第3話 地獄の生体実験

 場所は、福禄寿荘と併設する森末村長の大きな自宅の書斎であった。森末村長は、書斎の横の大きな金庫の中から、一冊のスクラップブックを取りだした。


「私も、山元君からちらっと聞いたのじゃが、君は、本当に、真理にも関係する、あの大事件の話を全く知らないのじゃね?」と、念を押すように聞いてきた。




「ええ、私は、大阪の大学に5年間在学し、その後2年間は大阪市に本社にある某メーカーに勤務していました。このT県に戻ってきたのは2年前の事ですが、その2年間中に両親を相次いで病気で亡くしていますし、実の弟は私が学生時代に交通通事故で亡くなっています。そんなこんなで、藤崎真理さんに一体何があったのかは、全く聞いていないし、知らないがです」




「そうか、T県人で、ある程度年配者なら皆知っている話なのじゃが、やはり私の口からしっかり話しておかねばなるまいのう」


 私は、森末村長の口から、そして眼前のスクラップブックに貼り付けてある新聞記事のオドロオドロしい見出しの文句の羅列に、全身が、ガタガタ震えるのを禁じ得なかった。




『狂気の天才外科医の地獄の生体実験』




『4人の幼子が憐れ狂気の犠牲に』




『藤崎博士、服毒自殺遺体で発見される』




 その新聞の見出し文字を見るだけで、私は胃が痛くなった。




 森末村長はその事件の顛末を簡単に教えてくれた。当時もまた今もそうなのだが、蛇谷村は無医村であって、森末現村長の父親の先代の村長は、村民から村営の公立病院の開設を強く要望されていたらしい。しかし、さびれた温泉宿以外、収入らしい収入も無い先代の村長は、村立病院の建設に難色を示していたと言う。




 その頃、X大学医学部の助教授で、脳外科の手術にかけては日本一の天才と謳われた藤崎純一医学博士の一人息子が、原因不明の病気、敢えて病名を付けるとすれば「早発性筋萎縮症」とされた難病に罹患。




 藤崎博士は、江戸時代の文献から探し当てこの蛇谷温泉で難病・奇病が治った話を入手。X大学を辞職し自らの子供の治療に専念するためこの地を選んだのだと言う。温泉で湯治しながら、リハビリや運動神経への刺激で自分の子供の治療するつもりだったと言うのだ。既に、藤崎純一医学博士の前の奥さんは、自分の子供の将来を悲観して縊死してしまっていた。




 そして、病院の開設資金は、藤崎純一医学博士の父親の遺産(父親も医師であった)、及び蛇谷村からの補助金、更にはX大学医学部からも多額の補助金が援助される事となり、相当な資金が集まったため病院の開設に漕ぎ付けたらしい。この開設したばかりの藤崎病院には看護婦として森末現村長の娘の森末千里が勤務していたという。この千里さんも後に生まれた藤崎真理に似た美人であったため、藤崎病院の開設後に、藤崎純一医師と結婚したのであった。




 約3年間、病院は大繁盛であったと言う。




 しかし、日に日に、自分の子供の症状が悪化していくのを目の当たりにして、ある日藤崎純一医学博士は、「自分の子供の脳を取り出し体の正常な村の子供の脳と入れ替える」という「地獄の生体実験」を決意。




 某年某月のある日、近くの公園で遊んでいた7歳前後の村の児童3人を誘拐。そして、自分の藤崎病院の手術室で「地獄の生体実験」いわゆる「生体脳移植手術」に着手したと言うのである。千里看護婦は、自分の夫に実験の中止を強く迫るが実験の邪魔になるとしてクロロホルムをかがされて眠らされてしまった。




 結局、当該実験の真っ最中に、子供らを探していた3人の児童の両親と親族数人、蛇谷村の駐在が、藤崎医師が3人の子供らを自分の病院に招き入れたのを見たとの通報を受けて、全員で病院へ向かうと、その手術室の前には奥さんの千里看護婦が倒れていた。




 ドアをこじ開けた開けたところ、哀れ3人の児童は全て脳が切開され2人の児童の脳内は空っぽで既に死亡。最後の誘拐された児童と藤崎博士の子供はまだ生きているようであったが丁度脳を取り出すところだったらしく、大量の鮮血がドクンドクンと手術室に溢れていたと言う。しかも、その手術室には別に脱出用のドアがあったらしく、その時点で手術室はもぬけの空であった。





