第7話 顔合わせ
「ご主人様、お手紙が届いております」
「ありがとう」
お茶の時間の前に執事がお父様に一通の手紙を渡した。
「大変だ、来週末の午後、王宮に家族で来るようにと書かれているぞ!」
「あら、とうとう呼び出されましたわね」
お母様が紅茶を飲みながら、静かに言った。
「きっと、ロバート王子とリリーの婚約の話だろう。正式に話を進めるのか?」
お父様の言葉に、私は答えた。
「私、まだ心の準備が整っておりません」
私は不安を隠せずに、お父様の顔を見た。
「国王の決めたことは絶対だ。リリー、お前には決定権はないのだよ」
「……はい」
うつむいた私に、お母様が声をかけた。
「リリー、ロバート王子は噂通りのひどい方なの?」
「いえ、それほどではないかと……」
むしろ、不器用なだけで優しくて無邪気な人かもしれない、と言いかけて、口をつぐんだ。
「とりあえず、失礼のないようにしよう」
お父様の言葉に、私とお母様は頷いた。
私たちは王宮を訪問するための準備に取り掛かった。
***
「リリー、準備はできている?」
「はい、お母様」
「さあ、王宮へ向かおうか」
お父様は燕尾服にいくつかの勲章を付けた姿で現れた。
私もお母さまも正装をしている。
馬車に乗り込むと、馭者が王宮に向けて馬を走らせた。
「私、何を話せばよいのでしょうか?」
「聞かれたことに応えるだけでいいと思いますよ。余計なことは言わないようにね、リリー」
「はい、お母様」
「リリー、王宮の方々と話したことはあるのかい?」
「お話をしたことがあるのはロバート王子と、レイシア妃だけです」
「そうか」
馬車の中の空気が張り詰めた。
王宮に着くと、馬車が止まった。馭者が「グレアム・アーチャー伯爵とご家族をお連れいたしました」と門兵につげると、王宮に続く入り口の門が開かれた。
馬車で王宮の前まで進むと、また馬車が止まった。
「着いたか」
お父様が馬車を降り、お母様、私の順で続いた。
「やはり、王宮は……緊張しますね」
私が大きな建物を見つめながらつぶやくと、お父様が頷いた。
「おまちしておりました、アーチャー伯爵」
王宮の従僕が現れ、お父様と私達にお辞儀をした。
「おまねきありがとうございます」
お父様が微笑むと、従僕が一歩下がってから言った。
「国王様達が謁見室でお待ちです。ご案内いたします」
お父様がお母様の腕をとり、従僕の後に続いて王宮に入って行く。私はその後を静かについて行った。
謁見室に入ると、一番奥の立派な椅子に国王が腰かけていた。国王の右側にはアレン王子とレイシア妃が、反対側にはロバート王子が立っている。
「よく来てくれた。グレアム・アーチャー伯爵」
「お招きいただきましてありがとう存じます。こちらは妻のオリビアと娘のリリーです」
お父様は自己紹介をすませると国王に最敬礼した。私とお母様も続く。
「そんなに緊張しなくてもよい」
国王は微笑んでお父様に手を差し出した。
握手を済ませると、国王は私を見た。値踏みするようなまなざしを感じ、居心地の悪さを覚えた。
「そなたがリリー嬢か。話はシンシアとロバートから聞いている。と言ってもロバートはあまり多くを話さないが」
「……」
ロバート王子はにこりともせずに、私たちを一瞥した。
「本来なら晩餐会を開きたいところなのだが、ロバートがどうしても嫌だと言ってな。こんな形でのあいさつとなり申し訳ない」
「恐縮です」
「リリー様は、ロバート王子の妻になる覚悟はできていらっしゃるのかしら?」
レイシア妃がにこやかに言った。
「……精一杯、務めさせていただきます」
「身分をお気になさらず、のびのびとお過ごしくださいね」
レイシア妃の言葉に冷や汗が流れる。
「若くて健康な女性なら、立派な子をなせるだろう。そうすればロバートも少しは落ち着くに違いない。そなたは多くを期待されているわけではない。安心するがいい」
国王の言葉を聞いて、私は気がふさいだ。私に期待されているのは、子どもを産むことだけ? 人間性なんて、気にしていないのだろうか? ロバート王子の妻となるのに?
憮然とした表情を浮かべないように笑顔を張り付けて、私は頷いた。
「ロバートは誤解されやすいところもあるが、根はやさしい。これからも仲良く過ごしていただければ、と思います」
アレン王子はそう言って、私に微笑みかけた。柔らかなブロンドがサラリ、と顔にかかりロバート様と似た薄い青い瞳が輝いた。アレン王子は噂通りの良い方かもしれない。
私がアレン王子に見とれていると、「んっ」とロバート王子が咳ばらいをした。あわててロバート王子のようすをうかがうと、不愉快そうな顔で私を見つめている。
「それでは、これからよろしく頼む」
「はい」
お父様は再度最敬礼をしている。国王が立ち上がり、謁見室を後にした。アレン王子、レイシア妃も後に続く。ロバート王子がお父様の前でたちどまり、声をかけた。
「リリーには……世話になっている。一緒にいると大切に育てられてきたのがよくわかる。これからもよろしく頼む」
ロバート王子がかるく会釈し、そんな言葉をお父様にかけるとは思っていなかったので、私は思わずつぶやいた。
「ロバート王子が他人に頭を下げるなんて……」
「失礼な奴だな」
ロバート王子は口の端をゆがめて微笑んだ。
「リリー、王子になんて口を」
お父様が小声で私を叱る。
「気にするな、いつものことだ」
ロバート王子は楽しそうに微笑むと謁見室を出て行った。
「歓迎されているのでしょうか?」
お父様に尋ねると、お父様はあいまいな笑みを浮かべ首を傾げた。
「お帰りはこちらです」
従僕が私たちを玄関まで案内した。
私たちは馬車に乗り、家に帰った。
***
「身分の違いはあるが、アーチャー伯爵家は資産家だ。そこまで悪い話でもあるまい」
父上の言葉に義姉のレイシア妃が頷く。
「なにより、ロバート殿下がリリー嬢を気に入っていらっしゃるようですから。ものめずらしさかしら?」
レイシア妃の問いかけに、俺はにやりと笑って答えた。
「腹に一物があるようなことはないからな。誰かと違って」
「あら、そんな人がいたかしら」
レイシア妃がコロコロと笑う。ああ、癇に障る笑い声だ。
俺が渋い顔をしていると、兄上がたしなめるように言った。
「ロバート、敵を増やすような言動はひかえなさい。それに私達は家族なのだよ」
「家族、ね。俺がみんなから嫌われていることくらい知っている」
「ロバート!」
兄上の声を振り払うように、俺は廊下を早足で歩き自分の部屋に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます