第6話 企み

「今年は庭のバラがきれいに咲いたわ」


 私は白いバラに指で触れ、その香りを楽しんだ。

「ロバート王子に差し上げたら喜んでくださるかしら?」

 突然の訪問は失礼かもしれないけれど、バラの花束を見てまんざらでもない表情を浮かべるロバート王子を想像して、私は一人微笑んだ。


「お母様、庭のバラをもらってもいいでしょうか?」

「どうぞ。手を怪我しないように気をつけなさいね」

 私は花かごが一杯になるまで、白いバラの花を摘んだ。


「お父様、少し出かけてきます」

「どこに行くんだい?」

 王宮に行くと言ったら、お父様に止められるかもしれない。

「ちょっと、友人にバラを届けようと思いまして」

「そうか。気を付けていっておいで」


 私は馬車を用意するよう召使に言った。


 ロバート王子から「いつでも俺に会いに来てかまわない」と言われていたけれど、本当に王宮を訪ねるなんて、我ながら大胆だと思った。淡い桜色のドレスを着て、バラの花束を抱えたまま「王宮へ行ってください」と伝え、馬車に乗り込む。


 馭者は馬車を走らせた。


 王宮に着くと馬車を降りた。門兵に名前を名乗り、白いバラの花束を渡し、ロバート王子に届けてほしいと頼んだ。門兵が王宮に入り、しばらくすると従僕が門からやってきて私に声をかけた。


「リリー・アーチャー様ですね。ロバート王子からリリー様がいらっしゃったら、いつでも王宮に通すよう申し使っております。ご案内いたします」

「急な来訪、申し訳ありません」


 一人で待っている間に、すこし冷静になった私は、事前に連絡もせず王宮まで来てしまったことを後悔し始めた。


 従僕は私を執務室の前まで連れて行った。執務室のドアは開いている。

「ロバート王子は執務中ですので、少々お待ち下さい」

 従僕は私を残し、去って行った。


 執務室の中に入っていいのか迷いながら、部屋の中をうかがうと紙のこすれる音と静かな話し声が聞こえてきた。


「ロバートが執務を手伝ってくれるとは珍しいな。何かあったのか?」

「邪魔か? ……俺にもできることがあると教えてくれた奴がいただけだ」

「そうか。手伝ってくれるのは助かる。それにしても、ロバートが素直に言うことを聞く相手がいるとは……初めて知ったな」

「俺もだ」

 楽しそうな笑い声が聞こえる。


 ロバート王子と話しているのはアレン王子だろうか?

 明るい声を聞き、私の心も軽くなった。


 その時、執務室の奥で扉が開く音がした。

「アレン殿下、兵士が探していましたよ」

「そうか? レイシア、ありがとう」

 アレン王子がこちらに向かってくる。

 私は驚いて、そばにあった台座の影に身をひそめた。


 アレン王子が去っていくと、中からレイシア妃の声が聞こえてきた。

「ロバート殿下、気まぐれでアレン殿下の仕事を増やさないでくださいね」

 柔らかだがとげのある声に、私は身を固くした。


「どういうことだ?」

 ロバート王子の声が低く響く。


「普段遊んでばかりいるロバート殿下に、書類仕事は荷が重いのではないかと心配しただけです」

 軽やかに言い放つレイシア妃の言葉に私は絶句した。

 

 執務室には重い沈黙が立ち込めている。

「あら、いやだわ。私も呼ばれていたのを思い出しました。ごきげんよう、ロバート殿下」

 レイシア妃がこちらに向かってくる。私はもう一度台座の隅に身をかがめた。


「せっかく兄弟を不仲にさせようとしていたのに……。邪魔なことをしたわね、リリー」

 レイシア妃のつぶやきが聞こえ、私は身が凍る思いをした。


 執務室の周りに人がいなくなったことを確認して、私はロバート王子のいる執務室に入った。

「なんだ、まだ用か?」

 いら立った声を出し、ロバート王子が顔を上げた。私を見つけたロバート王子が目を丸くしている。


「いつから居た?」

「少し前から」

「聞いていたのか?」

「何のことでしょう?」


 微笑んでみたけれど、私の表情はきっとぎこちないだろう。ロバート王子は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。ロバート王子の口元がへの字に結ばれている。

「……兄上に歩み寄ってみようと思ったんだ。お前の言うとおりだと思って」

「え?」

「俺にも悪いところがあると反省したと言っている」

「ロバート王子が反省?」

「……悪いか?」


 ロバート王子は立ち上がると私に歩み寄ってきた。

「そんなに俺に会いたかったのか?」

「庭のバラが綺麗に咲いたので、お見せしたいと思いまして」


 ロバート王子の淡い青色の瞳に、寂しげな光がさす。

「俺は邪魔だと言われてしまった」

「それはアレン王子の言葉ではないでしょう?」

「兄上もきっとそう思っている」

「そんなことは無いと思います」


 私の目を覗き込んで、ロバート王子が問いかける。

「何故だ?」

「だって、先ほどのお二人の声は、本当に楽しそうでしたから」

「やはり聞いていたのか」

 ロバート王子の勝ち誇った表情を見て、私は吹き出した。


「お仕事中、失礼いたしました」

「もう帰るのか?」

「はい」

「そうか……」


 部屋を出て行こうとする私にロバート王子が声をかけた。

「また、遊びに来てくれ。今度はゆっくり茶でも飲もう」

「楽しみにしています。ぜひご招待ください」

「ああ」


 私は王宮を出て、馬車に乗った。

「レイシア妃はロバート王子を孤立させたいのかしら……」

 王宮でのロバート王子の立場を考えて、私は不安になった。

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