第10話 最後のプロポーズ
婚約パーティーも馬上槍試合も終わり、静かな日々が訪れた。
いくつかトラブルは起きたものの、なんとか私も王宮の一員として認められ始めていた。最近は王宮で過ごす時間も増えてきている。
今日も王宮の中庭で、ロバート王子とティータイムを過ごしていた。
だけど、今日のロバート王子はなんだか様子がおかしい。
私をじっと見つめた後、目を伏せたり、ため息をついたり。
私、ロバート王子になにかひどいことをしてしまったのかしら?
ロバート王子に尋ねようと思った時、低くかすれるようなロバート王子の声が聞こえた。
「……改めて言わせてもらう。俺の妻になれ、リリー」
「ロバート王子……?」
乱暴な言葉とは裏腹に、心細そうな不安げな色を宿した瞳で、ロバート王子は私を見つめている。
私はロバート王子の美しい淡い青色の瞳をじっと見つめ返した。
***
分かっている。きっとリリーも、ほかの令嬢のように「兄上だったら良かったのに」と思っているに違いない。命令だから俺の妻になるだけだと、俺にだって分かっている。
兄上より優れているところなどないことくらい、俺が一番知っている。
リリーにも、いつも乱暴な言葉か挑発的な視線を送るか、そっけない態度をするかで、良い態度はとっていない。
でも、それ以外どうすれば良かったんだ?
俺は……誰かを愛したことなどなかった。
愛しいものに対し、どうふるまえばよいのかなんて、誰も教えてくれなかった。
リリーと触れ合い、初めて、他人を怖いと思った。
嫌われるのが怖いと。
リリー、お前に好かれる理由なんてないことはわかっているのに……。
俺はお前を求めてしまう。
***
私は耳まで赤くなるのが分かる。
緊張のあまり、笑ってしまった。
「ロバート王子、どうしたのですか? 婚約パーティーも終わったというのに」
ロバート王子が答える前に、私たちに話しかける声がした。
「あら、楽しそうね」
「レイシア妃!」
「義姉上?」
レイシア妃が私たちに歩み寄ってきた。
「婚約パーティーではロバート殿下のおかげで、ずぶぬれにならなくてよかったわね、リリー嬢」
なぜ、私がずぶぬれにならなかったとレイシア妃は知っているのかしら?
ロバート王子は「リリーが狙われた」とは言ったけど、花瓶の水をかぶりそうになったとは言っていないはず。
私が不思議に思って黙っていると、レイシア妃は言葉を続けた。
「ロバート殿下も婚約パーティーの事件は、リリー嬢と別れて素敵な令嬢とむすばれる、せっかくのチャンスだったのに生かさないとは思いませんでしたわ」
レイシア妃の唇の端が上がる。
「義姉上が……仕組まれたのですか?」
ロバート王子の眼が冷たい光をたたえた。
「さあ、なんのことかしら」
ロバート王子は立ち上がり、私を抱きしめて言った。
「俺が妻にしたいのはリリーだ。他は考えられない!」
抱きしめる力の強さに驚いた。
体の芯が熱くなる。
にらみ合うレイシア妃とロバート王子の間に、割って入る様にアレン王子がやってきた。
「レイシア、君はやりすぎた。もう見逃せないよ」
「いつからそこに?」
レイシア妃の声がうわずる。
「婚約パーティーのころから君の様子がおかしいと思って兵士に見張らせていたんだよ。まさか、とは思ったけれど万が一に備えてね」
アレン王子が悲しそうにレイシア妃を見つめている。
「君は妻として、王太子妃として、よくやってくれている。しかし一方で自分の浪費をロバートのせいにしたり、自分の知り合いを役職につかせようとしたり、勝手が過ぎる」
レイシア妃の表情がこわばった。
「それで……離縁すると?」
「そこまでは考えていない。今の時点では」
アレン王子の厳しい表情と眼差しを受け、レイシア妃はよろめいた。
「リリー、あなたが……あなたさえ、王宮にかかわらなければ……」
レイシア妃の鋭い視線が私を刺した。かばうようにロバート王子がレイシア妃の前に進み出る。
「義姉上、それは違う。リリーは俺に……正しい道を教えてくれただけだ」
アレン王子がレイシア妃の腕をつかみ、私とロバート王子に頭を下げた。
「妻の悪行については国王と相談の上、なにかしらの罰を与える。だが……それでも私に尽くしてくれているのも事実だ。私には切り捨てることができない」
アレン王子の苦悩に満ちた表情を見て、ロバート王子がつぶやいた。
「……兄上は優しすぎる」
「……アレン殿下」
レイシア妃が涙をため、アレン王子を見上げた。
「さあ、国王に報告に行こう」
アレン王子はレイシア妃を連れて去って行った。
「……嫌な思いをさせたな、悪かったリリー」
「ロバート王子のせいではありません」
私の言葉にロバート王子は首を横に振った。
「いや、俺がしっかりしていれば……。義姉上に隙を見せた俺が悪い」
私は少し黙った後、ロバート王子に言った。
「そうやって、一人で抱え込んでいたのですか?」
「え?」
私はロバート王の手を取り、指先に口づけをした。
「前におっしゃっていましたよね。王宮では隙を見せればやられると」
ロバート王子はうつむいた。
「その孤独を、私にも背負わせてくださいませんか?」
「リリー?」
私は頬が赤く染まるのを感じながら、ロバート王子を見つめて言った。
「……あなたの妻になりたいと言っているのです」
ロバート王子は目を丸くした後、明るく輝くような笑顔を浮かべた。
「お前が言うのなら、仕方ない。認めてやろう」
「意地っ張りですね」
笑う私に寄り添ったロバート王子は、私を優しく抱きしめると唇をそっと重ねた。
それは今まで知ることのなかった、とても甘い口づけだった。
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