後日、蛇谷温泉郷の裏の森の中で藤崎医学博士の青酸カリによる服毒自殺遺体が発見されたと言う。




「これを見るかい?」と、森末村長は、十数枚もの白黒写真を応接机の上に並べた。


「この写真は?」と、私は、震える手で写真を指さした。




「ああ、これは、藤崎博士が手術中に撮影したものだろう。麻酔から覚めた私の娘の千里が夫の身を庇うためにその写真機を警察に渡さずに即隠したそうな。……ただ、結局、藤崎博士は自殺してしまいこの大事件の本当のところは闇の中になってしまった。ただ私の娘の千里は、その時、既に私の孫の真理を妊娠しておったのじゃ。つまり藤崎真理とは、この狂気の医学博士の藤崎純一の実の孫なのじゃ。


 これだけ聞けば、彼女に、結婚に縁が無いと言う話にも頷けるじゃろう」




 だが、何度も言うように、もう後取りはできないのだ。何しろ、私は、避妊具すら用意していなかったからだ。運が悪ければ、彼女も妊娠しているかもしれないのである。


 


「大体の話は分かりました。で、真理さんは、千里さんの娘と言う事ですので、つまりは、藤崎医学博士が自殺する前には、千里さんのお腹の中には既に真理さんが宿っていたと言う事ですね。何か妊娠中絶等はできなかったのでしょうか?」




「その時は、もう産むしか選択肢がなかったそうじゃ。しかしなあ、実はこの大事件はある意味、昔から予言されてもいたのじゃ」




「予言?福禄寿荘の占いトメ婆さんの話ですか?」


「真理から聞いているのか。ならもっと話が早い。ここにその占いの原文がある。」と、ボロボロになった一枚の和紙を差し出した。達筆で次のような占い文が筆で書いてあった。明治時代末期に書かれたものと言われている。




『蛇谷村に、新しき癒しがもたらされる時、この村に、子供らの鮮血の大雨が降る。その鮮血の海の中から、美しき美女が生まれるだろう、だが、悪魔の堕天使達もまた同時に誕生するに違いない』


『だが恐れるなかれ、力強き無垢なる若者が現れて、その美女を、悪魔の堕天使から救ってくれるじゃろう』


『その前に、この村に再び大量の血の雨が降るじゃろうが』




 うーん、占いとか予言には興味が無かった私でも、その話の中身はある程度は理解できた。その美しき美女を藤崎真理本人だとすれば、きっと彼女を襲うであろう悪魔の堕天使達から彼女を守れるのは、彼女の恋人のこの私と言う事になる。




「で、ここで言う悪魔の堕天使達とは?」


「いわずもなが、藤崎純一博士に自分らの子供らを殺された親や親戚達のカルト集団の事だよ」




「子供らが亡くなって既に20年以上も経っていますね。それが急に今頃になって、かっての復讐心に火が付く事になるのです?」




「その点は、私も分からなかった事なのじゃ。万一、藤崎一家に恨みがあるのなら君の言うとおりもっと早々に行動を起こした筈だろう。これはあくまで推測だが、真理に新しい恋人が現れればそのうちに真理に子供が出来るようになるだろう。すると、藤崎一家のみ安泰というか、幸福が訪れる事になる。




 子供らを殺された親や親戚の者にしてみれば、何処か不条理というか矛盾を感じざるを得なくなって来るのではないがかな?その憎しみに徐々に火が付いたと言えばいいのかもしれないが」




今日は、朝食後、彼女の車で私の自宅へ送ってもらう事になっていた。彼女はそのままT市にある藤崎動物病院へ夜勤勤務となる。




 私は、それから、毎週の金曜日の夜、自分の車を飛ばし彼女の家の「離れ」に泊まりにいった。だが、私が蛇谷村に顔を見せる度に鋭い刺すような視線をいよいよ強く感じていた。私は、武道をしていた関係で背後に忍び寄る殺気には敏感に反応できたのだ。




