第29話 始まりの退怪術士
――2025年10月11日 太平洋上空。『木守健一』65歳――
軍事用輸送機の中に数人の男たちが乗っている。
既に処置は終えているが皆が負傷し、そしてうなだれている。
その中でも一際、重傷を負っている日本人に仲間の一人が話しかける。
「ゼルス様……」
「……許さんぞ。俺は許さん。怪異は一匹たりとも逃がさん。」
守れなかった……何も守れなかった。
何が『世界最強の退怪術士』だ! 何が怪異専門の殲滅機関だ!!
俺たちは所詮、核の使えない場所でしか用のない、ガラクタではないか!!
アメリカを奪われ、日本の首都での大量殺戮も防げなかった……。
これが異能者だと? 笑わせるな!
「ゼルス様……いえ、健一様。お休みになってはいかがで?ご老体には祟ります。」
「……」
「あなたは十分に尽力されました。先の戦いで右目を失い、頭蓋骨も削れています……右足ももう……」
「それがなんだ? 目と脚がなければ、義眼と義足を付けて戦うまで。例え頭蓋の一片だけになろうとも、怪異は皆殺しにしてみせる!」
「ですが!既に肉体の全盛期も......それにゼルス様の異能の等級では!もう限界です!!」
「バカが!限界は俺が決める!何が等級だ!俺に勝てる者がどこにいる!?」
ゼルスが授かった異能は『浮遊』と『強化』の二つだが、その等級は青と赤でしかない。
浮遊は視界に入るものを浮かせ、強化は対象に応じてその性能を上げるだけ。
だが、その能力の範囲や強度はお世辞にも強力とは言えなかった。
「俺には……妻と元会社の同僚の仇を討たなきゃならん。人間を舐めた報いを怪異どもに受けさせる!」
「お言葉ですが健一様!あのアメリカに出現した大怪異に……あの化け物に勝てるとお思いですか?核兵器でも倒せなかった怪異です!もう私たちは……」
「負けてねぇ、俺たちは生きてる!俺が生きている限り、人間には負けさせねぇ!俺は……絶対に折れない。」
「……」
付き人は、その言葉にただ涙した。
そこから先の道は修羅のごとき日々だった。
肉体の限界を超える改造手術、未完成の試作専用装備の積極使用、若い術士の育成。
彼自身が『人間』の総意となり、怪異達への徹底抗戦を始動していった。
腱が切れようとも、肋骨を引き抜かれようとも、内臓が撒き散らそうとも、諦めなかったその姿は......
ドローンを通して全世界に報じられ、あらゆる人間に抵抗の気概を与えた。
いつしか退怪術士は、死をも恐れぬ狂気の集団となっていた。
――2035年11月19日『木守健一』75歳――
「緊急報告!『渋谷要塞都市』奪還作戦の要、富士前線拠点に公爵級の大怪異が出現!」
「バカな……しかも公爵級だと!?ならもう勝ち目は......」
「くだらん!どうでもいいわい!急ぎに現場に向かうぞ!」
しかし、到着した頃にはすでにすべてが終わっていた。
「これが……仲間も難民も、みんな死んだのか……」
「絶望しとる場合か!早う生存者を探さんか!!」
「す、すみませんゼルス様!!」
「もし生存者を見落としてみろ、ワシが貴様らを叩き殺してくれるわ!分かったら死ぬ気で人を救え!!」
「はい!」
捜索を続けるゼルスは、衝撃的な光景を目の当たりにする。
人身売買のオークションを開催していた痕跡だ。
「愚かな......世の中がこれだけ崩壊しても尚、人はなおも人をぞんざいに扱うとは……」
しかし……そこで目にしたのは、満月の月明りの下に浮かび上がった、衝撃的な光景だった。
常識がとうの昔に崩れ去ったこの世界でも、信じられない光景が眼前に広がっていた。
「オギャァ、オギャァ……」
淡く照らされた月明かりの下には、生きている赤子と、倒れた「公爵級」の大怪異がいた。
泣きわめいていた赤子は......ゼルスが近づくとすぐに泣き止み、澄んだ瞳で鋭く睨みつける。
「ッ……あり得ぬ!何だ……この圧は!?君主級でさえ、これほどでは!」
赤子の姿をしたその存在が、ただの人間でないことはすぐに理解できた。
『種』としての圧倒的な格差……。生命そのものの質が、根本的に違う。
目の前にいるのは、赤子の形をした『怪物』だった。
目の前の大怪異の亡骸が、どうして出来上がったのか容易に想像が付いた。
しかし......それでも『不屈のゼルス』は、歩みを止めなかった。
「……侮るな。ワシは世界最強、不屈のゼルス!」
「……」
「赤子一つ抱き上げてやれずして、一体何を救えると言うのだ!」
彼は赤子に向かって歩みを進める。そしてついには.......
両手で赤子を持ち上げ、武骨な腕でそっと抱きしめる。
己が尽くせる限りの『愛』を注ぎながら......
ゼルスは、静かに、そして優しくその背中をさすり続けた。
「ァゥ……」
その厳しい表情は、次第に和らいでゆき.......ありふれた無垢な顔に戻っていく。
冬の極寒と淡い薄雲が作り出す、満月の月輪が......二人を優しく包み込んだ。
「ゥー……」
ついに、暖かな温もりに包まれた赤子は、静かに眠りについた。
まるで、ずっと求めていた温もりに寄りかかるように。
眠った赤子を見つめながら、健一は静かに呟く。
「よう……生まれてきた。」
後に月乃と名付けられたこの少女は......人類の栄華を取り戻すこととなる。
ゼルスの不屈の意志が.......確かなる人類の反撃へと繋がった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★
どうもこんにちわ。G.なぎさです!
ここまで読んでくださりありがとうございます!
今回は『不屈のゼルス』の過去回でした。
『朔月のムーノ』と『不屈のゼルス』の出会いはかなり異質ですね!
次回からはこれまで通りの戦闘に戻ります!!
面白い、続きが気になる!と思った方は【応援】や【レビュー】をくれると超嬉しいです!!
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