第9話 馬上槍試合

 婚約パーティーが終わってしばらくたったある日。

 夕食のときに、お父様が言った。


「今度、王宮で馬上槍試合を開催するそうだ」

「馬上槍試合? 最近は聞かない気もしますが」


「そうだな。でも、招待状が届いている。アレン王子とロバート王子が試合をするそうだ」

「まあ! 危険はないのかしら!?」

 心配する私に、お母さまが穏やかな口調で言った。

「ある程度の危険はあるかもしれないですけれど、それ以上にお祭り騒ぎになるでしょうね。きっと大勢がつめかけると思うわ」


 お父様はワインを一口飲んで言った。

「楽しみだな」

 お父様の呑気さに私は目を丸くした。


***


 一度くらい兄上に勝ちたい。リリーと結婚する前に。

 俺はそう考えて、父上に尋ねた。


「父上、馬上槍試合を開催できるだろうか?」

 俺の突然の申し出に、父上は意表を突かれた顔をした。


「馬上槍試合か? しばらく催していなかったな。……でも、なぜ急に? お前はそう言ったイベントはめんどうがって避けていただろう?」

 俺は横を向いたまま返答した。


「たまには、皆を楽しませるのもいいかと思ったんだ」

 俺の言葉に父上が頷いた。


「そうか。お前が他人のことを考えるとは珍しい。良い思いつきだ。手配しよう」

 父上の表情は明るい。


 俺は思った。

 兄上に勝てば、俺は出来損ないでないことをリリーに証明できる。

 そう、俺は……兄上に勝つんだ。


***


 私が両親と王宮に着いた時には、もうたくさんの人が集まっていた。


 真っ青に晴れ渡った空。心地よい風が吹いている。

 楽隊のファンファーレが鳴り響いた。


 人混みをかき分け、私たち一家は招待席に着いた。

 しばらくすると騎士が二人、馬に乗り試合場をぐるりとまわった。


 騎士が馬に乗り槍を構え向かい合う。

 審判が大きな声で言った。

「試合開始!」


 歓声が上がった。

 あっという間に勝負が決まったらしい。


 何試合か終わって、一息ついた。


 次の試合は、アレン王子とロバート王子の対戦だ。

 私は兄弟の戦いを考えると、気が高ぶった。

「ロバート王子……大丈夫かしら……」


 審判がざわめく会場に手を上げ、次の試合の開始の準備をする。

「アレン王子!」

 審判が声を上げると、鎧をまとったアレン王子が馬に乗って現れた。

「ロバート王子!」

 ロバート王子も馬を進める。


「試合開始!」

 ロバート王子が馬を走らせアレン王子に近づく。アレン王子の腕に槍が届きそうになったが、アレン王子はそれを薙ぎ払った。


 駆け抜けたロバート王子の首元にアレン王子の槍の先が突きつけられる。

「そこまで! アレン王子の勝利!」

 審判の言葉を聞き、アレン王子とロバート王子はそれぞれの位置に戻り、馬上で礼をした。


 試合を終えた二人は馬から降り、兜を脱いだ。


***


 兄上の声が聞こえた。

「ロバート、強くなったな」

「……うるさい!」


 俺は苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。

 兄上は驚いた顔をした後、微笑んで言った。

「婚約者にいいところを見せたかったのか?」

「!!」


 頭に血が上る。


「悪い、図星だったか」

 兄上が笑いをこらえているのが分かる。

「話すことは無い!」

「そう怒らないでくれ」


 俺は早足で歩いた。また、兄上に負けてしまった。

 どうしようもない、ドロドロとした気持ちが胸の中にたまっていく。


「クソッ」

 俺は手を握りしめたまま立ち止まり、地面をじっと睨みつけた。


***


 私は試合を終え戻ってきたロバート王子に声をかけた。

「ロバート王子……おしかったですね。でも、すごい迫力でした」

「……負けては意味がない」

「ロバート王子?」


 ロバート王子は投げ捨てるように兵士に兜を渡すと、暗い顔で王宮の方へ歩いて行った。


「それでも、ロバート王子が一番かっこよかったです!」

 ロバート王子の背中に向かって、私は叫んでいた。


 振り返ったロバート王子は、びっくりしたような顔をしていた。

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