第44話 朗報

「長町さん以外のキャスティングはオーディションにしたいと考えています」

「はい、当事務所もそれで問題ないですが、オーディションに参加させる声優はこちらで選定したいです」


利根川の提案に神代が条件付きで頷いた。

ゲームのキャラクター原案が定まっていないため、神代もオーディションによるキャスティングが妥当だと判断した。


MoGeの会議室ではゲームの企画会議が行われていた。

霧島は霧島プロダクションの代表として神代を送り込んでいた。

神代の参加は映画の役作りのためであり、サポートとして橘と名取が同席している。

利根川以外の参加者は、神代がこの場にいることに驚きを隠せずにいた。


「はい、登場キャラクターが決まったらプロフィールを送ります。

それに相応しい方に来ていただければ問題ありません」


MoGeと霧島プロダクションとの間で交わされた資本提携では、ゲームの出演者を霧島プロダクションの所属タレントで占めることに合意している。

企画中のゲームはモバイルゲームであるため、出演する声優の数は限られることから、この点については速やかに合意された。


「開発スケジュールはどうなっていますか?」

アストラルテレコムの広報担当である高槻が質問した。


「そうですね――」

ディレクターの広瀬が開発スケジュールからリリース日の概算を伝えた。


「それは困ります! なんとか新機種の発売日までに開発を終えてください!」


高槻は圧力をかけるように言い放った。

アストラルテレコムの出資金額は大きいため、この場では高槻は強い発言力を持つ。

高槻が厳しい表情をしたため、会議室の雰囲気が重くなった。

高槻も姫路のを受けているため、GPS搭載の携帯電話の新機種が出るタイミングに合わせたい意向があった。

高槻は引くに引けない状況なのだ。


『え? うそっ!』『あら?』

神代と橘は思わず小声で叫んでしまった。

高槻の言った内容が柊の予想通りだったのだ。


「位置情報を扱うのは我々としても初めてなので――」

利根川は開発に時間がかかる理由を説明した。

高槻は難色を示したままだ。


(柊さんはどうするつもりなんだろう……)

神代はちらりと柊を見た。


「それについてですが、これをご覧ください」

翔太は竜野から渡された新型の携帯電話の開発機を、MoGeの関係者に渡した。

この端末は複数用意してあった。


「このアプリを起動して――」

翔太は新田が開発したプロトタイプの位置情報ゲームの使い方を説明した。

このゲームでは、実在する清涼飲料水の自動販売機の位置に到着すると、ゲーム内の通貨を消費してアイテムを購入できるようになっている。

自動販売機の在庫はサーバー上で管理され、数量の把握や補充ができるように作られている。


「おおぉっ!」

MoGeの関係者から歓声が上がった。

携帯電話を操作する者と、それを横から眺める者がいて、一様に驚いていた。


「これは翔動という会社が開発しているAPIを利用しています。

このAPIを利用することで、開発コストが――」


翔太はこの場にいない石動に代わって、翔動が新しく始めようとしている位置情報APIの説明をした。


「確かに、これを使うことで開発効率が上がりそうですね……そうなると、スケジュールも前倒しできそうです!」

広瀬が明るい表情で言ったことで、高槻の機嫌が途端に良くなった。


利根川にとって、翔太の存在は不思議でしかなかった。

渡された名刺では霧島プロダクション所属であったが、先日はアストラルテレコムの出資を取り付け、今回はプロトタイプのゲームを作って開発専用の携帯電話まで用意してきたのだ。

しかも、開発スケジュールで高槻がプレッシャーをかけたのも、予め予想していたようだ。


「柊さん、このAPIについて詳しく聞きたいのですが――」

「はい、責任者と開発者を呼びますので、ミーティングをしましょう」

「ぜひお願いします!」


実際の携帯電話を使ったデモを行ったことで実現性を示し、高槻のプレッシャーもあったためか、位置情報APIに対するMoGeの反応はこれ以上ないくらい良かった。


***


「アストラルテレコムさんとキリプロさんにとっては朗報です――」

会議の最後に合流したMoGe社長の信濃の発言に、一同が注目した。


「弊社MoGeの上場が承認されました!」

「おぉ」という歓声と共に会議室が湧き上がった。


(しゃあ!)

翔太は内心でガッツポーズをした。

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