第4話 便箋の中身

「ああ、遂に完成した。これがあの【蛇谷村大虐殺事件】の真相であり、全ての事件の顛末なのだ。そこそこの小説風な作品には仕上がったな」と、私は書き上げたノートを見て独り言を言った。




 私は、ゆっくりと周囲を見渡した。窓には逃げ出せないよう頑丈な鉄格子が入っている。そう言えば、もう、20年以上同じような光景をずっと見てきたように思う。その間、私の入っていた部屋自体は2~3回変わったようには思うのだが。




 丁度その時、午後の回診で、若い先生が看護師を一人連れて、私の部屋に入ってきた。 そこで、私は、今し方、書き終えたばかりの小説風の作品の話を読んでもらう事にした。




「ああ!あれだけの治療をしてきても、君にはまだあの時の暴行のショックで、現実と妄想の区別ができていないのだね。君は、心身の異常を訴えて蛇谷村温泉に湯治がてらに泊まりに行った。それは君が、弟、両親を相次いで亡くした事による精神的ストレスやダメージが大きかったからで、まあ、それはそれで仕方が無い事だったろう……。




 あの日、君は大酒を飲んでいて、丁度、蛇谷村の秋祭りの日に、同じく酒を飲んでいた若者数人と口論となった。相手は、君が空手や拳法の達人とは知らず、君に喧嘩をふっかけてきたのだ。その時君は奇声を発しながら瞬時に一人を回し蹴りで撲殺し、で、びっくりした若者達は仲間を集めて、君に集団で暴行を加えた。結局、相手方は1人死亡で、重軽傷者も5人いた。その後、君自身も重傷を負っており駆け付けた村人らに助けられたのだが、君は意味不明の言葉を乱発していた。




 裁判では、君の心神喪失状態が認められて、無罪。そのまま、このX大学医学部付属病院精神神経科に入院となったんだよ。この話はもう何十回もしたのだがなあ……」




「いや、そんな事実は絶対にありません。あの時の大事件で私は、確かに恋人の藤崎真理を守るために、数人の人間に手を出した事は事実です。




 それに、さっきの話にもあるように、藤崎真理自身も自ら自分の身体をおとりに使って、12人の村人を誘惑し殺害し、巻き添えで更に3人もの村人を殺害していますが、それは相手方が復讐のために、藤崎真理の母親、そして藤崎真理本人、更には恋人の私らの殺害を謀って、秋祭りの日に便乗して起こした計画的な暴動であり、私個人の単独犯の筈では絶対に無い筈です」




「君の言う「藤崎病院事件」は論外として、今から20年前にその藤崎病院事件の関係者が集団で暴動を計画、蛇谷村の住民15人が犠牲となったと言う「蛇谷村大虐殺事件」等も、全く起きてなどいない。




 むしろ、酒に酔った君と村の青年達との大喧嘩がその事件の全ての真実なのだよ。




 君は、その時のショックで、この世に存在しない絶世の美人の藤崎真理の実在と大虐殺事件の存在を強く強く信じたのだ。妄想だよ!空想だよ!幻覚だよ!それに藤崎真理と言う名の女性なら、君が言う程の美人では無いが確かにここにいるじゃないか。総てが君の単なる妄想なんだよ」




 そこまで言って、担当の医師は側の看護師を指さした。胸に「藤崎真理」と名札が付いている。彼女は、そこそこの顔立ちで胸の大きな若い看護婦であった。




「藤崎君、例のクスリを」と、そう指図して担当の医師は私の病室から出ていった。後で、その当時の新聞記事をこの看護婦に届けさせると言い残して……。しかし、私は、もう薬は数年来飲まない事にしていた。いつもこっそりと水洗トイレに流していた。




 そう言えば、今から20年ぐらいも前の事であろうが、弁護士や警察や検察関係者と思われる何人かが面会に来る日に限って、その直前に何の説明もなく注射をされたが、そのクスリを注射されると、もう頭の中がグッチャクチャになってしまうのだった。




 1+1=2と言う数式に例えれば、これが1+1=3や、1+1=4程度の答えにすらならないのだ。1+1=∞、正にこんな感じだ。だが、こういう疑問自体がおかしいと言う人もあろう。




「あなたは、少なくとも犯罪者であり、たまたま心神喪失の状態であったがために無罪となったが、現在は精神病院に入院中ではないか?つまり、それ自体があなたが正常では無いという確たる証拠ではないか?」と。




 私が、長らくこのX大学医学部付属病院に入院させられている事は確かな事実なのだ。それは私も否定しない。だが真実は、きっと別のところにある。私は、かって読んだ夢野久作氏の『ドグラ・マグラ』を思い起こし暗澹たる気持ちになっていた。


