第4話 死と人形
(なんて、我ながら恥ずかしいことを考えたりしてましたね)
自分の生き方を見つけるというのが、10年ほど前のわたしの目標だった。
だが今をそれなりに生きている現在のわたしだから言えることだけど、随分と的外れなことを考えていた。
神なんてあてにならないし、世界はわたしの味方じゃない。それは最初から分かっていた。
黒髪に生まれた時点で虐げられることは確定していたんだから、未来に希望なんて抱いている暇はなかったはず。
にも拘らず、中途半端にそこらの人間をホイホイ信用したから
まあ……あれが結果的にノア様の目に留まったから、わたしは今ここにいるわけだけど。
「クロ、ボーっとしてる」
「え?ああ、すみません。ちょっと昔のことを思い出してて」
わたしとステアは、木々の間を潜り抜けながら目的地へ向かっている。
ステアは運動神経が皆無なので背負って進んでいた。
……軽いなこの子。ちゃんと食べさせているはずなのに、全部頭脳にいってしまうんだろうか。
「昔の、こと?前世の、異世界のお話?」
「いえそっちではなくて。まあそっちも少しありますが、ノア様に拾われた頃の話ですよ」
「ああ」
ステアは納得とばかりにわたしの肩をぎゅっと掴んだ。
「私も、よく思い出す。お嬢に、拾われてなければ、私はもう、死んでた」
「わたしもですよ。いえ、ノア様の側近は1人除いてそんなものでしょう」
感情表現が苦手なステアが、ノア様の話をするたびに少し顔を赤らめて口を吊り上げる程度には、ステアにとってノア様は大切な人らしい。
わたしも、あの御方のことは命よりも大切に思っている。
それはわたしだけじゃない。わたしの仲間は、全員どんな形であれノア様に人生を救われた者たちだ。
だから、あの御方の無茶な命令もこうして聞いているんだから。
「おっと、見えてきましたよ。ステア、最初はわたしが交渉しますので、少し下がっていてください」
「ん」
林を抜けると行軍していた数百の部隊が見えた。
わたしは先頭より少し先に着地。ステアを降ろして向き直る。
こういう時は、大抵一番前にいる人がそれなりに強くて偉い。こうするのが一番効率的だ。
「申し訳ありませんが、少々進軍停止願います」
「………誰だ貴様ら」
先頭は、青色の髪の歴戦の戦士といった雰囲気のおじさんだった。
彼は2人だけで出てきたわたしたちを警戒したのか、歩みを止める。
「ご賢明な判断をありがとうございます」
「王国の手のものだな?たった2人で、しかも女子が出てくるとはどのような意図だ。要件を言え」
「では、回りくどいことは我が主が好まないため、率直に。今すぐ撤退してください。そうすれば命は取りません」
わたしは親切にそう言った。
しかし青髪の男は、青筋を立ててこっちをにらんでいる。
「小娘。まさかとは思うが、貴様らだけで我ら500の兵を相手にすると?」
「はい」
「そして勝てると踏んでいるのか?」
「全滅させろというのが我が主の命なもので。ただ、撤退するなら別にいいかなと。あの御方も命の危険がないとなれば納得するでしょうし、私なりの親切心です」
「……ダウト。クロ、面倒くさいだけ」
「ステア、ちょっと黙っててくれますか?」
「……黒髪と、水色髪?」
青髪の隣にいた、参謀らしき男がわたしたちの名前を反芻した。
直後、一気に顔が青ざめる。
「く、黒髪………黒目………黒いローブ………金色の髪飾り………。そ、それに、水色の髪に、紫の目、水色のコート、金色のチョーカー、それにあの気味の悪い人形………!」
「た、隊長。こいつらあの、ノアマリー・ティアライトの側近です!半年前、ゼラッツェ平野の戦いでたった5人で10000人以上の帝国兵を壊滅させた、劣等髪でありながら未知の魔法を使う魔術師、そのうちの2人ですよ!」
どうやら、わたしたちのことを知っていた人がいたらしい。
それよりまずいな。ステアに言ってはならないことを言った。
「隊長、あいつらはまずいです、得体が知れない!一旦ここは」
「《
これがこの男の最後の言葉だった。
