第2話 謁見
お父様は一台の馬車に贈り物をつみこむよう召使に指示し、もう一台の馬車に私と一緒に乗った。馬車はガタゴトと王宮への道を進んで行く。
王宮に着くと、兵士が私たちを出迎えた。
「ロバート王子がお待ちです」
私はお父様と兵士の後について謁見室に向かった。
謁見室の扉は開いていた。中に進むと、奥の立派な椅子にロバート王子が座っていた。
「やあ、プレゼントは気に入ったか? 喜びのあまり声も出ないか?」
にやりと笑うロバート王子に私は言った。
「あんな高価なもの、理由もなく受け取れません」
「理由だと? 俺が贈りたいから贈った。それが不服か?」
ロバート王子の眉がピクリと上がった。
「王宮のお金は民衆から徴収した税金ですよね? 無駄遣いをしていいものではありません」
私がロバート王子の目をまっすぐ見詰めたまま言うと、ロバート王子はきょとんとした後、大きな声で笑った。
「やはりお前は肝が据わっている! 俺が怖くないのか?」
「なぜ、ロバート王子を怖がらなくてはいけないのですか?」
「自分のうわさ位知っているさ。俺は無慈悲でわがままな王子なのだろう? 兄とは大違いだ」
私はロバート王子の目を見つめて言った。
「ご自身でそう思っていらっしゃるのなら、身を正せばよろしいかと存じます」
「……お前は俺から目をそらさないのだな。それに、俺に忠告するのはお前くらいだ」
額に手を当てて、指の隙間からロバート王子は私を見つめた。その目に、優しい光がのぞく。
「……分かった。ただ、今回の贈り物は返されても困る。受け取ってもらおう。次からはお前の欲しいものを贈る。それでいいか?」
「……分かりました」
私はロバート王子に「欲しいものなどない」と言おうかとも思ったが、嬉しそうに微笑む彼の顔を見て、何も言えなくなってしまった。
お父様と私はお辞儀をして部屋を後にしようとした。お父様に続いて私が部屋を出る前に、ロバート王子の声が聞こえた。思わず振り返る。
「お前は兄と俺を比べないのだな。父上でさえ「アレンは王にふさわしい立派な息子だ」とか俺も見習うようにとか言うのだが。……父上が期待しているのは兄だけだ。俺はただの愛玩動物のようなものだ……」
ロバート様のつぶやきに私が耳を澄ませていると、ロバート様は寂しげに笑って言った。
「もう行け」
「……また、お会いしたく存じます」
私は片膝を曲げて、お辞儀をした。
「当然だ。お前は俺のものだということを忘れるな」
ロバート王子の傲慢な笑顔が、ほんの少し寂しそうに見えた。
***
城から帰ると、お父様は下僕に指示を出し、荷物をまた屋敷に運び入れさせた。
「彫刻は廊下に、鳥のはく製は広間に飾ってくれ。宝石類はリリーの部屋へ」
「承りました」
下僕が仕事に取り掛かると、お父様は私に言った。
「リリー、ロバート王子に意見するとは向こう見ずにも程があるぞ。……笑って許してくださったのは、意外だった。助かったな」
「ええ、本当に」
怖いもの知らずな行いだったと、今さらながら冷たい汗が背中に流れた。
「でも、ロバート王子は本当に噂通りの恐ろしい方なのでしょうか?」
「判断がつかないが、リリーに危険は冒してほしくない」
「……申し訳ありませんでした、お父様」
私は自分の部屋に戻ると、ロバート王子の言葉を思い返してみた。王から優れた兄と比べられ、自分は期待されていないというロバート王子の寂しげなつぶやきは、私の心にも重く響いた。
「ロバート王子はお兄様のアレン王子といつも比べられていらっしゃるのかしら……?」
もしかしたら、ロバート王子は誰からも期待されていない自分を知っているから、自棄になって一層我儘や贅沢を繰り返しているのではないかと思い当たり、私はハッとした。
もしそうなら、だれも幸せになれないじゃないの。
孤立するロバート王子を想像して、私は切なくなった。
***
リリーの深い緑色の目は森を思わせる。その瞳を見ていると心が安らぐ。……悪くない。
しかも、俺が望んだのにリリーは手に入らないだと? 贈り物さえ返そうとする。
……面白い。こんなことは初めてだ。
俺は笑いをかみ殺した。
幼いころから欲しいと思って手に入らないものはなかった。病弱だった俺を両親は可愛がり、何でも与えてくれた。
十歳を過ぎたころ、兄上のお気に入りの本を欲しがったことがあった。
兄上は「大事な本だから」と渋ったが、父上の説得で結局本は俺のものになった。
俺の思い通りにならないことなんてないはずだ。
あの挑発的な眼差しも、すぐに従順な光をたたえるだろう。
そう、きっといつものように……たやすく俺のものになるに違いない。
俺の思い通りにならないものなんて、ないはずだ。
***
ロバート王子からの贈り物について考えることも少なくなったある日。
私はお父様に呼び止められた。
「リリー、お前宛に手紙が届いているぞ」
「まあ、誰からかしら?」
私はお父様から手紙を受け取ると封筒を見て冷や汗が出た。
「また、王宮の蝋印が押されているわ……。ロバート王子、今度は何の用かしら?」
封筒を裏返して見ると、手紙の差出人はアレン王子の妃レイシア・ハリント様だった。私は驚きながら封筒を開き、手紙を読む。<来週、ごく身内でお茶会を開くのですがご参加願えますでしょうか。レイシア・ハリントン>
思いがけない招待に、私は緊張した。
「お父様、王宮のお茶会に招かれてしまいました。どうしましょう」
焦る私を見てお父様は言った。
「それは名誉なことだ。着ていくドレスはあるかい、リリー? ペンダントや髪飾りはお母様に借りてもいい。間に合うように準備をしなさい」
「ええ、お父様」
私は招待状にうろたえながらも、よろこんで参加させていただくという返事を書き、執事に王宮へ届けるよう頼んだ。
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