 この病室の中にいる限り、私の存在自体が、全てが妄想や空想の世界と全く変わらないからだ。




 さて、私の病室に、いつもの面会者が現れた。


 自称フリーライターの五島努であった。私には、過去6回面会に来てくれている。彼だけが、私の言う「蛇谷村大虐殺事件」を熱心に信じてくれたのである。




「こういう話ってさ。熱烈でコアなファンが多くてのう、結構儲かるんやで……」と、大阪弁でいつも言っていた。




 今日は、何の話かと言うと、単に顔を見にきただけだと言う。それと自分の郷里の和歌山県産の蜜柑箱を持ってきてくれた。




「まあ、これでも喰って元気だせや」そう言って、帰る時に微妙に蜜柑箱に向かって目配せをした。中に、何かが入っているという暗示であろう。箱を素早く開けると中に便箋らしきものがあった。それをベッドの中に隠すと、丁度その時彼と入れ違いで病室に入ってきたあの藤崎看護師に、箱ごと蜜柑を渡した。




「皆で、食べっしゃい。俺、蜜柑、あまり好きでないから」




藤崎看護師は適当に私に礼を言うと、そのまま蜜柑箱を持って、病室を出ていった。私は今ほどの便箋を一刻も早く読みたかったのである。そして私はその手紙で全ての真実を知る事になったのだ。




【親愛なるお父様へ】と、その便箋の文字は始まっていた。




 お父様へって?この私に子供がいたとは? 


 まさか、あの藤崎真理との間に?しかし、彼女は、私の見ている前で、計15人を殺害した後、自ら「蛇谷ケ湖」に身投げした筈だった。彼女が生きている訳もなく、子供がいる筈もないのだ。これは巧妙なイタズラに違いない。




 それとも、私が、なかなかX大学病院の思う通りの状態(つまり、「蛇谷村大虐殺事件」の存在を否定してくれる状態)にならないので、私の精神を更に錯乱させるための新たなる妄想の世界を作り出そう、医師達の苦肉の創作文なのだろうか?私は、複雑かつ懐疑的な気持ちでその書かれた手紙を読み始めたのである。




【お父様。私は誰が何と言おうと、お父様、田崎真一の娘です。とても信じられないでしょう?それもその筈です。全てが、その裏に深い深い隠された陰謀があったのです。今からその全貌を暴いていきます。




 話の大本は今から約40年以上も前に遡ります。蛇谷村で「地獄の生体実験」つまり「藤崎病院事件」が起きました。その主犯は、私の祖父に当たる藤崎純一医師一人となっております。




 その後、蛇谷村では、その時に実の子供を殺された親やその親戚達を中心に、狂信的でカルト的集団の「十二堕天使委員会」が結成され、私の祖母に当たる藤崎千里と、母の真理、それに後に母真理の恋人となるであろう人物らの殺害を計画しその準備をしていました。




 ところで、何故、十二堕天使委員会が例の「藤崎病院事件」後、直ちに二人の殺害に至らなかったかと言いますと、事件後、即の犯行では自分達が疑われるのはあまりに明白だったからです。




 それで、私の母の真理が7歳(自分達の子供らが殺された時と同じ年齢)になった時に犯行を実行しようと時を待っていたのです。




 しかし、ここに、思わぬ事態が生じます。私の母が7歳になった時、つまり、いよいよ十二堕天使委員会が行動を開始しようとしたその時です。その犯罪行為にストップをかけた人物がいるのです。




 十二堕天使委員会の委員長であったのは一番最初の犠牲者の父親の相馬重信です。彼は事件直後から藤崎家に対し、もの凄い恨みを抱いていましたが、彼の甥で蛇谷村千年の歴史始まって以来の神童と言われた中村京太郎に諭され、犯罪行動をストップするのです。


 


 その時、中村京太郎は中学三年生でした。




 で、T県内でT県内学年トップの成績であった中村京太郎の言葉にはもの凄い説得力があったと言います。彼は、十二堕天使委員会の会合に、単身、乗り込んで次のように宣言したそうです。




「あの大事件、藤崎病院事件は、藤崎純一医師のみの単独犯では決してない。

 何故なら、あの事件当時、藤崎病院には、得体の知れない学者や看護婦風の男女20名近くが西側の入院病棟に寝泊まりしてたのを皆が目撃し、事件後、忽然と全員が村から姿を消している。




 そもそも、心臓移植ですら難しい時代なのに、更にその上手をいく生体脳移植手術等、単なる個人の医者の思い付きで実行できるものではない。もっともっと大きな何か大組織の裏がある筈だ。大体が新聞報道等では、藤崎純一医師一人が悪者になっているが、じゃ、あの20人近い人間らは何者やったがいや?」


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