第6話 『クローン無限連鎖実験』
私は、次に、便箋一枚に書いてある、私の娘の夫とある中村京太郎医師の手紙を読んだ。そこには、看護師の藤崎真理を名乗っている女性の本名が山本優香と言い、彼女が大阪の大学の看護学生時代に交通事故に遭い、瀕死の重傷のところを自分の手術により奇跡的に回復した事。
それにより、彼女が私に大変な恩義を感じてる事。
よって、彼女に因果を含めX大学医学部に看護師として潜り込ませた事。そしていつでも私が脱出できるように、着替えや逃走用の資金も全て山本看護師に渡してある、と記載してあった。
私は、その日の夕方、山元優香看護師が定時に顔を見せた時に、私は、思いきって声をかけた。
「山本さんですね。中村医師から話を聞いています。どうか、僕をこの病院から脱出させて下さい。そして中村脳外科病院まで連れて行って下さい」と、頼んだ。
山本看護師は、唇を人差し指で「シッ!」と黙れとの合図を送ったあと、私の耳元で極々小さな声で、
「今晩の夕食のトレイの下に、脱出方法を書いたメモを貼り付けておきます。マスター・キーはご飯茶碗の御飯中に隠しておきます。それで、私が指示する時間になったら、主電源を落としますので、その間に1階のエントランスホールまで非常用のエレベータで降りて来て下さい。私が車を、病院横に用意して待っております」と、そう言ってくれた。
「ありがとう」と、私は笑顔で彼女に感謝の意を唱えた。だが、山本看護師は、一言、私に実に奇妙な言葉を呟いたのである。
「きっと、田崎さんが、そこへ行けば、もっともっと全ての疑問や謎が解けるでしょう……」と。
その日の深夜、私は、山本看護師が前もって用意していた車に乗り込み、まだ会った事さえない私の娘の待つ中村脳外科病院まで、車を出発させていた。
彼女の車には、フロント部分にテレビが付いていた。
「へー、最近の車には、テレビが付いているんですか?」
「テレビも勿論写るけど、これはカーナビと言って、いわば動く地図のようなものです。自動音声で道案内もしてくますよ。田崎真一さんは、長い間、病室にいたから知らないでしょうけど、現代は、ここまで進歩しているのです」
「そうですか、はあ……」
私は、浦島太郎のような気分になって少し落ち込んだ。
「貴方の横においてあるボトルに、暖かいお茶が入っていますから少し飲まれたら」
「ありがとう」と、一口飲んだ私は急に眠くなって不覚にも眠ってしまったのである。
目が覚めると、そこは床全体が白いタイルで覆われ、数々の最新機器が置いてある研究室のような広い場所であった。広さは約30畳以上はあろうか。私の目の前には、先ほどの山本看護師もいる。また私に娘の手紙を渡してくれたフリーライターの五島努もいた。
何より驚いたのは、白衣を着た70歳過ぎのいかにも学者然とした人物が急に私の前に現れた事であった。しかもその胸の名札には「中村京太郎名誉教授」とある。
はて、私の娘の手紙から推計すると中村京太郎医師は私より5歳年下の筈だから、45歳前後の年齢の筈であろうに、その年齢差は一体どういう訳なのだろう?
それに、この部屋には何故か今初めて着たと言う感じがしないのだ。確かに、何年か前にもここにいた事があるような感じがしてならない。この、奇妙なデジャ・ヴ(既視感)は、一体、何なんだ!その時、中村京太郎名誉教授がとても奇妙な言葉を口走った。
「田崎君、君の古里へようこそ帰ってきたね、おめでとう!」
「何?ここが、私の古里とは、一体どういう意味なんです!」と、大声を上げて私は聞いた。
すると中村名誉教授は、この広い研究室の真ん中にデンと置いてある大きな透明なフラスコ状の機器を指差した。そのフラスコ状の物体には、無数のチューブやコード類が繋がっている。そのチューブ等は、人口心肺装置のような機器や、コンピュータ類と緊密に接続されている。
「つまり、君は、ここで生まれ、ここで育ったのだ」と、彼は厳かに言った。
「こ、こ、こいつは、狂ってるのか!」私は、自分の置かれている立場も忘れ、真実、心の中で本当にそう思った。
「それに、私の娘の中村梓は、何処にいるのです?」、と、私は、大声で質問した。だが、中村京太郎名誉教授は、首を横に振って冷たく言い放ったのだ。
「君の娘だという中村梓などはもともと存在などしていない。
あの手紙は君を誘い出すために、ここにいる山本看護師が自分で書いたものだよ。そのシナリオは、勿論、山本看護師の横にいる五島氏が創作したものだがね。
だから、君の恋人であったという藤崎真理を初め、もっと言うなら、君の書いた小説風の【呪われた村】を読ませてもらったが、あの大学ノートに書いてあるような「藤崎病院事件」も「蛇谷村大虐殺事件」も、その一切がこの世に全く存在しない事柄ばかりなのだ」
「何ですって、そんな馬鹿な!それは嘘です!!!
