第6話 俺が精神科に入院してた頃の話

 俺は暴行の罪で警察に捕まって、留置所に行って、檻のついた部屋の中で4人の女から拷問を受けた。体を台の上に拘束され、手と足の爪と肉の間の全てに鋭い針を無理矢理入れられた。手と足、合わせて20個やられた。めちゃくちゃ痛かったし血もたくさん出た。


 これは全て、今朝見た悪夢の話だ。


 夢で見た話なんてもんは不毛だな。


 夢を見てた時、針を刺されて痛覚は感じなかったけど恐怖心は物凄くリアルに感じた。爪と肉の間に針を刺され終わった後は、体の全身の皮膚の薄いところを針と糸で縫われた。夢の中の俺はずっと苦しんでいた。


 そんな夢を見て、ベッドの上で目覚めた後、しばらくノイローゼになってしまい、この世で生きているのが嫌になってしまった。


 俺は留置所に行った経験がないから、全て俺の想像になるが、暗くて檻があって灰色のコンクリートに囲まれた場所なのではと勝手に想像する。


 でも、実際は精神科病院の閉鎖病棟みたいな感じなのかもしれない。俺も2回入院した事があるけど、床も壁もコンクリートではなかった。柔らかい素材だった。緩衝材みたいな柔らかい素材だった。万が一患者が自傷でコンクリの硬い壁に頭を打ちつけまくったりしたら命の危険があるし。


 本当にやばい状態の患者さんは、閉鎖病棟ではなく保護室という所に入れられる。手足を拘束されて監視カメラもついている部屋に閉じ込められる。だから閉鎖病棟に入る患者はある程度、病院側から見ると安心できる患者さんなんだと思う。それでも夜になると叫び続けるお爺さんとかいるけどね。うるせえなーと憤りつつ、まぁしょうがねえかと俺は受け入れた。


 ちなみに閉鎖病棟の中には布団と水のボトルとデジタル時計と剥き出しのトイレしかない。窓も一応付いてるが、曇りガラスだし全く開かないようになってるし、外の様子は一切見えない。


 何もやる事がないし、早く閉鎖病棟から、開放病棟に移りたかったので、布団に横になって目を閉じて時間を潰していた。(どうして俺はこんな人生になってしまったのだろう、とずっと悶々と考えていた)


 もちろんスマホや本のような娯楽品は持ち込めないし、出入りする度にボディーチェックされるし、部屋の鍵は二重に付けられている。北海道の寒い地域の玄関みたいな感じだな。北海道の豪雪地帯では防寒の為に玄関のドアが2個あるけど、あんな感じの構造。


 俺が最後に精神科に入院したのは23歳の時でした。


 入院からしばらく経って問題が無いと医者に分かってもらえると、閉鎖から開放へと病棟が移る。


 開放病棟はめちゃくちゃ自由が担保されている。スマホは持ち込み禁止だけど、部屋の出入りが自由になるし、病棟の中を出歩く事が出来る。ホールでテレビを見ることもできるし、新聞や本もずっと読めるし、売店にも行けるようになる。あと個人的に嬉しかったのは音楽プレーヤーの持ち込みが許可されること。俺は開放病棟に移ってからはずっとイヤホンをして好きな音楽を聴いていた。あとはノートに日記を毎日書いていた。


 開放病棟にしばらくいて、そこから俺はストレスケア病棟というエリアに移った。そこではスマホの持ち込みが許されていて、とてもありがたかった。あと図書館みたいなエリアもあったから、たくさん本を読んだ。なんか貴志祐介の本がめっちゃあった覚えがある。


 当時俺が23歳だったが、入院中に27歳の女の人と仲良くなった。とても痩せていてげっそりしていた。でもいつも笑っている人だった。俺がその人に「どのくらいで退院できる予定なんですか?」と訊ねたら、その人は「私はまだ全然退院の目処が立ってないんです……」と悲しそうに言われた。


 俺は3ヶ月で退院できたが、それは多くの入院患者からすると短い部類に入るのかもしれない。


 あと思い出深い出来事と言えば、ストレスケア病棟に入院していた女性の患者さんが、退院の前日に自分の部屋で首を吊って自殺未遂をしたことだ。


 その日の夜、フロアにいる患者が全員集められて、先生達から話を聞かされた。


 ●●さんが部屋で自殺を図って救急車に運ばれて、なんとか一命は取り留めたということ、もし少しでも具合が悪くなってしまった人がいたら、すぐに看護師に申し出るようにすること、その他にもいろんな話をされた。


 ストレスケア病棟には男女3人の医師がいたのだが、みんな深刻そうな顔で、言葉に詰まりながら話していた。


 他の患者さんによると、自殺未遂をした●●さんは自殺を図る直前までいつもと変わらない笑顔で周りの患者さんと談笑していたらしい。


 所詮、人間と人間は他人だ。その人が考えてることなんて何も分からないんだ。


 俺もその人と何度も話した事があった。


 40代後半くらいのメガネをかけた女性で、性格がとても優しい人だった。よく中庭の椅子に座って日光浴していた。


 今も彼女は生きてるのだろうか。俺が知る由も無いが、一度でも彼女を認識して人柄を知ってしまった以上、もう他人ではない。俺は彼女が今も生きていてくれることを願っている。


 こういう言葉も、個人的な繋がりが何もないから言えるんだろうけどな。自殺未遂をするくらい苦しんでる人に対して俺は何も言えない。俺も何度も死のうとした。ベランダや川から飛び降りたり、首を吊ったりした。でも死ねなかった。死ぬのが怖いから生きてるだけ。


 俺は基本的に薄情な人間だ。どうでもいい人のことなんて全て忘れてしまうのだ。





 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る