 そして、私が、「運命の日」と後に銘々した、蛇谷村の夏祭りの日に、遂にあの「蛇谷村大虐殺事件」が勃発したのである。




 何度も言うように、私は、その正確な年月も日時も全て克明に記憶しているが敢えて記さない。ともかく今から、あの「蛇谷村大虐殺事件」の事件の顛末を、時系列に添って、詳細に記載していく事にする。




まず、その日は8月の下旬、蛇谷村で毎年行われている秋祭りの日の事であった。秋祭りの日は8月の最終日曜日と決まっており、私は、金曜日の晩から例のごとく藤崎真理の離れに泊まりに行っていたのだった。しかし、日曜日の午後の夕方、藤崎真理の祖父で、現村長の森末一太郎から、緊急の電話が真理に対してあった。




 詳しい内容はよく聞けなかったが、どうもあの予言された悪魔の集団、堕天使委員会が20年ぶりの沈黙を破って、藤崎真理・藤崎千里(母)、私、ひいては森末一太郎村長まで、ともかくあの「藤崎病院事件」に関係のある者全員の抹殺を図っており、今日がその実行日に当たると言うのである。そのための武器として、猟銃や散弾銃まで用意しているらしいとの重大な連絡であったらしい。





 だが、その時の電話直後の藤崎真理の目付きを今でも忘れられない。彼女は、既に完全に別人に変わっていたからだ。二重人格(解離性人格障害)と言う言葉を知ってはいたが、まさか藤崎真理がそうだったとは……。彼女は奥の部屋から分厚い布で何枚にも巻かれた物を持ち出してきた。




 広げると多分ブローニング自動拳銃だろうが、彼女は手慣れた扱いで拳銃のグリップ部から弾倉を取り出した。他にも控用の弾倉が3本もある。その弾倉を刺し込んだまま持って歩ける腰ベルトも用意してあった。更に実弾20発が入った箱五箱もあった。




「これ、万一のためにと、祖父の森末お祖父さんがこっそりと買っておいてくれていたものなんです。私、中学から高校生時代に森の奥で約十回程度実際に試射していますから扱い方は十分に分かっています。それに、分解、掃除、手入れの仕方もね」




 と、驚くほど冷たい声と目で言い放った。……これが、私が愛した、あの美人で清楚で優しい純真無垢な藤崎真理本人なのだろうか?




「真理さん、これで人を撃てば殺人罪になる。馬鹿な考えはよせ。真理さんならこの僕がきっと守ってみせるから」




「でも相手も猟銃や散弾銃を用意しているのよ。いくら空手や拳法の有段者でも鉄砲には勝てないでしょ。これは既に、ずっと前から決まっていた運命なのよ。私、もう覚悟はできてるから」




「覚悟。そんなもん駄目や。せめてお母さんと真理さんと僕と三人だけでも車でこの村から脱出しよう、そのほうが、よほど現実的な解決法だよ」




「いえ、何処へ逃げても駄目です。あの悪魔の十二堕天使委員会は地獄の果てまで私達を追って来るでしょう。彼らを全滅させるしか私達が生き残る手は無いがです」




「そんな無茶苦茶な理屈があるかいな。その堕天使委員会を仮に全滅させたとしても殺人罪で死刑は確実じゃないか?それに、その堕天使委員会の人数、今、十二堕天使委員会と言ったがいけど、そのメンバーの名前は総て分かっているがけ?」




「死刑にはきっとなりませんよ。相手側から先に攻撃をしかけてくれば正当防衛になる可能性もあります。ここに、全員のメンバー表があります。若干、親から子へ世代が代わっている人もいますが、ともかくその全員が抹殺対象なのです」




「馬鹿な考えはよせって。仮に正当防衛が認められたとしても拳銃を所持していれば銃刀法違反は免れまい。どんな理由にせよ、この【呪われた村】から脱出するのが最善の方策やちゃ」と、私の必死の説得にもかかわらず、藤崎真理は全く別人のような冷たい目で私を見おろし、私の意見を全く聞こうともしないのだ。




 そして、その一晩で、計12人の村人全員を自分の肉体を使って誘惑して油断させ、ピストルで次々と射殺。その他の巻き添えの村人も含めて計15人もの村人を殺したのである。




 その後、彼女は、皆の見ている前で高台から「蛇谷ケ湖」に身投げして、その美し過ぎる、そして短か過ぎる人生を終えたのだった。


                       【呪われた村】了


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