第3話 お茶会
淡いレモン色のドレスに、ルビーのネックレスを付けて私は馬車で王宮に向かった。
王宮に着くと、召使がお茶会の行われている応接間まで私を案内してくれた。
「よく来てくださったわ。リリー様」
応接間に入ると、第一王子アレン様の妻、レイシア妃が立ち上がって私を迎えてくれた。
ゆったりと束ねられた豊かなブロンドと、金色の瞳が美しく輝いている。
あまりの美しさに、私は息をのんだ。
「お招きくださいまして、ありがとうございます。レイシア・ハリントン妃」
「レイシアと呼んでくださいね、リリー様」
品の良い笑顔は、まるでよくできた陶器の人形のようだ。
「では私のこともリリーとお呼びください」
「分かったわ、リリー。ロバートにずいぶん気に入られたようね」
レイシア妃の言葉に、私はどう返事をすればよいのか分からず、微笑んで首を傾げた。
レイシア妃と私が天気の話をしていると、令嬢が二人現れた。
「あら、私達、遅れてしまったようですわ。申し訳ありません、レイシア妃」
「申し訳ありません」
レイシア妃は二人に微笑みかけた。
「いいえ、大丈夫ですよ。こちらが、あのロバート殿下と婚約したリリー様ですわ。今いらっしゃったのはロングハスト伯爵令嬢のクレア様と、オルディス侯爵令嬢のエイミー様です」
「はじめまして、リリー様」
「はじめましてクレア様」
「クレアと呼んでくださいね」
「わかりました。私のことはリリーとお呼びください」
「よろしくね、リリー様」
「よろしくお願いいたします、エイミー様」
「私のこともエイミーと呼んでちょうだい」
「わたくしのことはリリーとお呼びください」
同じようなやり取りを繰り返した後、レイシア妃に勧められるまま楕円形の白いテーブルに並べられた四つの席にそれぞれが座った。
私の席はレイシア妃の右隣だ。
レイシア妃が私に話しかける。
「ロバート殿下に気に入られたそうですね。大変でしょう?」
「いえ、そんなに大変なことは起きておりません」
私はとまどいながらもレイシア妃に答えると、クレア様から質問を投げかけられた。
「あのロバート殿下も、愛の言葉をささやくのかしら?」
「愛の言葉……」
興味津々というような瞳が、三方向から私を見つめている。顔が熱くなる。きっと私の顔は赤くなっているのだろう。
私はどう答えてよいか分からなかったのでお茶を飲んでから首を傾げた。レイシア妃たちは期待外れだと言う顔をした。
世間話をしていると、エイミー様が思い出したように言った。
「そういえば、ロバート殿下が子犬を拾ってきたけど、面倒を見るのは嫌だって言って召使に押し付けたことがありましたね」
「そうそう。子犬を押し付けられた召使は、娘さんが嫁いだばかりで寂しかったらしくて、ずいぶん愛情深く子犬を育てたらしいけど」
「そうなんですか」
「王に頼んで作ってもらった立派な剣も、一度振っただけで捨てるよう命じたこともありましたわね」
「兵士に「ゴミだ。好きなようにしろ」と投げつけたらしいわ」
「偶然、剣を折って困っていた兵士だったから喜んだらしいけど……ロバート殿下は気まぐれなところがありますわね」
「……そうですか」
偶然じゃなかったら? ロバート王子は実は優しい方なのかもしれない。私はふと、そんな考えにとらわれた。その時レイシア妃は言った。
「アレン殿下と違って、先のことを考えてくださらないのよね、ロバート殿下は。リリーも気を付けたほうがいいわ。ロバート殿下に飽きられたら、それまでですもの」
レイシア妃たちが小さな笑い声をあげた。
あれ? 話の雲行きがおかしくなってきた?
私は緊張したまま、笑顔で首を傾げた。
「ロバート殿下があんな風に育つなんてね。アレン殿下がいればそれだけで良かったかもしれないわね」
クレア様の言葉にレイシア妃が小さく頷く。
「あの、それは……言い過ぎかと」
私はつい口に出してしまった言葉に焦りながらも、話をつづけた。
「ロバート王子にもお考えがあるのかもしれないと思いますし……」
辺りがしんとした。……しまった、言うんじゃなかった。でも、ロバート王子のことを一方的に悪く言うレイシア妃たちの会話を、黙って聞いていられなかった。
「出過ぎた発言をお許しください」
私は謝罪した。遅かったかもしれないが。
レイシア妃たちが無言で私を見つめた。沈黙を破ったのはレイシア妃の笑い声だった。
「あなたは優しいのね、リリー」
私が顔を赤くして頭を下げていると、足音が近づいてきた。
「やあ皆。楽しそうだな。俺の悪口でも言っていたか?」
ロバート王子だ。自信たっぷりな声が、部屋に響く。
「ロバート殿下、そのようなことありませんわ」
レイシア妃がにこやかに答える。
「ふうん。俺の耳は悪くなったらしい」
私は顔を上げてロバート王子の様子をうかがった。ロバート王子は腰に手を当て、皆をじろりと見ると意地の悪い笑みを浮かべた。
「どうしてここに?」
レイシア妃が微笑んだままロバート王子に尋ねる。
「俺の婚約者が来ていると聞いて、顔を見にきただけだ」
「まあ、お熱いこと」
レイシア妃がクスリと笑う。
「お茶会は楽しいか?」
ロバート王子の言葉に、私は社交辞令の笑顔で答える。
「とても」
「ならよかった」
ロバート殿下はそれだけ言うとくるりと背を向けて部屋を出て行こうとした。
「ごきげんよう」
