第43話 勅命

「これは珍しい組み合わせだな」

竜野は景隆と柊を見て言った。

(新田に聞かれたら笑われそうなセリフだな)


竜野はアストラルテレコムの研究開発部門の責任者だ。

景隆が鷹山と鶴田と一緒に提案した仮想化システムの導入を決定したのが竜野になる。

アストラルテレコム研究開発部門の拠点であるR&Dセンターの会議室で、柊が竜野との面会を取り付けていた。


「えっと……今回はデルタファイブの社員として来たわけではなくてですね……」


景隆は翔動の名刺を渡し、改めて挨拶した。

竜野は「おや?」と言いながら名刺を受け取った。


「私も運用部門としてではなく、姫路さんので来ました」

「それは大事だな!……はて?」


竜野は柊から渡された名刺を見て、驚いた。

名刺には『霧島プロダクション アシスタントマネージャー』と記載してある。

竜野は景隆の名刺を受け取ったときより混乱していた。


柊はアストラルテレコムの運用部門に常駐している。

竜野としては、運用部門から何らかの案件が来ると予想していたため、今の状況は想像の斜め上だった。


姫路はアストラルテレコム社内では『女帝』と呼ばれている。

姫路は常務執行役員を務めており、社内では強い権限を有している。


アストラルテレコムは、公社と呼ばれる電気通信事業を営んでいた公共企業体が民営化した企業の子会社である。

この時代のアストラルテレコムの役員は、公社の流れを引き継いでおり、姫路だけが叩き上げで昇進してきた。

この異例とも言える昇進は、姫路が主導した携帯電話IP接続サービス『i-wave』が収益の柱となったためである。


『勅命』は社内の一部で使われる隠語で、姫路からの指令であり、その名の通り拒否権はなく、失敗は許されない。

ゆえに竜野は『大事』と言っていた。


勅命がくだされるのは、アストラルテレコム社内でも有数であることから、柊が只者ではないことを察していた。

加えて、柊は運用部門でシステムの危機に対応したとき、竜野と協調して解決に当たった経緯があった。

竜野は社員でないにもかかわらず、社内への影響力を持つ柊に一目置かざるを得なかった。


***


「なるほど、GPSを使ったゲームか……」

竜野は唸った。


GPS搭載の携帯電話は未だ少なく、地図アプリなどの限られたサービスのみが存在していた。

姫路から出された勅命は、GPSを搭載した携帯電話を拡販することだった。


「ちょっと待て、これを売らないといけないということは……勅命がこっちにも降りてくるということか?」

「おそらくそうなるでしょうね」


竜野は「マジかぁ」とぼやいた。

竜野が抱えている人材は今の仕事でいっぱいいっぱいだった。

新たなビジネスを始めるとなると、どこかで人を調達しなければならない。


「これを見ていただけますか?」


景隆は竜野にPDAを提示した。

PDAとは、Personal Digital Assistantの略で、スマートフォンが普及する前に使われていた携帯型の電子機器だ。


PDAには現在地である横須賀が地図で表示されている。

景隆がPDAをスタイラスペンでタッチすると、別のウィンドウに緯度経度や施設などの情報が表示された。

さらに、PDAから情報を入力すると、サーバー側にもその情報が登録される仕組みだ。

これは新田が実装したものだ。


「ほぅ、APIか」

竜野は興味深くPDAを眺めて言った。


「はい、今はGPSに関する位置情報に関しては黎明期であり、各団体がばらばらに開発している状況です。

弊社はこれを一元化したAPIを提供するサービスを計画しています」

「それはいいな! うちも同様なものを作りたいと考えていたが、それにかけるリソースやノウハウもなかったので……」


景隆が提案したサービスに竜野は乗り気なようだ。

竜野は「ちょっと待て」と言って離席した。


「おぃ、柊」

「なんだ?」

「前のときにも思ってたけど、なんで竜野さんとのコネがあるんだよ? 鶴田さんがびっくりしていたぞ」

「まぁ、色々あるんだよ……」

「色々て……お前が今の会社をやめてしまうと、コネがなくなるのがもったいないな」

「だから、今こうやって翔動としてコネを作ってるじゃないか」

「あ、なるほど!」


(柊は何手先まで見据えているんだ……)


「待たせたな。これを使ってくれ」


竜野が差し出したのは、アストラルテレコムの最新型の携帯電話だった。

開発者向けに提供している専用の開発機で、アプリケーションのデバッグなどを行える。


「え! いいんですか?!」

景隆は驚いた。まさに瓢箪から駒である。


「勅命を果たさないと大変だからな……」

竜野にとっても姫路は恐ろしい存在のようだ。

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