男は馬から滑り落ち、がくがくと痙攣し、そして動かなくなった。
その顔は、この世のすべての恐怖を煮詰めたものを見たような、恐怖の顔で歪んでいた。
ショック死。たった一瞬で無限とすら思える時間地獄のような悪夢を見せられ、生を手放した。
ステアの魔法は、こういった他人の意識を操ることに長けている。
「……ステア、何てことしてくれたんですか。まだ僅かに撤退しそうな雰囲気あったのに、こっちから仕掛けちゃったら相手も引けなくなってしまうでしょう」
「先に仕掛けたの、あっち。ゴラスケ、気味が悪いって、言った」
「いやそれはあいつが悪いですけど、忍耐力とかあるじゃないですか」
「友達を侮辱した。ギルティ」
「ああもう、この子は……」
あの男も運がない。ステアがノア様への侮辱以外では最も嫌うその言葉を、初対面で言ってしまうとは。
しかも、たぶんこれで……。
「フン、やはりそういう魂胆か!だが未知の魔法を使うというのは確かなようだ。どのような手段で魔法を使えるようになったかは知らぬが、貴様らを殺せれば我が部隊の株も鰻登りよ!皆の者、作戦は変わらぬ!こいつらを殺し、ノアマリー・ティアライトの首を陛下に献上するぞ!」
「「「オオオオオオ!!」」」
まあ、こうなるだろう。
しかし、本当に命知らずな。
「……ステア。こいつら今なんて言いました?」
「お嬢を、殺すって」
「つまりこいつらは?」
「死刑」
「はい、よくできました」
私たちの前で、ノア様に危害を加えると堂々と宣言するとは。
「まずは貴様からだ、黒髪いい!」
よっぽど死にたいらしい、このクソジジイ。
「《
私の魔法が相手を包み込む。
その瞬間、隊長と呼ばれていた男は馬から落下し、地面に倒れた。
「……え?」
「た、隊長?隊長!?」
「な、なにをされたんだ!?」
「まだ息はあるはずだ!急いで後方に……」
「死んでいますよ。私の魔法に触れたんだから」
「クロに、突っ込むなんて、命知らず」
「ひっ……」
「お、おのれ、よくも隊長をっ」
「《
再びわたしの魔法が、剣を構えた一人の命を狩り取る。
「ステア、もう仕方がありません。ノア様のお望み通り殲滅です。まずは何人かを操ってください」
「ん。《
ステアが魔法を放つと、軍の中心辺りで異変が起き始める。
「グアアア!?」
「お、お前、なぜ味方を!」
数人の兵士が何故か味方を斬りつけ始めた。
ステアの《
あいつらは、自分を敵軍に紛れ込んだノア様のスパイだと思い込んでいるはずだ。
「くそっこいつ敵の間者か!」
「ノアマリー様のため、一人でも多く道連れにするぞ!」
「こ、こいつ、こんなに強かっ………ぎゃあ!」
周囲を囲まれているにもかかわらず、彼らはものともせずに戦っている。
これがステアの魔法の恐ろしい点。ただ操るんじゃなく、強化して操る。
かつてステアが奪った、何人もの歴戦の戦士の記憶を不自然にならないように植え付け、技術を強制的に高める。
「混乱のせいですでに烏合となりかけてますね。《
私の周りに黒くて丸い、直径1センチくらいの小さな球が百近く現れる。
向かってくる敵に射出すると、それに当たった者は糸の切れた操り人形のように倒れ、2度と起き上がることはなかった。
わたしの魔法は、対象に死をもたらす。
その他にもいろいろできるけど、雑魚掃除はこれが一番効率的だ。
《
《
これで私の魔法の範囲内にいたかなりの人数が死んだだろう。
「ステア、後方にいる人たちも操りましたか?」
「ん。ルシアスの、記憶のコピー、植え付けた。でも、3人が、限界」
「いえ、それで十分でしょう」
彼の記憶を植え付けたなら、いかに筋力などの差異があろうと、それは雑兵すら超一流の戦士に早変わりすると同義。
「今頃後方はパニックでしょう。この分なら早く終わりそうですね、面倒ですしさっさと終わらせてしまいますよ」
「ん。早く帰って、お嬢に、褒めてもらう」
そして、わたしたちは後方へ向かう。
主の命を全うするために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます