第4話 進言
レイシア妃のお茶会から一週間が過ぎた。
私は部屋で一人、のんびりとすごしていた。外を見ると青い空が広がっている。
メイドをベルで呼び、私は言った。
「とても良い天気だわ。今日は中庭で紅茶をいただこうかしら」
「かしこまりました」
中庭のガーデンテーブルに紅茶とスコーンが並べられた。私は席について、木々を抜ける風の香りを味わいながら、紅茶を一口飲んだ。アールグレイの香りが外の空気と合わさって、さわやかさを感じた。
「ごきげんいかがですか? お嬢様」
突然すました声で呼びかけられ、驚いた私は勢いよく振りかえった。
たぶん聞いたことのある声だけれど、目の前に現れた貴族は見覚えがない。
「あの……どちら様?」
「俺だ」
羽のついた帽子を右手でとり、顔を見せたのは……。
「ロバート王子!?」
「驚いたか?」
ロバート王子は満足そうな顔で、両手を腰に当てて胸を張り笑った。
慌ててあたりを見回すと、おつきの兵士らしき人が二人、中庭の入り口に立っている。
「王宮は息が詰まる。……お前の家は小さいが悪くないぞ」
「……今日は一体何事でしょうか?」
「ん? スコーンか」
ロバート様はスコーンにクロテッドクリームとカシスジャムをたっぷりのせて一口かじった。私の話は聞いていない。
「素朴な味だな」
ロバート王子は空いていた向かい側の椅子に腰かけると、私を見つめた。
「何か?」
私はとまどいながら、ロバート王子に尋ねた。
「お前の鼻にクロテッドクリームがついている」
「え!?」
私があわててナプキンで鼻をこすると、ロバート王子は吹き出した。
「冗談だ」
「……!!」
楽しそうに笑うロバート王子に内心腹を立てつつも、顔には笑顔を浮かべた。
私はメイドにロバート王子にも紅茶を出すよう指示をして、姿勢を正す。
「王子がこんなところに来て、大丈夫なのですか?」
「大丈夫ではないだろうな」
ロバート王子は全然悪いと思っていない様子で、私に言った。
「なぜここへ?」
「言っただろう? 王宮は息が詰まると」
「だからって……変装までして」
何でもないことのようにロバート王子は言った。
「お前に会いたかったからな」
「!!」
私はむせそうになった。顔が赤くなるのがわかる。
「私をからかうのは、おやめください」
「本心だ」
ロバート王子の眼の中の強い光に、私は心臓をつかまれた気がした。
「俺の顔色を窺わずに話をするのは、お前くらいだからな」
ロバート王子の人差し指が私の鼻頭をつついた。
「ほめているのですか? あきれているのですか?」
「両方だ」
ロバート王子はメイドが入れたばかりの紅茶を静かに飲み、微笑んだ。
あまりに甘い表情をされたので、私は心臓が飛び跳ねそうになるのを抑えられなかった。
「それではロバート王子、言わせていただきますが……自分を悪く見せるのはそろそろおやめになってもよろしいのでは?」
「なんのことだ?」
「子どもが嫁いだ召使に子犬をプレゼントしたり、剣を折った兵士に新しい剣をあげたりしたことです」
ロバート王子は飲みかけの紅茶でむせた。
「な、なんのことだ?」
ロバート王子の耳が真っ赤になっている。図星だったらしい。
「いらないものを捨てたら、もったいないから欲しいというやつがそれを持っていっただけだ。捨てたものに興味はない」
「……そうですか?」
私は探る様にロバート王子を見つめる。
「その目をやめろ」
ロバート王子は頬杖をついて、頬を膨らませている。
子どもっぽいしぐさに、思わず笑みがこぼれる。
「私以外の前でも、そうやって素直にふるまえばいいのではありませんか?」
思わず言葉にすると、ロバート王子の表情が硬くなった。ロバート王子の眉間に深いしわが現れる。
「……王宮で隙を見せるわけにはいかない。隙を見せればやられる」
私はレイシア妃のお茶会を思い出した。確かに、王宮は敵だらけなのかもしれない。
私とロバート王子は何も言わず、ただ見つめあっていた。
「そろそろ帰る。あまり長い時間王宮を留守にするわけにはいかないからな」
立ち上がったロバート王子は私のそばによると、私の髪を優しく手で梳き、髪先に口づけをした。
「また会おう、リリー」
「ロバート王子……」
ロバート王子はふり返らず、中庭から去って行った。
***
ああ、俺はもう寂しい気持ちに包まれている。
リリーの優しい微笑み。
素直な言葉としぐさ。
俺は今までこんな風に扱われたことがあるだろうか。
いつも周囲の人間は俺の顔色を窺い、俺の気持ちを逆なでないように気を使っていた。
リリーは違う。
笑いたいときに笑い、怒りたいときに怒る。
俺はそれが、心地よい。
……この気持ちは一体何なのだろう。
***
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