レイシア妃の愛想のよい声に、ロバート王子は少しだけ振り向き、軽く鼻で笑うような表情を浮かべる。すぐに前に向き直すと、応接間から出て行った。
「ああ、なんだか興ざめですわね。そろそろ時間もおそくなってきましたし、お茶会も終わりにいたしませんか?」
レイシア妃がつまらなそうに言った。
「そうですわね」
クレア様が答えるとエイミー様も頷いた。
「楽しい時間をありがとうございました。レイシア妃」
「こちらこそ。またお会いしましょう、クレア、エイミー」
「リリー、またね」
クレア様とエイミー様が私にも挨拶をしてくれた。
「はい、またお会いできることを楽しみにしております」
私も帰ろうと席を立つと、レイシア妃は意味ありげな視線で私を見てから、付け足すように言った。
「リリーは、ずいぶんロバート殿下を気に入っているのね」
「え、あの……」
「なにも悪いことではないわ。お気になさらないで」
レイシア妃の美しい笑顔が、なんだか恐ろしく見えた。
「本日はありがとうございました」
私は逃げるように応接間を後にした。
***
リリー。まったく、面倒な娘だこと。
ロバート殿下のお気に入りだと聞いたから、どんな子なのかと思ったけれど。
……私に意見するなんて、生意気な子なのね。
夫のアレン殿下は私を自由にさせてくれているし、ロバート王子を「心配する」私の進言を信じてくれている。アレン殿下も、王子のくせに人を疑わないなんてお人よしにも、ほどがあるわ。まあ、扱いやすくて助かるわね。
あとは、ロバート殿下が今まで通り、わがままで気まぐれな行動を続けてくれれば、それでいいわ。ロバート殿下への信頼度は地に落ちるでしょう。そうすれば、アレン殿下の一人勝ちになる。そして、私の立場もより強いものになる。
……邪魔なのはリリー。 あの娘がロバート殿下をまっとうな道にもどすのをとめなくては行けないわ。
私は一人残った応接間で、冷え切った紅茶をゴクリ、と飲んだ。
***
応接間の扉が閉まると、私は体から力が抜けるのを感じた。
「ふう」
ため息をついてぼんやりと立っていると、廊下の向こうから人が近づいてくる。
「どうだ? 王宮の人間関係は楽しいだろう?」
ロバート王子だ。
私が口元に手を当てて、ロバート王子を見つめていると、ロバート王子は私のすぐ前に歩み寄った。私の手を取り、指先に口づけする。そして、私の耳元でささやいた。
「あの義姉上を相手に俺のことをかばってくれるとは。大した心臓だ」
ロバート王子の視線が、いたずらを見つかった子供のように揺らめいた。
「義姉上も俺のことが嫌いだからな」
ロバート王子は面白がっているように笑う。
「笑い事ではありません。あんな態度はロバート王子に失礼ですわ」
「俺のために怒ってくれるのか?」
ロバート王子が目を見開いた。私は無言で見つめ返す。
「……やっぱり、お前は俺のものだ」
ロバート王子が私を抱きしめて頬にキスをした。
「おやめください」
私は力の入らない体で、ロバート王子から離れようとした。
「俺から離れられるわけがないだろう?」
ロバート王子は右手で私の顎を抑え、唇がふれそうなほど顔を近づけてきた。
「!?」
とまどう私を見て、ロバート王子が楽しそうな笑い声をあげた。
「なんて顔だ。取って食われるとでも思ったのか?」
ロバート王子は私から離れ、廊下を歩きだした。
「気分が良くなった。また会おう」
ロバート王子が去って行ったあと、私は廊下に座り込んでしまった。
間近でみたロバート王子の瞳は、燃えるような熱さを秘めていた。
「ずっと、一人で戦っていらっしゃるのかしら……」
私はよろよろと立ち上がり、出口に向かった。
***
王宮から戻り家に入ると、私はぐったりと疲れていることにやっと気づいた。
「ただいま戻りました」
「お茶会はどうだった?」
お母様の問いかけに素直に答える。
「怖かったです」
「そう……」
「私、疲れたので部屋に戻ります。甘い紅茶を運んでいただけると嬉しいのですが」
「メイドに言っておくわ。ゆっくり休みなさい」
「ありがとう、お母様」
私は普段着に着替えてから、部屋に戻ると大きなため息をついた。
「……王宮って大変なところね」
ベッドにごろんと転がって、天井を見つめる。
レイシア妃の言葉、クレア様の言葉、エイミー様の表情、どれを思い出しても体の中に冷たいものが走る。
「ロバート王子もあんな話を聞かされたら……嫌になってしまうわね、きっと」
ロバート王子はいつものことだという様子で笑っていた。
ふと、私がかばったことを知ったロバート王子が私の手を取り、ぐっと顔を近づけたことを思い出した。心臓がドキドキと高鳴る。
「もう王宮のお茶会には呼ばれないと良いんだけど……」
緊張が続いていたので頭が痛くなっていた。ちょうどその時、ドアをノックされた。
「お嬢様、紅茶をお持ちいたしました」
「ありがとう」
私はメイドから受け取った紅茶に、砂糖をたっぷり入れて一口飲んだ。
甘い味が口の中で広がり、こわばっていた体がすこし楽になったように感じた。
「紅茶って美味しいのね」
レイシア妃のお茶会では紅茶の香りさえ感じられないほど緊張していたことを思い出し、深いため息をついた。
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