確かに僕は、約20年近くもX大学病院の精神神経科病室に入れられていた事は事実でしょう……。しかし、どんな理由で入院させられたにせよ、この僕は、間違いなく「蛇谷村大虐殺事件」の渦中にあって、その際、ピストルを持って自宅を飛び出して行った僕の恋人の藤崎真理を見ているんですよ」と、詰め寄った。
これに対して、中村名誉教授は、
「では、君はこんな場面も記憶しているんだろう」と、リモコンのスイッチを押した。すると、数々の医療機器が並んでいる壁の一面が、瞬時に大型の有機EL液晶の画面に代わったではないか。しかもその画面に映しだされたのは、何と、あの藤崎真理の自宅の風呂の場面であった。
「お背中、流しましょうか?」そう言って、2畳はあろうかという広いお風呂のドアを開けて、全裸の彼女が入浴中の私のお風呂に急に入ってきた、あの場面が大写しになったのだ。その姿を、私は再びこの奇妙な研究室で見る事になろうとは……。しかし、あの当時、あの風呂には隠しカメラなど置いて無かったのに、どうしてあの場面がこのように見事に再現できるのだろうか。私は、まず、この根本的疑問に自分では答えが出せなかった。
すると、中村名誉教授は、次のような言葉を言って、私に、迫ってきたのだ。
「田崎さん、今日が、最後の実験となります。これがうまくいけば全ての実験の結果がオーライとなるのです」
「全ての実験とは、一体、何なのですか?どうして僕は、約20年もの間、X大学医学部の精神神経科病棟に入れられなければならなかったのですか?僕自身、空手等の有段者ではありますが、あの夏祭りの日に村の若者達と喧嘩をしたとか、まして若者一人を蹴り殺した記憶など全く無いのですが、それこそが、作り話ではないのですか?」
「まあ、田崎さん、落ち着いて、私の話を聞いて下さい。
そもそも、あなたは、あの過酷なX大学医学部の精神科病棟での各種の強力な薬物による拷問攻撃に耐えきったのです。あとは、私が、これから話す衝撃の事実にも、貴方が無事耐えられたならば、先ほども言ったように、これで全ての実験は無事終了するのです」
「中村名誉教授。私には何の事か一切が理解できません。ただただ藤崎真理の事しか、私の頭の中には残っていませんが……」
「それが、正に、答なのです。そして、これから述べる私の話を聞かれて、あなたが取り乱す事無く精神を保つ事ができれば全ての実験は終わります、実験の完全な成功なのです」
「全く、分かりません。一体、何の実験が終わると言うのです」
それに、対して中村名誉教授は、またも冷たく言い放った。
「『クローン無限連鎖実験』の完成なのです」
「『クローン無限連鎖実験』とは?」
ここで、あのフリーライターの五島努がしゃしゃり出て補足的説明をしてくれた。
「中村名誉教授は、日本最高峰のX大学で遺伝子学の研究をしておられたのだが、博士が今から15年前に『クローン無限連鎖における不老不死の実現について』と言う医学論文を発表されたのだ。この論文はノーベル賞候補にも以前からずっと挙がっている程の内容なんだよ。クローンとは、元の生物の細胞内にある遺伝子を使ってその生物と全く同じ生物を造り出す医学技術の事なんだよな。
そして、クローン無限連鎖とは、極簡単に言えば、元なる生物Aが死ぬ前にその遺伝子でBと言うクローン生物を作る。Bが死ぬ前に今度はBの遺伝子を使って、Cと言うクローン生物を作る。つまりこうやって元なる生物AはBに、次はCにと永遠に生きながらえていく事になるのだ、と言う学説だ。
だが、例えば家のカギの複製を作ってみれば誰にでも分かる事だが、本物のマスターキーから複製のスペアキーを作るのは簡単だ。しかしスペアキーから更に別のスペアキーを作っていく事を何度も繰り返すと、徐々に、キーの形が変形していき、最後は本当の家のカギを開ける事すらできなくなってくる。
これは純医学的に言えば、「クローン無限連鎖実験」を行うとする時に、遺伝子情報のテロメアに傷が付くような状態が、徐々に起きてきて、今のカギの複製の時と同じような現象が起きて来るのだが、しかし、中村名誉教授は、何度クローンを行っても、元となる遺伝子に一切の変化を起こさせない方法を発見されたのだ。
つまり遺伝子欠缺の自動復元法を発見されたのだよ。
この方法は、クローン羊のクローン再生の際に、何度も、失敗した事から医学的には、もう早くから、危惧されていた事柄だったのだ……。
そこで、唯一、テロメアの影響を受けない、癌細胞の特殊な免疫組織や遺伝子情報に着目して、この最難題を、とうとう、遂にクリアされたのだよ。つまり、ここで、世界で初めて、『クローン無限連鎖実験』に、成功されたのだよ!!!
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