第5話 乗馬

「リリー、また王宮から手紙が届いているよ」

「まあ、今度は何かしら」

 手紙を開けると、ロバート王子の筆跡が見えた。


<乗馬を教えてやる。週末迎えに行く。 ロバート>

「また、突然ね……。乗馬なんて……大丈夫かしら?」

 一応私も馬には乗れる。けれど、ロバート王子と一緒に馬を走らせるなんて、危険じゃないかしら? 私は不安になったけれど、あのロバート王子が他人の進言を素直に聞くとは思えない。


 私は週末まで何回か馬に乗り、お父様と一緒に家のそばの小道を散歩した。

「リリー、上手だよ」

「ありがとう、お父様」

 ゆっくり走るくらいなら、問題なさそうだ。


 私はロバート王子との乗馬をいつのまにか楽しみに思うようになっていた。

 あんなに傲慢なのに、なぜか憎み切れない。


***


「そろそろかしら?」

 私は乗馬服で、馬に乗り家の前をうろついていた。

 空には薄い雲がかかっていて適度に涼しく、乗馬にはちょうどいい天気だと私は思った。


 向こうの方から馬に乗った人が二人、近づいてくる。

 黒鹿毛の馬にのっているのはロバート王子だった。

栗毛の馬に乗った男性は、私の知らない人だ。


「待ったか?」

 乗馬服を身にまとったロバート王子は、いつもより雄々しく見えた。

「こいつは近衛兵のダンだ。ついてくると言ってきかなかった」

「ロバート王子、王子を一人で歩きまわさせるはずがないでしょう?」

 ダンは馬を降りて、私に手を差し出した。


「ダン・エイリーと申します。よろしくお願いいたします」

「リリー・アーチャーです。よろしくお願いします」

 ダンは服を着ていても筋肉質だとわかるくらい、立派な体つきをしていた。黒い髪に茶色い目が魅力的だ。挨拶を終えるとダンは馬に乗った。


「おい、俺以外に見とれるな。リリー」

 ロバート王子がむっとした顔で私を見ている。

「見とれていたわけではありません」

 私は顔が赤くなるのを感じて、うつむいた。


「ところでロバート王子。これからどこへ行くのですか?」

 私が問いかけると、ロバート王子は馬の手綱を引き、馬の顔を王宮の方に向けた。

「城のそばの森まで行こうと思っている」

「分かりました」


 ロバート王子が馬をゆっくり走らせ始めた。

 私もその後に続く。

 ダンはロバート王子のそばを離れずに馬を走らせていた。


 馬を走らせるロバート王子の顔は、生き生きとしていて目を奪われた。

森のそばまで来たとき私の馬が、がくん、と奇妙に揺れた。どうも馬の様子がおかしい。私が馬をとめ、様子を見るために降りると、少し先を走っていたロバート王子が戻ってきた。


「どうした?」

「馬の様子が……」

「ちょっと見てみましょう」


 ダンが馬を降り、私の馬の様子を見て渋い顔をした。

「蹄鉄が外れたようですね」

「どうしましょう……」


 私が困っていると、ロバート王子が言った。

「俺の馬に乗れ。二人乗って走っても、この馬は大丈夫だ」

「え? でも……」


 ロバート王子は馬から降り、私を馬の前の方にのせてから、後ろに乗って手綱を握りしめた。ロバート王子に抱きしめられるような形になり、私の心臓は跳ね上がった。


 からかうような口調でロバート王子が私に言う。

「どうした? 怖いか?」

「……いいえ」


 ロバート王子は馬をゆっくり歩かせた。

 ダンは私の馬を引きながら、後をついてくる。


 森の中に入り、木漏れ日の下、ロバート王子の体温を感じながら私は馬に揺られていた。

 

「お前の家の馬の世話人は役立たずだな」

 ロバート王子の言葉に、ダンが反応した。

「蹄鉄がおちることは予期できません」


「主人を危険にさらすような奴はクビにしろ」

 ロバート王子の強い口調に私は反論した。

「馬丁のスミスは子どものころから私をかわいがってくれているし、こんなトラブルは起きたことがありません。やめさせたりしないわ」

「そうか。なら、次にこんなことが起きたらクビだと言っておけ」


 ロバート王子の腕に力が入った。

「……俺を心配させるな」

「……ロバート王子?」

 私はロバート王子の鼓動を背中に感じ、顔をあげていられずうつむいた。


 森を流れる小川のそばでロバート王子は先に馬から降り、私を抱きとめてくれた。


「少し休むぞ」

「きれいな場所ですね」

「俺のとっておきの場所だ」

 ロバート王子は馬に水を飲ませると、自分も靴を脱ぎ小川に足をつけた。


「冷たくて気持ちがいい。お前もどうだ?」

 ロバート王子の金褐色の髪が、木漏れ日に照らされ、きらめいた。

 私もはだしになり、ロバート王子の隣に座って足を水につける。


「冷たい!」

「ははっ」

 ロバート王子の無邪気な笑顔につられて、私も笑う。


「帰りは王宮から馬車を出そう。馬は兵士が家まで届ける。手配してくれ、ダン」

「承りました」


 無防備なロバート王子の表情に、心が揺れる。

 私たちは森で楽しい時間を過ごし、王宮に向かった。


 王宮に着くと、馬から降りる前にロバート王子に抱きすくめられたように感じた。

「……ロバート王子?」

「楽しい時間はすぐに終わってしまうな」

 ロバート王子の薄い青色の瞳が憂いの色で曇った。


「リリー、用事があってもなくても、いつでも王宮に遊びに来てくれてかまわないからな」

「そんなに気軽には……」

「そうか?」

 ロバート王子がすねたような眼で私を見た。


 王宮の門の前でロバート王子に馬から降ろされた私は、ダンが連れてきてくれた私の馬を撫でた。

「俺はもう戻らなくてはいけない。ダン、後は頼んだぞ」

 馬を迎えに来た兵の一人に預け、ロバート王子はほかの兵たちと王宮に入って行った。


「リリー様、馬車が用意できました。兵士がお送りいたします」

「ありがとうございます」

 ダンに指示された兵士は馬に乗って、馬車の後についた。私の馬を連れているけれど、片手で手綱を操っていると思えないくらいスムーズに馬を走らせている。


 私は馬車の中で前を向きなおす。ふと、私の背後で馬を巧みに操るロバート王子の体温と、しなやかで思っていたよりも、たくましかった体の感触を思い出し、赤くなる顔を手で覆った。

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