎。青髪は水。緑髪は風。茶髪は土。
だけど極まれにこれ以外の髪色の人が存在し、その人たちは魔法の才能がないとされている。
水色、黄緑色などの、一見四大元素っぽい髪色でも、いくら訓練しても魔法が使えない。他にも、白髪やピンク髪なんかもダメ。彼らは『
そして黒髪は、劣等の中でも最悪、不吉を呼ぶ髪と言われているそうだ。
魔法も使えず、ただ不幸を運ぶ存在。だからこそこの世界のわたしの親は、生まれて間もないわたしを名前も付けずに売った。
ただでさえ劣等髪の髪色が生まれる可能性は低い。さらに黒髪はその中でも極めて珍しく同時期に世界に2人生まれた事例はないそうだ。
そんな最悪の確率を引き当てるなんて、貧乏くじもいいところだ。
「痛たた………」
全身の痛みをこらえて、その場で立ち上がる。
そして考える。わたしがこれから生きていく方法を。
奴隷商は、この世界における最低限の常識は教えてくれていた。
黒髪で、どこにも買い手がつかないであろうわたしにも教えていたということは、おそらくわたしは髪を丸刈りにされるか、適当に染めるかされて売りに出されることになっていたんだと思う。髪色を偽るのは、この国じゃ問答無用で死刑になるほどの禁忌だけど。
とにかく黒髪である以上、わたしはどこに行ったって冷遇される。
かといって、ばれたら即死の染髪に踏み切る勇気はない。
「まずは、人が住んでいるところを見つける。そして、黒い髪がどれだけ冷遇されているのかを判断する。そして………」
見つけなければいけない。
わたしの生き方を。
生まれながらに背負った、黒髪というハンデ。だけどそんなもの、前世で受けてきた恐怖や痛みに比べれば、きっとなんでもないものだ。
だからわたしは自分の、自分のための幸せな未来を見つける。
きっと、この決意を固める気持ちこそが、わたしがかつての記憶を取り戻した理由だ。
ということは、まずやるべきことは決まっている。
何はともあれ、お金や食べ物がなければ何もできない。
「………ごめんなさい」
わたしは謝りながら、周囲に散らばっている荷物や遺体を漁った。
結果、少量の食べ物と水、そして奴隷商が持っていたお金が手に入った。
お金の価値とかは教えられていないけど、銀色のものと銅色のものが混ざっている。
それをもらって、ついでに服も布切れを張り合わせたようなものから、積んであった多少マシなものに着替えた。
前世での悲惨な過去のことは、もう極力忘れよう。
こんな大事故でわたしが助かったのは、『もう好きに生きろ』っていう啓示なのだと思おう。
前世ではどうしようもない親に売られかけて自殺して。
今世ではまるで前世の続きとでもいうように親に売られ、奴隷として生涯を送ることになりつつあった。
自分でも思う。「もういいんじゃないか」と。
希望のない日常はたくさんだ。
掴む。人としての暮らしというものを。
そしてわたしは、馬車が通ってた道筋を頼りに歩み始めた。
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