第45話 祝杯

「いやー、めでたいっ!」

景隆は日本酒の入ったお猪口をあおりながら言った。


「ねぇ、私もこの場にいていいの?」

新田は戸惑いながら寿司をつまんでいる。


「新田は功労者だから、遠慮しなくていいよ」

柊はいつになく機嫌がよかった。


三名はMoGeの上場を記念して祝杯をあげていた。

いつもの安居酒屋ではなく、回っていない寿司屋だ。


「これで貸し会議室生活とはおさらばできるな」

「早くても三ヶ月くらい先だけどな」


「どゆこと?」

「所有している持ち株を売却できるまで、それくらいかかるということだよ。

そのときに、まとまった資金が入ってくるので、石動はオフィスを構えようとしているんだと思う」

「あんたたちはそれだけで通じるのね」

((ギクッ))


柊は景隆の思考をある程度トレースできている。

(俺の方は柊が考えていることは全然わからんけどな……)

景隆はこの先にあったであろう柊の人生を知る由もない。


「元は映画のスポンサー費用として用意した金だけど、十分お釣りが出そうだからな」

「そんなに投資したの? 詳しくは知らないけど未公開株ってリスクが高いんじゃないの?」

「それが、MoGeに投資するって決めたのは柊なんだよ」

「え? 柊が!? なんかイメージと違う……」


新田からも柊はリスクを嫌うように見えているらしい。


「まぁ、勝算がそれなりにあったからな」

「そういえば、お前こそこそ動いてたな」

「あぁ、それは――」


柊は霧島プロダクションの資本提携の経緯を話した。


「――ということで、霧島さんや神代さんにもお世話になったので、いずれちゃんとした形でお礼をしたい」

「よくそんなことが思いつくわね……私は明確な解が出せる問題解決なら得意だけど、そういうのは無理だわ」


新田はロジカルな思考が得意で、プログラミングのようなルールが決められている土俵では無類の強さを発揮するが、自由度が高すぎる分野は苦手だ。


「柊がやってるのは裏技ばかりだからな……」

(存在自体がチートだし)


「それで、ゲームの出演はオーディションになったから、大河原さんを推したいなら土俵に立てるように石動が動けよ」

「あぁ、なんとかしてみるよ」


「そもそもオーディションに出られたとして、彼女に勝ち目はあるの?」

「ゲームのキャラクター次第かなぁ、おっさん役ならまず無理だ」

「そりゃそうだろ……理想としては主役となる長町さんに近い女性キャラを出してほしいな」

「少年役もできそうだけど、訓練がいるだろうな」

「ゲームのユーザー層を考慮すると、それほど突飛なキャラを出してくることはないだろうけどな……」


景隆は大河原をプロデュースする方法を考えていた。


「――それと、位置情報のAPIなんだけど、位置データを埋めるのは単純作業だからアルバイトを雇いたい」

「確かに、ここにいる三人でやるには才能の無駄遣い過ぎるな……アテはあるのか?」

「アクシススタッフの子会社を使おうと思っている、それなりの人材はそろっているはずだ」


柊が勤務しているアクシススタッフは、いくつかの人材派遣の子会社を持っている。

専門性が必要ない職種はコストを下げるために子会社の人材を派遣していた。

この時代では二重派遣が横行しており、これを禁止するための法改正が行われるのはまだ先だ。


「そうなると、MoGeとの仕事をきっちり取ってこないとな」

「あぁ、位置情報はマーケティングに使えるので、データはうちで押さえておきたい」


柊は位置情報APIのビジネスをどこまで拡大していくかを思案していた。

検索エンジン最大手がこの分野に参入してくることがわかっているため、撤退も視野に入れている。


「eラーニングもあるし、忙しくなりそうね」

「それなんだけど……新田」

「ん?」

「うちに来ないか?」


景隆の表情はいつになく真剣だ。

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