第96話 電話

「電話はいらないのか?」

「いらない」


景隆の疑問に、柊は即座に一刀両断した。

マンスリーマンションの一室では、ユニケーションのカスタマーサポートについて話し合われていた。


翔動は景隆の自宅で登記されている。

代表の電話は景隆の自宅に設置されており、常時、留守番電話に設定されている。

この電話番号は非公開で、役所や銀行の手続き時のみに使われていた。


この方針は、一切の電話連絡を受け付けないという柊の提案に景隆が合意した形だ。

柊の提案はこの時代においては斬新であった。


柊の主張によると、通話によるコミュニケーションは相手と双方で時間の同期を取る必要があり、非効率であるとのことだった。

多忙な状況において、一方的に相手から業務を中断されることで生産性が低下し、モチベーションの低下にもつながる。


加えて、創業時は柊も会社員をこなしていたため、平日の日勤帯に電話を受けることができなかった。

したがって、翔動には電話が不要であることは必然とも言える。


このような理由から、執務スペースであるマンスリーマンションでは電話が設置されていない。

そして、これが翔動の従業員にとって、非常に好評であった。


🗨️─────

「静かでいいッスねぇ」

「受話器から怒鳴り声が聞こえると、隣にいても怖かったです。なので今は快適です」

「私、デルタファイブでは新人だから、すぐに電話取らないと怒られるんです」

「面倒な客と話さなくていいわね」

「何人たりとも私の作業は邪魔させないわ」

─────💬


「なぁ、みんな。もし、ここに電話置いたらどう――」

景隆は怖いもの見たさで聞こうとしたところ――


「いやよ」「いやッス」「ちょっと困ります……」「いやです」「論外ね」


かぶせるように、全員から否定された。

柊は何も発していないが答えは聞くまでもない。


「仮に電話サポートをするとして、何を用意する必要がある?」

「まずは電話回線だな」

柊の問いかけにまずは景隆が反応した。


「回線が一つじゃ足りないかもしれないわよ」「うげっ」

「あと、オペレーター」「うげっ」

「受付時間をコミットするために、最低二人は入りますね」「うげっ」

「執務室の声が聞こえないように、専用の部屋を用意しないとだめかも」「うげげっ」

「通話を記録したり、保存する設備もいるわね」「うげっ」

「オペレーターを管理したり、バックアップする社員が必要ですね」「うげっ」


「石動がヒキガエルになっているわよ」

景隆はかかる費用を想像したら、めまいがした。


「それで、ユニケーションにとって、本当に電話サポートが必要な顧客がどれくらいいると思う?」

「せいぜい数パーセントくらいですかね」

「そんなにいないんじゃない?」

「口ではいるっていいながら、実際に電話かけてくる人は限られるかと」

「マジか……いまのサポートで不満を持っている人はいないのか? 」

「確認します」


このようなとき、鷹山は迅速に動くため、景隆はどちらの会社でも頼りにしていた。

ユニケーションのサポートはウェブサイトに問い合わせフォームが用意されており、メールで回答する仕組みだ。

そのメールサポートはエンプロビジョンに業務委託している。


「たまに、質問の意図を取り違えての苦言みたいなのはありますが、大きな問題に発展したケースは特にないですね」

「実際にサービスが正式に開始されてユーザーが増えると、ある程度の苦情は覚悟したほうがいい」

「でも、そういうのって電話でサポートすると、すごいストレスだよな」

「怒鳴ってきたり、嫌味を言ってきたりしますよね」

「そうよ、コールセンター業務は離職率が高いわ」


「あー……以上を踏まえて、電話サポートが必要だと思う人は?」

「あり得ないわ」「いらないッス」「ないほうがいいです」「なくていいですね」「論外ね」

「全会一致だな」


柊は答えを予想していたのか、別の作業をしていた。


「でも、お客さんの中にはすぐに回答が欲しい人もいるのでは?」

「リアルタイムでサポートする方法として、こんなのがあるぞ」

「「「「「これは――」」」」」

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